第11話 おまけ ハイスぺ社長(既婚)にお前が番だと求婚されたがそんなのお断りだ! 前編

 今日の社食のAランチはチキン南蛮だった。タルタルソースは別のボールに入っていて、かけ放題。たぷんたぷんしている。

 キラキラ眩しいカロリーの海である。

 社食が誇るデブメニューの一つだ。他、バターが入れ放題塩バターコーンラーメン、追加無限から揚げ200円などもある。

 他社からは羨ましがられる社食である。

 これは花梨(かりん)の勤め先の社長の趣味が、いっぱい食べている若い人を見ることなので実現していることだ。


 花梨もこの社食は大変気に入っている。激務を補ってくれる程度には。

 ただ、代わりに重さという罰を連れてくるのがいけない。花梨は運動増やそうというタイプだが、そうでないと……。

 社食へ視線を向ければわりと恰幅のいい社員がいる。それからマッチョも。

 社食には、プロテイン一杯無料というサービスがついている。さらに、筋肉に良さそうなメニューも揃っていたりした。

 時々花梨もお世話になっている。

 マッチョかふくよかか、究極の選択である。


 今、花梨が手にしているのはカロリーの爆弾。

 おいしい。

 とてもおいしい。

 いや、でも、タルタルは控えめ……。


 と思いつつ花梨はタルタルボールの前に立つ。

 そこにあるのは金色の海。


 花梨はえいやとスプーン山盛り一杯かける。


「かかりちょー珍しいっすね」


 たるたるー。

 などと心の中で歌いながら三スプーンほどかけていたら声をかけられた。

 視線を向けると花梨の部下であるミイナが立っていた。


「我が家では作れないこのチキン南蛮の魅力には打ち勝てなかった」


「追加唐揚げ券もあるって本気っすね」


「うむ。私は本気だ」


 むんと腕組みをしてそう言えば、彼女は笑う。立場上部下にあたるが、花梨と年はそれほど違わない。

 ミイナは鮭定食を持っている。なんなら毎日同じである。飽きないなと声をかけようとして猫系獣人のミイナにこの話を振ると長いんだよなと思い出してやめた。

 なお、鮭定食は通年メニューながら、季節に応じて使う鮭、産地を変えているという。さらにこだわりがあるのか塩焼き一択である。


「ご一緒していいっすか。

 今日はお偉いさんが来るってうちの上がうるさくって」


「上って、ああ、君の種族の上」


「そうっす。

 黒玉の君が御来社ってことで、もう、うにゃうにゃうるさいったら」


 多様な人族が溢れる西都でもやはり権力者は獣人族などが多い。今は昔ほどの隆盛はないが、伝手やコネは溢れるほど持っているのでスタート位置が違うのだ。

 本人たちは落ちぶれた種族っすよと言っているが、花梨から見ればまだまだ権力の中枢にいる。特に特徴を持たない親和性の高さがウリの純人である花梨からすれば羨ましい。


 黒玉の君というのは獣人族の中でも目立つ人だ。もちろん、黒玉の君というのは本名ではなく愛称のたぐいだ。

 総合商社藤沢の若き社長。若くてイケメンで社長である。それだけ聞くと玉の輿を狙う女性も湧きそうだが、既婚である。五年前に政略結婚したそうだ。

 そういう情報はミイナから流れてくる。番現れなかったからってさっさと結婚しすぎではと彼女は苦い顔をしていた。

 ミイナの身内に結婚後に番が現れて相当の修羅場があったらしい。元妻のほうとミイナは仲が良かったらしく、信じらんないと憤慨していたが、それと同時に自分も同じになるのではとビビっていた。


「まあ、私たちのところには来ないと思うからいいんじゃない?」


「そう思うんっすけどね? ここ社長も会長もこの時間居座るじゃないっすか」


「あ」


 社長も会長も趣味が、若い人が良く食べる姿を見ること。

 もちろん、昼食の時間を逃すことはない。


「来ると思うっす。あたしにお出迎えしろだのあわよくば番にとかふざけたことを言いやがるんですよ。老人会め」


 きつめ美女猫耳付きがやや猫よりの目になってちょっと怖い。


「ま、まあ、静かにしてれば大丈夫」


 それから30分ほど経過し、社食の入口が騒がしくなった。そのころには花梨は最後のチキン南蛮を噛みしめ飲み込んでいた。さらばチキン南蛮。また、来月。

 このカロリーを消費するためには今日の夜筋トレを増やすか、早朝走るかの二択だろう。


「やっぱり入ってきたっすよ」


 そんな花梨をよそに入口に視線を向けていたミイナがそう言う。ん?と花梨はミイナに視線を向けると鮭の骨をぼりぽりと齧りながらだった。興味がないにもほどがある。

 まあ、イケメンを見るだけはいいかと花梨は入口に視線を向けた。

 猫耳ありのイケメンである。あまり好きじゃないかなぁと思っているうちに相手に気がつかれた。愛想笑いを浮かべたまでは良かったが。


「……こっち来てない?」


「お、しゃ、しゃちょーはあっちにいるので違うし、偉い人もいないし?」


 きょろきょろとミイナと花梨は見回すも黒玉の君が用がありそうな人は後方にも前方にもいない。

 それなのに、こちらに向かっているように思えた。社食という場所なので四人掛けテーブルが整然と並んでいるが、それなりには席の間があるのでお付きの人もついてきているが。

 たぶん、周囲の人もそう思ってるだろうなという困惑を感じ取る。


「ようやくみつけた」


 花梨たちのテーブルの前で立ち止まると彼は微笑んだ。


「我が番。

 迎えが遅れて悪かった。さあ、行こう」


 ……?

 ミイナかなと目線を向けるとぶんぶんと首を横に振っていた。獣人同士だと目と目があった瞬間お互いがそうだとわかるそうだ。

 花梨は首をかしげる。周りを見回すと慌てたように視線を逸らす獣人たちと私かしらと言いたげに微笑む女性数人、それから羨望と嫉妬のような視線に遭遇した。


 改めて花梨は黒玉の君を見上げる。生真面目そうな眼鏡のイケメンである。猫耳と猫しっぽがついているが、イケメンはイケメンだ。

 ただし、このイケメン。既婚者である。ときめく要素がない。


 花梨は座ったまま彼を見上げて告げた。


「人違いでは?」


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