第10話 おまけ デート(猫付き)
プロポーズ(仮)から一週間後、鈴音は響とデートすることになった。
猫同伴で。
朝、11時に迎えが来た。鈴音はエカテリーナちゃんを入れた猫用の鞄を持ち外に出る。
「おはようございます」
「おはよう。今日はよろしく頼む。
エカテリーナ嬢もおはよう」
「……」
わざわざ身をかがめて、響はエカテリーナが入っているカバンにも挨拶してくれている。鈴音は響の評価をあげた。さすが猫を二匹飼う男だ。
「なんです?」
「いえ、なんでも。
とりあえずは、いつも通りの口調でかまいませんよ。私も時々崩れると思いますし」
「そうしてくれるとありがたい。
あれは仕事用で、切り替えているから」
「では、そういうことで。
まいりましょうか」
鈴音たちはマンションの下へ降りていった。
マンションの車寄せには白の乗用車があった。運転手付きである。さすがに徒歩で移動することはないと踏んでいたが、運転手もつけるとは思わなかった。
「時々運転はするが、今日はお嬢様がたを乗せるからプロに任せることにした」
「それはありがとうございます」
ちゃんと気を使ってくれたらしい。鈴音はちょっと戸惑いを覚えつつ礼を言う。
最初に向かったのはペットサロンだった。
鈴音も名前は知っている有名店だ。予約が取りにくいという噂である。
「響さん?」
「エカテリーナ嬢は長毛種だから、多少の手入れは必要だろう。
それからおもちゃなどもあるし」
「……それだけですの?」
疑いの視線を向けると響はしばし黙った。
寿命が長い種族特有の長考だろう。生きていく長さが違うと時間感覚のずれは多少ある。彼は長く待つことは得意だが、瞬発的に答えを求められることは苦手でもある。
「宝飾店に行きたいから短時間でいいから預けたかった」
「正直でよろしい。
前の飼い主からもサロンには連れて行ってほしいとは言われていたのでちょうどいいですけど。エカテリーナちゃんが嫌がらなければ……」
エカテリーナちゃんはとくに嫌がる様子もなくトリマーに引き取られていった。慣れている。
「可愛くなってくるんですよ」
「にゃう」
あたくし、もう可愛くってよ、とでもいうようなにゃうだった。
「そうですね。皆を魅了する毛並みになってくるんですよ」
さっさと行けと言わんばかりの無視をされた。
鈴音はヒドイと嘆きながらもエカテリーナちゃんを見送る。
「じゃあ、さっさと済ませますか」
鈴音は気持ちを切り替えて響に向き直る。なんだか、面白生物のように観察されていたのは知っていたがあえて言いはしない。
「お嬢様は大変だな」
「ツンが可愛らしいんですのよ、ツンが!」
「…………まあ、わからなくもないな」
「なんで! 撫でるんですの!」
「さあ? 騒ぐと店に迷惑だ」
睨みつける鈴音を無視して響は先に店を出た。
気に入らないと思いつつも鈴音も後を追った。
宝飾品店はペットサロンから近かった。
高級店というよりは個人のお店のようだ。鈴音はお店を呼びつける側だったので少し興味深い。
「宝石は5つ選んでおいた。
指輪の枠を選んでほしい」
「……はい?」
「婚約には指輪というものが必要だろう?」
「まあ、いりますかね……」
種族を超えてなぜかある習慣が婚約時に指輪を贈るという行為だった。最初はどこかの種族がしていたものが広がったというのが定説である。
宝石商の陰謀などといわれることもある習慣である。
鈴音の目の前に並べられた宝石は美品ばかりだった。小ぶりではあるが、質はいい。発色もいいなか、一つだけ黒い宝石があった。
ブラックダイヤモンド、のように見えた。
天然ものは希少でお高めである。鈴音は響を横目で見る。興味なさそうにしているが、しっかり見ていた。
「こちらにしますね」
「すきなのでいいのだが」
「自分の色を入れてるのでそれを選んでほしいというのが透けてます。
他の者への威嚇込みで、これにします」
離婚し、新たな婚約者がいるので、前夫に未練はないのだと示すことも大事である。
鈴音はできるだけシンプルな枠を選ぶ。それを店員に仮付けしてもらった。指にはめるとしっくり馴染んだ。
しかし、響は渋い顔をしていた。
「地味では」
「いいんですよ。常につけておくんですから」
「……常に?」
「威嚇にならないじゃないですか。
あなたのものであると示してないと」
鈴音は他の宝石ももらっていいかなと思いながら、響のほうを向いた。
「なに赤くなってるんです?」
鈴音は困惑しながらも尋ねる。
齢150歳弱。初心すぎないか。長生きしているがもしやその一族の中では若いほうなのだろうか。
「少し席を外す」
よろよろしながら響は店の外へ出ていった。
少し心配になってくるが、鈴音が何か言うと追い打ちである。
「大丈夫かしら」
色々とこの先が心配である。
ああいうのが、なんだか、可愛く見えてきた。
最初は怖いように見えたのに。
怖いより今のほうがいいかと鈴音は思って気にしないことにした。深入りして、いつか、飽きられる日が来たら辛いだろうから。
この結婚は猫様と素敵な日々を送るためで夫はあくまで、添え物。過剰な期待はしないつもりだ。
鈴音はそのまま進めてもらうように店員に依頼する。
ふと時計を見れば意外と時間がたっていた。
「あ、エカテリーナちゃん迎えに行かないと」
鈴音も席を立つ。店員に見送られて店の外へ出れば響が立っていた。
「指輪以外も作ってもよかったんだが」
「過剰な贈り物はいりません。自力で買えますし。今のところは指輪一つで十分すぎるくらいです」
「そうか」
「で、お迎えに行きましょう!」
「……ブレないな」
「猫様の下僕なので」
「わからんでもないがな」
苦笑しながらもペットサロンへ戻ってくれる響は優しい。元夫だったら、と考えて鈴音はやめた。意味もない。そもそもこういうお出かけをしたことがないのだから。
同じ契約婚といってもだいぶ違う。
やはり猫様が偉大! と鈴音は思ったのだった。
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