第7話 楽しい(離婚)商談 4
その又次に響がやってきたのは一週間後。
エカテリーナちゃんと遊んでいた時だった。
「えぇ? 私、今忙しいの。あとにして」
あっさりと断る鈴音の意に反して響が案内される。床に寝そべって相手をしていた鈴音を見下ろして、なんだか困惑しているように思えた。
鈴音は起き上がり、エカテリーナちゃんとの遊びを再開する。
今は大事な遊びの時間だ。エカテリーナちゃんが気が向いたときにしか発生しないスペシャルタイムである。来客は後回しだ。
「猫だな」
「猫ですわ」
「いたのか。うちの猫がなんだか嗅ぎにきたのはこれが原因だな」
「……うちの猫」
「二匹いる」
そういって響はどかりと床に座る。
思ったより質量があるなと鈴音は思う。密度が人と違いそうではある。
止めるようにいわれもしないので鈴音はそのまま続けようとしたが、エカテリーナちゃんのほうが逃げていった。
猫用のドアを通り別の部屋へ向かったので気を使われたのかもしれない。
鈴音はそんな気を使わなくてもよいのにと残念に思う。そして、響をちょっとにらんだ。暇じゃないと言ったのに。
「悪いな。あとで存分に遊んでもらってくれ」
遊んでやれではなく遊んでもらってという言い方が、猫飼いである。
鈴音はため息をついて、響に向き合った。
「10年一括。承諾させた」
「はい?」
「それから婚姻期間中に、適切な対応をとらなかったペナルティも加算される」
「え?」
「どうも話がおかしいと専門家に問い合わせをした。
ありえんとダメ出しをされ、契約婚を管理している本部へ報告され、適切な対応を怠ったと認定された。
これで、承諾できなければもう一度戻すが」
そういって出された条件は今までのものとは違っていた。
倍くらい違った。
「では、これで」
鈴音は即決した。
欲を出しすぎるのもよくないだろう。
相変わらず芳しくない旦那様の状況もあり、長引くと変に付き合わされるかもしれない。なにせ、番を得た獣人というのは、普通じゃない。お前からも別れたと証言してくれなどといわれるかもしれない。愛などなかったから問題ないと。
鈴音は速やかに書類にサインを書き、すべては滞りなく終了した。
「離婚届の受理を確認後、入金される」
「ちゃんと入金させてくださいね?」
「もちろん」
鈴音はちょっとした冗談のつもりが、真顔で返ってきた。悪趣味な冗談は言わないほうがいいとちょっとばかり鈴音は反省する。
「次は、書き換え済みの権利書などを用意してくる」
「よろしくお願いします」
そういって終わりのはずだが、響は全く動こうとしなかった。
「なんですか?」
「今日は、珈琲はないのか?」
「苦手なのでは?」
「ちゃんと飲めるようになりたい」
これもまた真面目な顔である。よくわからないなと鈴音は思いながら、用意するために立ち上がる。
「部屋も別のところに行きます。ここ、エカテリーナちゃんの遊び部屋兼私のくつろぎルームで飲み物持ち込みしないんです」
「遊び部屋にしては広いが」
「元は主寝室だったんですけど改装しました。
私、シングルベッドがあれば十分なので!」
「……立派なキャットタワーもいるか」
「はい?」
「なんでもない」
首をかしげる鈴音にそういうと響も立ち上がった。
気分がいいからと高い珈琲を用意したというのに、やはり響はミルクを増量し、鈴音はため息をついた。
「子供みたいなことしないでいいですよ。
次はお好きな飲み物を用意します」
「……番茶で」
「承りました」
次は朗報だけが来る予定なのだから歓待してもよかろう。
鈴音は少しだけたわいのない話をし、響を送り出した。
それにしても獣人の使用人たちに丁重に扱われている響はいったい何者であろうか。弁護士であるのは確かだろうが、それ以外不明である。
黒銀というのは、竜種にありがちだがどこかに残る鱗や角もない。純人といわれる分類でないことだけは確かそうである。
まあ、今のところ同情的であることはいいかと鈴音は追及しないことにした。
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