第6話 楽しい(離婚)商談 3

 次に弁護士の響が鈴音のもとに来たのは、三日後だった。

 響はため息交じりに旦那様の近況を告げる。

 連戦連敗。話を聞いただけの鈴音だが、どう考えても見込みなしである。


 仕事人間に私情で仕事に入り込まれたらそりゃあ、激怒するわな……というところである。前世の頃なら攫われておしまいのところだが善戦している。

 がんばれと番の子を鈴音は応援したくなってきた。


 機嫌よく珈琲を淹れる鈴音。どうしたものかと言いたげな視線が向けられるが気にはしない。


「君が別れないからだという話になっているが」


「ばかばかしいですわね。

 離婚してたとして、口説き落とせるとも思わない」


「まあ、俺もそう思う」


 やや砕けた口調に鈴音は気がつく。前回は手を付けなかった珈琲も飲んでいる。まあ、少し苦すぎないかと苦情を申し立てたが。

 ミルクと砂糖を彼のほうに押しやる。

 響にだばだばとミルクを投入され、鈴音はちょっと表情を引きつらせる。いいやつなんだぞと説教したくなるが我慢である。


「奥方様の話の裏を取らせてもらいました」


 少し珈琲を飲んでから響は話し始めた。

 先ほどのものは雑談モードであったらしい。鈴音も居住まいを正した。


「はい。いかがでしたか?」


「いなくなる方の話なんてといわれましたが、速やかな離婚のためといえば協力してもらえました。

 毎月のお小遣いを超えた散財歴なし。不当に使用人を処罰することもなし。家のものを勝手に売ることもなし。旦那様を立てて振舞われていたという証言がありました。

 また、家のことも出しゃばることなくそつなく対応していたと。

 実は奥様、いい奥様だった? と首をかしげていましたね」


「過分な評価ですわね」


「離婚の慰謝料として家だけというのはどうだということも聞いてみたのですが、え? という顔をされました」


「普通はそうでしょうね……」


 獣人の使用人ならば契約婚で離婚になった場合の補償はある程度知っているはずである。自分のところの主がケチとは知りたくなかっただろう。

 普通、別の都市とかに一軒家、さらに生活に困らないよう使用人もつけることが多い。まあ、監視役でもあったりはするのだが。最低限どころか、優雅な隠居生活ができるほどは保証するものである。

 そうでもなければ、不条理に捨てることが前提なのに嫁ぎたくもない。

 そう言うことを知らずにやってきたということはいつもはこういった案件を扱わない人なのかもしれない。それ相応の人を雇うような気づかいもないくらいに余裕がないのだろう。

 ざまぁみろ、である。


「以上のことを鑑みて、相談した。

 このマンションの権利、5年の生活費、契約通りの実家への慰謝料の支払い。これでいかがですか」


「15年」


「増えてる」


「15年」


 響きが舌打ちしても鈴音は微笑んだままだった。

 5年などとみみっちいことを言うからである。どうせ婚姻期間が五年というからであろうが、そういうものではない。


「若いのだから働け」


「学校を出たばかりに結婚、社会経験もろくにない女がどこで働くと?」


「それなりに手習いし、師範代くらいもってるだろう」


「お花は習いましたけど、その教室を開くお金すらたりませんわね」


「……ともかく、15年は難しい」


 ここまで出していいという金額を決められたのだろうなと鈴音は思う。勝手に増額する話はできない。

 まあ、このあたりかと鈴音は悲し気な表情を作る。


「一括なら10年で手を打ちます」


「再度相談してくる」


 嫌そうな顔で響は出ていった。


「またのおいでをお待ちしております」


 その言葉に返事はなかった。


「あら」


 珈琲は飲み干されていた。

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