魔眼使いと魔術師

黒犬狼藉

ゼロ_魔眼

 僕には、時々知らない世界が見える。


 ソレが何かはわからない、ドラゴンのような化け物と何人もの人間が戦っている世界や科学者のような人たちが大騒ぎをしながら一つの光を指差す世界。

 一貫性はなく、だが確かに僕には見えていた。


 だから、僕は孤独だ。


 皆んなと同じ視点を持たない、同じ世界を見ていない。

 だからこうして、授業中でも窓の外を見る。

 そこに映る世界は、僕だけしか知らない僕だけしか見ていない世界だから。


*※*


 ある日の夕方、僕はいつものように空へ向け目を開いていた。

 別世界を、僕は見ていた。


「ヤァ、少年。君、オモシロイね? そう言う感じの子は私、嫌いじゃないよ」

「誰ですか、不審者」


 そんな至福の時間を味わっていた僕は、突然話しかけられ少し苛ついた。

 眉間に皺を寄せ、現実にピントを合わせる。

 そこにいたのは端正な顔立ちで、真っ赤な髪の毛をした女性だった。

 第一印象は、同類。

 この人は間違いなく、僕と同類で。

 世界の中で、自分にしか見えない何かを見ている人間だと。

 僕は、そう思った。


「不審者とは酷いな、私はこう見えても著名なんだぞ?」

「けど、不審者じゃないですか。名前ぐらい名乗ってはどうです?」

「名前? ああ、確かにそうだ。改めてよろしく、私の名前は如月ヨル。ああ、ヨルは漢字じゃなくてカタカナだ」

「そうですか不審者、通報しますね」


 スマホを取り出し、後ろに向かって走り出した僕を見て彼女は慌てた陽に声を上げた。

 だけど、止まる理由がない。

 何せ、胸にを下げた人間が不審者でないはずがないのだ。

 あの質感、あの大きさ、間違いなく人間の頭蓋骨だ。

 何度も何度も見た、凄惨な殺人現場も惨たらしく積み上げられる骨の山を。

 あれは間違いなく、人の骨だ。


「はい、没取ぅー。少年くんさぁ、いい加減にしないかい? こんな美女が話しかけているのに通報してくるなんて」

「……、どうやって」

「詰まらない魔術だよ、私はこう見えて魔術師なんだよね?」


 一瞬にして回り込まれた、いやそんなチャチな話じゃない。

 僕が、後ろに下がったんだ。

 彼女は移動していない、僕が移動させられた。


 なんで、理屈も通りも通らない。

 不可思議、魑魅魍魎の類。

 逃げなければ、真っ当な僕の本能がソレを訴える。


「全く手間をかけさせてくれる、魔眼持ちの癖して自分に胡座を掻いていないとか。というか君、ソレは覚醒済みの代物だろ? よく発狂しないね」

「まが……、ん?」


 ファンタジーな言葉が耳にささる、理性も本能もこの女はヤバいと訴えかけているのに心が。

 好奇心が揺さぶられる、初めてだ。


 


 後ろに下がろうとする意思は、一瞬で消えた。

 好奇心が僕を殺そうとする、でもソレでもいい。

 聞きたい、知りたい、いいや教えろ。

 これの正体はなんだ、これはどんな力だ?


「知りたそうな顔をしているね、少年。じゃ、明日のこの時間にここへ来るといい。君の目を、そしてこの世界の裏側を教えてあげよう」


 息を、飲み込んだ。

 目の前の美女は、目の前の赤い女性は唐突に消えたからだ。

 不可思議、魑魅魍魎、この現象を示す言葉が頭の中で駆け巡りそして最後に収束する。

 魔法、もしくは魔術。

 それ以上の答えはない、確かに目の前の女性は僕の目の前でを使った!!


 はやる呼吸は、鼓動を急かす。

 あの人間は信用に足りえるのか、そんな常識的な疑問が湧いて消える。


 いつものように、目に意識を向けた。

 いつものように、ピントをずらした。

 いつものように、別世界を見る。


 答えを求めるように、迷いを振り切るように。

 オモシロイことに、僕が見た世界はこの街でこの世界で。

 そしておそらくちょっとだけ時間が進んだような、そんな世界で。

 赤い女性に向かって、僕が宣言をしている光景だった。


「答えはどちらでもいい、すでに決まっているから」


 声が聞こえた、誰の声だ。

 あの女性か?  友達か? 先生か? いいや全部違う。

 間違いない、この声は。

 自分の喉から発生した、自分の迷いに対する答えだった。


 だから僕は選択し、僕は世界の裏側を覗くこととなる。

 これは短い夏の思い出、蝉が死に絶え静けさがやってくる短い冒険譚。

 一人の少年が、魔眼使いと呼ばれるお話だ。

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