第99話 最終回 その後の世界

1966年(昭和41年)2月


俺は80歳を迎え、死期が迫っていた。

これは当然だろう。

もう立派なお爺さんなのだから。

総理を辞任し、政界を退いた後は孫にも恵まれて静かに暮らしていたが、そろそろ二回目の死を経験しそうだ。

そろそろ「前世の俺」が産まれるタイミングだが、本当にそうなのかは調べていないのでなんとも言えない。


日本の経済力は池田隼人の主導によって史実の高度経済成長期をはるかに超える成長を見せた。

最近完成した青函トンネルと、樺太からのパイプラインも開通して好調な日本経済に対する後押しになっているし、鹿児島から青函トンネル、宗谷トンネル、間宮トンネルを経由してシベリア鉄道と接続され、列車によってヨーロッパと繋がるという、現代版のシルクロードとでも言うような存在となっている。

当然だが中継点となる樺太の豊原市も大きな街として発展している。

ついでに石油資源の入手はシベリアからのパイプラインも完成しているから、中東だけに頼ったものではない。


当然軍事力は満載排水量9万トンを超える「駿河」型空母12隻を中核とした世界最強の体制を維持している。

日本海軍は真珠湾のみならず、アメリカ合衆国のサンディエゴとアメリカ連合国のノーフォーク、更にはドイツのヘルゴランド島と、当然ソコトラ島にも「駿河」型空母を中核とした駐留艦隊が国連軍とセットで駐留しているから、地球上のどこで紛争が発生しても即応体制が取れるのが強みだ。


経済面では米国と戦争している間はドル/円相場は停止されたが、1946年に戦争が終結すると、「軍用」交換相場として1ドル=4円という相場が設定された。

戦時中は予算の「蛇口」を目一杯広げて日米双方ともお札を擦りまくったが、比較するとアメリカのほうが世界恐慌からの脱出と日本との戦費調達のために野放図に紙幣を刷り、その結果アメリカのほうがインフレ率が高かったからだ。

そして戦後のアメリカ経済は国土復興の為に更にお札を刷ることによって、ハイパーインフレの発生寸前まで悪化した。

これに伴ってドル/円の軍用交換相場は1948年には1ドル=3円、翌年には1ドル=2円に調整された。

アメリカのインフレ率の方が日本より高い状態が続いたため、円高・ドル安方向に調整されたのだ。

その後、一般に使用されるドル/円相場を同盟軍総司令部(GHQ)が1950年(昭和25年)に発表、それが1ドル=5円となっていて、これが26年後の現在でも固定レートで継続中だ。


当然だが日本の状況は、史実のような戦後復興に伴う紙幣の増刷とそれに伴うハイパーインフレ、急激な円安による混乱等は発生せず、安定した成長を継続できた。

よってこれも当たり前だが、日本国内の見かけ上の物価は史実を知る俺の視点では驚くほど安い。


基準として、うどん1杯の値段で比較すると、昭和10年にはこの世界でも史実でも、だいたい15銭程度だった。

それが史実だと、敗戦の影響とハイパーインフレで昭和25年には15円前後に跳ね上がったはずだ。

単純に突然100倍になるという急激な変化で、対応する為に預金封鎖と新円切り替えを行った。

日銀は明確に表現しなかったが、これは実質的なデノミで、社会は大きな影響を受けた。


それがこの世界では緩やかなものになった。

現在(昭和41年)の価格は、それでもうどん1杯=1円近くにまで上昇してきているが。

だから「銭」という単位と硬貨も一般市場で健在だ。


令和の日本も国家予算の10倍を超える莫大な政府の借金を抱えていたが、その後どうなったのか気になる。

新円切り替えと預金封鎖を同時に行って、相対的な円の価値を切り下げて凌ぐ位しか対策が無さそうだが。


最近では既に共産主義などという考えは、ほぼ「死語」となっていて、最近の若い人は言葉自体を知らないらしい。

いや、知ってはいても口に出せないというのが正確な表現か。

史実ではナチスやヒトラーを称揚すると社会的に抹殺された。

これは全世界共通の事象で、ナチスとヒトラーは絶対悪の象徴だったが、この概念に共産党とスターリンが加わって、口に出すことすら憚れるという、放送禁止用語に近い扱いとなっている為だ。


だから朝鮮戦争は起こらなかったし、ベトナム戦争、カンボジア紛争、キューバ危機も起こりようがないし平和だ。


また北米大陸においては日本によるアメリカ合衆国の占領統治は10年で終了したが、あの国では空前の日本旅行ブームが起こっているらしく、日本国内ではアメリカ国籍の人たちを見る機会が増えている。

要するに「おのぼりさん」の感覚だと思うが、価値観の変化は急激なものと言えるだろう。


行き過ぎた自由を与えると、銃にクスリに人種差別、果ては環境破壊へと人間は堕落してしまう。

日本の精神文化を学び、様々な先進的制度を取り入れて安定した国家運営に繋げる事を目指した留学生もまた多いから、全国に点在している帝国大学におけるアメリカ人比率も極めて高い。

とは言っても国力、経済力は俺が知っている超大国のそれではない。

やはり卑怯な騙し討ちをしたとの印象は根深く、ビジネスの世界でも契約面を中心に悪影響が継続中だ。

いくら立派な契約書を交わそうが、騙し討ちされたら元も子もないと考える国が多いらしく、契約が絶対視されるキリスト教圏内でもそうらしいから相当重症だ。


アメリカ連合国とテキサス共和国は共に健在で、カナダやメキシコと一緒にアメリカ合衆国を「監視」しているような状態だが、北米大陸全体で見たら合衆国を含めた経済的な交流は活発だ。

つまり政治的な睨みあいは続いているが、「政冷経熱」といった雰囲気と言って良いだろう。

元のアメリカ合衆国は、まさに「三すくみ」に近い絶妙なバランスを保っている状態だ。

しかし、収入は消費に回して貯金をしない楽天家が多いという意味でのアメリカ人の気質はそのままだから、日本から見た市場としてのアメリカ三国の魅力は高い。

ハワイ王国も日本の同盟国として存在し続けていて、当初は経済的にアメリカ人が大きな顔をしていたが、昨今はアメリカ人比率が減少している状況で、ハワイアンが力をつけている。


中国大陸も台湾、正式国名は中華民主共和国、略して中共の領域が年々増えている状態が進行中だ。

日本が主導した民主的な統治体制をそのまま大陸に持ち込んで、民心の掌握と政治の安定に繋げている。

指導者はやっぱり李登輝が台頭して主導している。


とは言っても、満州は満州で独立しているし、チベットやウイグルも独立しているから、俺の記憶にある中華人民共和国の領土には程遠く、その面積は半分以下だろう。

朝鮮半島は相変わらず前近代的だが、特に日本に害をもたらす体制ではないから放置したままだ。


ロシアでは10年前にアレクセイ2世陛下が崩御され、俺から見ると甥に当たるアレクサンドル・アレクセーエヴィチ・ロマノフ君が第二代皇帝アレクサンドル4世として即位して帝室を繋いでいる。

彦麿もそれに合わせて引退し、アナスタシアと共に先帝陛下の冥福を祈る日々だという。

先帝陛下がいないのは寂しいだろうが、彦麿も長期にわたってロシアの発展に尽くしたからその点は満足だろう。

ロシアは第二次世界大戦の荒波を乗り越え、国土の発展は目覚ましいものがある。

豊富な石油資源、地下資源を有効に利用して、既に経済力では急激な落ち目状態のイギリスを上回り、GNP規模ではまだ日本の半分強だが、日本に追いつくことを目指している。

シベリア鉄道も第二シベリア鉄道と第三シベリア鉄道が開通して運輸能力は段違いに向上している。


インド亜大陸はマウントバッテンとマリアが頑張った。

結局、史実を大きく超える1958年(昭和33年)までインド総督の地位にあって、安易で性急な独立に伴う宗主国としての責任放棄と、宗教による分断を避け、マハトマ・ガンジーを首班とするインドの独立を主導した。

カースト制度の解消にも尽力したが、表向きの制度解消よりも人々の意識が重要だから、一朝一夕で解決できる問題ではなかった。


そんな状態のインドに天皇陛下が行幸し、強制したものではなかったが結果として価値観の変革を促す成果に繋がったと言って良いだろう。

狭い世界で争うから外の世界が見えず、もっと過激な争いに繋がってしまうのだ。

そこへカーストなどとは無縁の究極と言える頂点を提案することで、人々の意識に一石を投じる。

その後どうするかは、それぞれの地域の人たちが考えることで、我々日本人が主導する話ではない。

それでも自分たちの考えを見直すきっかけになったらしいから、申し分のない成果だろう。

元々考えることと議論が大好きな民族だから、徹底的に話し合えばいいのだ。


総合的に見たら国際的な緊張状態は中東地域を含めて少ないが、バルカン半島を筆頭に小規模な民族紛争が終わることはなく、人間が存在する限り領土や宗教、民族や経済的理由を原因とした戦争は無くならないだろうが、少なくとも大規模な世界大戦の原因となるような危険要素はすべて排除したつもりだ。


その中で最も俺が恐れる国家は、意外に思うかもしれないがドイツだ。

第一次世界大戦、第二次世界大戦もそうだったけれども、この国とゲルマン民族は油断すると人類の争いの中核となる懸念がある。

それは今までも紹介したように、様々な思考的テーゼの提案という意味で目を離せない民族だからだ。


・ イマニエル・カント


・ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル


・カール・マルクス


・ゴットフリート・ライプニッツ


・フリードリヒ・ニーチェ


・マルティン・ハイデッガー・・・


具体的成果としては資本論、黄禍論、戦争論、国家総力戦論など様々な哲学や理論の発祥地であり、油断すると差別やら革命やら戦争に繋がる危険思想の震源地となりかねない。

ここにも天皇陛下の御威光を活用させていただいた。

屁理屈ではなく、厳然とした事実と価値観の提案。

これがドイツ民族に対する最も有効な処方箋だ。


このように気付いたら史実とは全く違う世界を構築できたと言えるだろう。


思い起こせば最大のターニングポイントは大陸進出をやめて、海洋国家を目指したことだった。

その為にイギリスを利用してアジアに深入りさせ、大陸に利権を欲したアメリカと対立するように誘導した。

ロシア革命を違う形で決着させ、共産主義の台頭を抑えた事も大きな節目だった。

結果として多くの同盟国に支えられ、世界から信頼と尊敬を受け、経済力・軍事力でも超大国となり、更には天皇陛下を頂点とする愛と祈りによって世界に平和をもたらした。


俺が作ったこの世界は、これからどうなっていくだろう。


歴史は我々に慰めを与えてくれることは無い。

ただ歴史の中に身を投じるしかないし、歴史とは歴史を軽視した者、忘れた者に復讐するという性質を持つ。


これからの日本と世界が恨みや憎しみを引き摺ることなく、少しでも穏やかなものになる未来となることを祈りつつ、俺の人生を終わらせよう。



    

           ======完=====




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

取りあえず主人公の戦いの物語はこれで終了となりますが、「ご要望が多ければ」篤麿や文麿、彦麿などの周辺人物、スターリンやヒトラー、ルーズベルトなどの“敵"から見たスピンオフの物語を書くかもしれません。


その節はまたお読みいただければ幸いです。

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