第55話 1917年の状況

1917年(大正6年)4月


北海の制海権を完全に奪った日英軍は膠着した西部戦線からのドイツ領への進軍ではなく、北部からの上陸作戦に切り替えて準備してきた。

この理由はフランスの政情が悪化して革命の兆しさえ見え始め、クレマンソーをはじめとしてフランス政府は頑張ってはいるのだが継戦能力の限界に達したからだ。

これ以上の負荷を西部戦線に加えるわけにもいかず、兵員の増派もフランスに期待出来なくなった日英連合軍はその代替として、ユトランド海戦の結果として制海権を奪取出来たことによって可能となったドイツ北部からの進攻を企図し、10万人の日本軍を含む合計50万人の上陸軍を投入して一気にベルリンを目指す計画を立てた。


そして入念な準備が整い、ソ連がロシアにとって代わる2カ月前の1917年5月初頭に東フリージア諸島近くのノルデンに上陸を果たしてベルリン進撃を開始した。

上陸地点近くのドイツ兵力に対しては沖合の日英艦隊からの徹底した艦砲射撃による掃討が行われた。

俺の乗艦する「榛名」も当然参加したのだが、辺りの地形が一変するほどの砲撃が加えられ、日英軍は悠々とドイツ本国へ上陸する事が出来た。


この状況を受けて西部戦線に貼り付いていたドイツ軍は、北部への対応の為に兵力の移動を試みたが、これに対峙していた英仏軍は最後の力を振り絞って追撃に出た。

塹壕戦の膠着は遂に崩れ、激しい戦闘の結果ドイツ軍は20万人に及ぶ損害を出して敗退した。

しかし英仏側の損害も大きく、これ以上の前進は不可能な状態となった。


南部においてはイタリアとギリシャは、オーストリアとハンガリーを守備しており、ウィーンを奪還しようと企図したドイツ軍の一部と交戦を継続中だった。


日英軍の北部からの上陸に合わせて、東部戦線にてドイツ軍と対峙していた秋山大将の遣欧陸軍は、革命に揺れて士気の低いロシア軍(首都近郊では一部赤軍を構成ししつつある)は戦力として期待出来ないので後方に下がらせ、日本軍への補給に専念してもらう事として、自身が率いる日本軍50万人はいつでも後退出来る体勢を維持しつつドイツ領内へ故意にゆっくりと進撃を開始した。


これに対してドイツ軍は日本軍を迎え撃つため、東部戦線にも更なる大兵力を振り向ける必要に迫られ、遂に作戦能力の限界を超えてしまった。

こうなってしまえばグーデリアンやヒンデンブルクがどれ程優秀な将帥であったとしても、東西南北全ての戦線を支えることは不可能であったし、どこか一か所に綻びが出ただけで全体の破局に繋がってしまう。

驚異の粘りを見せていたドイツ国民も疲れ果て、戦争継続は難しい状況に追い込まれつつあった。


ノルデンに上陸した日英軍は、ドイツ側の抵抗を排除しつつ慎重に進軍し、上陸2か月後の7月7日、ベルリンを西側から半包囲する事に成功して、ここに至ってドイツ政府は連合軍に対して停戦と降伏を申し入れた。

そして皇帝ウィルヘルム2世は退位し、オランダへ亡命した。

これを見たオスマントルコ内部でも反乱が発生し、とてもではないが戦争継続など不可能になってしまい、こちらも連合軍側に降伏を申し出て、ちょうど3年にわたって激戦が戦われてきた第一次世界大戦はようやく終わりを告げた。

ただし、双方ともにその傷跡は極めて深かった。

当事者たち全員が短期決戦で終わると見ていた戦争は予想以上に長引いてしまい、お互いがこれまでに蓄積してきた経済力と軍事力、そのどちらも喪失させてしまったのだ。

双方が自業自得とはいえ、産業革命以来の蓄積を無にしてしまっただけでなく、ドイツやオーストリアにオスマントルコ、そしてロシアの4か国に至っては国家体制まで崩壊するという最悪の結末となった。

それに参戦国の国境付近にある戦場となってしまった街は廃墟と化し、再建への長い道のりが予想された。


最終的な双方の損害は触れたくないが

死者900万人

負傷者1500万人

行方不明者100万人

となっており、史実より1年以上早く終了したことからこの数値は大幅に少なくなったものの、これには民間人も含まれていて、今回の戦争の悲惨さを物語っている。

この戦争では機関銃、迫撃砲、戦車といった大量破壊兵器が使用され、毒ガスも戦場で使用されたことも大きな特徴だ。

これまでは無かった空の戦いも特筆されるだろう。

飛行機と飛行船が使われ、今後益々性能が上がることによって更なる犠牲者の増大が懸念される事態となっている。


東と北の戦線に投入された日本軍の損害も決して小さなものではなく、投入された60万の陸軍兵力のうちドイツ本国に向けて進軍した10万人の部隊の損害が大きく、東・北合計で5万人に及ぶ死傷者を出していた。

しかし、日清・日露戦争に続いて今回もオーストリアを一撃で葬り去り、ドイツ降伏にも決定的な功績があった事で、日本陸軍の精強さは世界共通の認識として確定した。

今後正面から日本に対して挑戦しようとする国家は現れないかも知れない。

だからこそスターリンは、史実がそうであったように、裏からいろいろと手を回して日本を弱らせようとするだろうが…


日本陸軍が得た欧州における戦訓としては、戦車と飛行機の有用性が確認できた事実が挙げられるだろう。

共にそれほど多くの数は投入できなかったし、稼働率も決して褒められたものではなかったものの、今後の戦争においてはこの二つの兵器は欠かせない物になるとの実感を持つ事が出来たみたいだ。

一方で戦車と飛行機に共通する課題としては、技術的に仕方ないのだがパワーの不足が目立ったことだ。

逆に言えば十分なパワーのあるエンジンさえあれば、装甲を厚くすることも、大火力を搭載することも、速度を上げることも容易とする事が可能とされた為、陸軍の技術部は今後研究を進めて改良を行う事だろう。

幸いなことに戦車と航空機はエンジンを共用することが可能だから、研究の効率としては良いのではないかな。


俺たち遣欧艦隊は陸軍より一足先にイギリス北部スカパ・フローからロンドン近郊のポーツマス軍港へ移動し、戦勝に沸き立つ市民から大歓迎を受けることが出来た。

海軍の功績も巨大だ。ここに集まっている人たちは日本側を含めて当然知らないだろうが、ユトランド沖海戦は史実においてはイギリスの戦術的敗北、戦略的勝利という中途半端な痛み分けに終わり、以後ドイツ艦隊は積極的な作戦行動は取らなくなったものの、依然としてイギリスの大きな脅威であり続けたから、どう頑張っても北海側からの上陸作戦なんて実行出来なかった。


しかし、今回ドイツ艦隊を撃滅したといってよい実績を挙げられたのは、遣欧艦隊の功績だという事は世界の共通認識であり、陸軍同様に最強伝説が誕生したと言っていいだろう。

まあ、この評価そのものも陸軍同様に史実に近いけれど。

日本海軍が得た戦訓は、機雷の効果と運用の難しさ、そして魚雷の戦果が予想以上に大きかった点が挙げられるだろう。


一方で砲撃戦においては速度の優位性の確認という点では意味もあったが、戦艦という艦種は膨大なカネがかかる割に、効果としては疑問視され始めた事は日本にとって大きな変化だろう。

ユトランド沖海戦の戦訓を取り入れた、強大な打たれ強さと攻撃力、そして今以上の俊足を得るためには更に大きな船体と大馬力の機関が必要で、そうなると更に莫大なカネがかかる事は疑いなく、今後は進化し続けるであろう飛行機と魚雷にどう対抗するか日本本国にて真剣に議論され始めているとの事だ。

これは俺が父に散々吹き込んだ結果でもあるが。


それはともかく、加藤司令長官や有栖川殿下、ついでに俺はイギリス国王ジョージ5世へ拝謁し、国王からねぎらいの言葉と勲章を賜った。

この国王も苦しい立場だっただろう。

ドイツ皇帝ウィルヘルム2世とは従兄弟の関係だったからだ。イギリスとドイツは戦火を交える事となったが、ジョージ5世の祖父アルバートは、ドイツのザクセン=コーブルク=ゴータ家出身だったことから、ジョージ5世と同妃、及び王子王女は、ドイツ由来の称号を有していた。

このことからジョージ5世は、国民の反独感情を考慮して、ドイツ由来だったサクス=コバーグ=ゴータ家の家名を、居城に因んでウィンザー家と改称することを宣言した。

この時から王朝名がウィンザー朝へと変わって21世紀に至るわけだ。


結局最後までアメリカは参戦しなかったものの、ドイツ皇帝ウィルヘルム2世はアメリカに対して仲裁を依頼したため、後日に行われる予定の講和会議はアメリカを議長として行われる事となった。

まったくあのヒゲ皇帝、最後の最後まで余計なことをする。。。


日本側の全権団のメンバーはまだ決まっていないが、ぜひ俺も参加できるよう父にお願いしよう。

アメリカは連合軍の勝利に直接貢献出来ていないから、大統領のウィルソンが大きな顔をするかどうかわからないが、傲岸不遜な男だから臆面もなくドヤ顔で綺麗事を並べる可能性は大いにあるだろう。


そんな中で俺が安堵した事と言えば、ユダヤ人へパレスチナの地を与えるとした「バルフォア宣言」は発動しなかったので、ユダヤ人の目はパレスチナに向くことが無かった事だ。

これ以降100年以上にわたって、この地域に呪いを掛け続けた三枚舌"目”外交が行われなかったことは、非常に良かった事だ。

結局アラブとフランスに対する二枚舌は使ったらしいが、結果については自分で責任を取ってくれとしか言いようが無い。


あとは明石中将が無事に任務を成功してくれれば良いのだが。

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