第42話 軍備計画

1910年(明治43年)


史実だと今年は日本初の飛行機実験が成功する年だ。

第一次世界大戦勃発まであと4年となった。俺の影響力はヨーロッパに大きな影響を与えていないから戦争は起こるだろう。ここらで日本陸海軍の現状と、史実との差を確認しておこう。


■陸軍

兵力は日露戦争時に100万人を超えたが、現在は平時編成となっており、その兵力は15万人程度だ。

史実と違い大陸防衛の兵力を展開する必要が無いので規模は大きくないものの、予算的な余裕があるので装備の充実はさせやすい環境だ。

主な歩兵装備は日露戦争後の明治三十九年制式採用となる三八式歩兵銃。

これは敗戦まで使用され続けた日本陸軍の基本装備だが、確か累計300万丁以上の製造実績があったはずで、日本以外でも使用されたと記憶している。


この時代の新兵器と言えば、まずは機関銃が挙げられるだろう。日露戦争において日露両軍が使用したが、日本陸軍は多くのロシア側機関銃を鹵獲して研究している。

陸軍はそれまで世界各国で評判のよかったホチキス機関銃と、その改良版三八式機関銃を使用しているが、まだ純日本製の機関銃が完成するのは先の話だろう。

史実だと1914年(大正3年)に制式採用される三年式機関銃まで待たねばならないが、先ほど触れたように予算のゆとりはあるからもう少し早まるかも知れない。


第一次世界大戦で実戦投入される新兵器はどんなものか事前に判明しているので列記しておこう。

まずは戦車だ。定義は無限軌道(キャタピラー)を採用し、火砲を搭載した戦闘用車両のことを指す。

戦車はタンクと呼ばれた。これは新兵器であることを隠す為の秘匿呼称である”水タンク”だったが、のちにこの呼び方が一般化した。

最初に実戦投入したのはイギリスだが、原型は1904年に実用化されたばかりだったアメリカのホルト社製のトラクターであり、第一次世界大戦中の西部戦線において資材運搬や火砲の牽引に利用されていたという。

このホルトトラクターを出発点に、イギリス、フランスなどが無限軌道によって不整地機動性を確保した装甲車両の開発をスタートさせた事が始まりだ。

当時の戦場はお互いの砲撃で土が混ぜ返されて、あちこちにくぼみや山が有った事で通常のトラックでの運搬が困難だった為らしい。

そこで俺は父を通じてこのトラクターを入手し、研究しておくように陸軍に依頼してもらった。


あとは毒ガスだが、防毒マスクの開発に着手してもらおう。気が滅入りそうだが。


この時代はまだ一般的でない鉄兜もこれからは戦場に必須な物だ。


それから飛行機だ!

1903年末にライト兄弟が動力付き飛行機の開発に成功して以降は世界中で研究が進み、冒頭に触れたように今年の終わりには日本でも初飛行が行われるだろう。

大戦が始まれば飛行機は長足の進歩を遂げる。

あまり認めたくは無いが、戦争により技術が進むという側面が確かにあるのだろう。

父に飛行機の将来性について問われたが、間違いなく急速に進歩するので開発に着手してもらうよう依頼済みだ。


飛行機は戦時中において当初、偵察機として使われたようだが、直後にはパイロットがピストルを持ち込んで撃ち合う事となって戦闘機として発達し、爆弾を積んで上空から落とせば即席の爆撃機に早変わりした。


史実の日本も青島(ちんたお)要塞攻略の際に使用したはずだ。

もっとも、この世界では青島なんて攻略しても日本にメリットはないからイギリスに任せるだろう。

その間に日本は南洋諸島方面に展開するドイツ軍の掃討を行うのではないかな。


史実と違う事は、間違いなくヨーロッパ方面への大規模軍事介入が行われるだろうという事だ。

英米の関係は険悪なものになりつつあるし、イギリスとしては当然日本の武力はアテにするだろう。

史実のように同盟相手の日本に対する不信感は全く生まれる状況では無いからだ。

何故かと言えばしつこいくらいに説明しているように日本の大陸方面への領土的野心が無いから、イギリスの利権に悪影響を及ぼさないからだ。

見返り次第とはいえ、最終的に参戦はすると思うから輸送船はまだまだ必要だ。


それにしても戦車と飛行機か。何とかうまく国内のあの人達を納得させる材料に利用できないかな…


■海軍

陸軍には申し訳ないが、海洋国家となった日本において最も優先すべきは海軍の拡充だ。

まず最初に海軍はなんのために存在するのか?には触れておきたい。

それは敵艦隊を撃滅する為に存在している………わけではなく、海洋国家にとって生命線である海上通商路、いわゆるシーレーンの安全を確保するために存在している。

どうも日本人はこの肝心な事を忘れがちで、太平洋戦争でも補給や通商路&船団防衛を軽視して敗戦につながった。わかってはいても実現するだけの余力が無かっただけかもしれないが…

広大な植民地を有するイギリスは、当然このことを重視していて、図体のでかい戦艦ばかりではなく、植民地防衛に適した巡洋艦を特に重視している。

また長距離航海が前提となるから、乗組員の居住性に重点が置かれているのも特徴だ。

太平洋戦争における日本海軍のドクトリンは、長躯して来襲するアメリカ軍を日本近海において迎撃する前提であったため、居住性は二の次となってしまったのとは大違いだ。

確か本格的な重巡洋艦を日本が建造してイギリスへ親善訪問した際に、現地のイギリス人が「我々のフネは戦闘艦ではなく客船だ」とか「初めて巡洋艦らしい艦を見た」などと発言したと、好意的な解釈を日本側はしていたが、あれは単なる嫌味にすぎないだろう。

こんなフネで生活したくないという意味で。日本人は我慢強いから。


日露戦争で活躍した連合艦隊は現在は解散されており、平時編成となっている。

また艦艇についてはド級艦、超ド級艦の時代を迎えつつある中で、もはや日露戦争時の戦艦は活躍の場がなくなりつつある状態だ。

その中でも日露戦争終結後に完成した6隻の新鋭艦を現時点で保有している。


・香取型:香取、鹿島 前ド級艦 1906年竣工 両艦とも完成直後に旧式艦となってしまう

・筑波型:筑波、生駒 装甲巡洋艦 実質的に巡洋戦艦 1907、1908竣工の旧式艦

・鞍馬型:鞍馬、伊吹 装甲巡洋艦 実質的に巡洋戦艦だが旧式艦 鞍馬は来年竣工

・薩摩型:薩摩、安芸 前ド級艦 建造中に旧式艦扱い 安芸は建造中

・河内型:河内、摂津 日本海軍初のド級戦艦の予定だが、時代は超ド級艦の時代へ 1912年予定


新鋭艦であるはずのこれら6隻はドレッドノートのせいで旧式艦扱いとなってしまった。

いかにドレッドノートのイノベーションが大きかったかの証左だが、竣工後2、3年で旧式艦なんて悲しすぎる。

特に薩摩型は日本国内で建造された初の大型艦であったが、建造中に旧式化してしまったうえに、二番艦「安芸」の完成は来年だ。造船所の皆さんはヤル気が出ないのではと少し心配になる。

また「鞍馬」はなぜかまだ完成していないが、竣工してもいきなり旧式艦だ。

更に河内型が完成する頃には世界の標準はド級からさらに発達した超ド級戦艦へと移っている・・・

これらは今後の大戦に於いては相手次第だが、ヨーロッパでは使えないだろう。

また筑波型、鞍馬型ともに今となっては中途半端な性能で、ドイツの最新鋭艦とはとても戦えない。


しかし既に日本はこれらの反省をもとに、日本初の超ド級の巡洋戦艦となる「金剛型」の建造を計画しており、1番艦「金剛」は今年の早い時期にイギリスへ発注される予定だし、年内には早くも同型艦を国内で建造開始予定だ。

この金剛型は完成時には世界最大最強の巡洋戦艦となるよう計画されており、日進月歩の技術開発を見越して、数年では陳腐化しないような余裕を持たせた性能だ。

更に速力においても超一級品レベルだ。これは日本海海戦において敵艦隊に対して勝利できた最大の要因が「敵に対する優速」だったことが要因だろう。連携機雷の設置に失敗しても敵艦隊を撃滅できたのは、まさにスピードに勝り、敵に追いつくことが出来たからだ。


この金剛型の完成を待って日本海軍は前述の旧式艦10隻を二線級に格下げして運用する計画だ。

また、日露戦争中の戦艦や装甲巡洋艦、ロシアから鹵獲した戦艦群も同様の扱いとするらしいが、退役が史実より早まるかもしれない。


史実の金剛型は同型艦4隻のはずだが、国内の造船能力が史実より高く、資金面でも余裕があるため、国内で5隻が建造予定のうえ、更にイギリスへ2隻が追加発注される計画で、合計8隻が一気に加わる事となる。

その代わりに基準排水量で3万トンを超え、日本初の超ド級戦艦となるはずだった、扶桑ふそう型戦艦と伊勢型戦艦の計4隻の建造は計画されていない。速力重視の建艦方針とは相容れなかった為らしい。

そうかあの「違法建築(特に扶桑)」とも呼ばれたデザインの艦は出現しないのか。なんか寂しい。


しかし第一次世界大戦で巡洋戦艦の弱点が露わになるのに大丈夫かって?

まあ扶桑型も欠点だらけのうえに鈍足で褒められたものではないから、速力があるだけ使い勝手は優れているから良いんじゃないかな?現時点では最適な選択だろう。

ちなみに巡洋戦艦とは、巡洋艦並みの高速力と、戦艦並みの攻撃力を兼ね備えた、当時は万能艦とも言える、世界的に大変人気のある艦種だったが、先にも触れた通り美味しい話には裏があって弱点もあるが、まだそれが表面化していないだけだ。


この金剛型について詳しい性能を聞いてみたのだが史実の金剛型と同じかどうか分からなかった。

主要諸元なんて記憶してなかったから当然だけど。

でも多分同じ性能だと思う。これら7隻は今年末から来年初頭にかけて一斉に起工されることになる。


また、海上通商路の確保と船団護衛に特化した巡洋艦・駆逐艦も新型を建造して従来艦と置き換える予定だ。

主戦場となるヨーロッパは例のUボートがうろつく危険な海域になるだろうからとても重要だ。


巡洋艦は3300トンオーバーの、史実での天龍型に近い艦がなんと10隻建造予定で、日本の巡洋艦としては初めて30ノット以上の高速が発揮可能な艦となる予定だ。

駆逐艦は1200トンオーバーの峯風型っぽい艦を40隻、大量建造予定だ。

こちらは主砲以外では魚雷はもちろん、機雷敷設と爆雷投下能力のある素晴らしい艦だ。

海軍の主要艦艇は完全に脱皮するイメージかな。

第一次世界大戦への準備は軍備面では万端だ。


また、史実で問題となった軍部の暴走問題は憲法第55条の修正が出来たことでとりあえず内閣のコントロールが利いている状態は確保できている。


だが………

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