第37話 昨日の敵は今日の友

1907年(明治40年)を迎えた。


俺は21歳、文麿は16歳 秀麿8歳 武子7歳 直麿6歳 忠麿4歳 彦麿2歳だ。

父は43歳。まだまだ現役バリバリでこれから働き盛りといった感じだ。

俺はもうすぐ主計練習所を卒業して海軍に入ることになる。


日本国内では新領土と本土の開発は順調に進んでおり、国力の増大が目立ってきている。

新領土については樺太のオハ油田は順調に採掘が進み、間もなく原油が本土に輸送されるようになるだろう。

南部も豊原市街の開発が始まっており、近隣の森林資源活用のための線路が敷設されつつある。


台湾も順調に開発中だ。これまで放置されてきたような状態だったが、本格開発へと一気に加速した感じだ。

人員も集中的に投入されており、開発を経験しノウハウをためた人達は今後国内の様々な場所で活躍してくれるだろう。

インフラの整備も進んでいる。特に治水・工業・発電・浄水といった目的のダム、治水用堤防といった大規模工事が始まっており、台風と水害が多いこの地の風景もこれから様変わりしていくだろう。


開発は本土においても同様に急速に行われている。特に都市部の工業地帯である京浜、中京、阪神、北九州の各地では工場の増設とその為の埋め立て工事が盛んに行われており、港の整備を含めて基盤固めを急いでいる状況だ。

今後本格的な稼働が始まれば大量の人手が必要となり、周辺地域の人口ではもはや賄いきれなくなるのは明らかなので、地方からの移住者が急速に増えていくだろう。

新領土への入植需要も有るから、海外に移民として渡る必要は既に無くなりつつある状況だ。


それから造船業も活発だ。タンカーと輸送船の需要はうなぎのぼりのため、各地に民間の造船所が作られて活発に操業を開始している。

また大型の軍艦を建造できるドックも、横須賀海軍工廠に加えて呉海軍工廠と佐世保海軍工廠も史実より早く完成したし、長崎の三菱合資会社三菱造船所、神戸川崎造船所も稼働している。


この頃の日本を取り巻く環境で重要な出来事としては国際関係に変化が見られつつあることだ。

ロシアとフランスはもともと同盟関係にあったが、極東における南下政策を諦めたロシアはこの頃からバルカン半島へと目を向け始めていた。

そこで邪魔になるのがドイツだ。

ドイツ皇帝ウィルヘルム2世は、この事態を恐れてロシアの目をアジアに向けさせていたのだが、残念なことに「手頃な餌」だと思っていた日本が実は「強力な罠」だった事が明らかになり、戦略の見直しを迫られているが誤算は大きく、皇帝は落ち込んでいるだろう。


以下は史実だが、フランスはドイツとの関係が徐々に悪化してきており、ヨーロッパに回帰したロシアとの関係を更に強めることで、ドイツを抑え込もうとしていた。

またそれだけではなく、秘密裏に協商関係を結んでいたイギリスとも関係を強化しつつあった。

そこでフランスはイギリスに対してロシアとの関係を改善し、イギリスとロシアが協商関係を持つことを望んだ。

その際の障害となるのが日英同盟だった。

イギリスがロシアと協商を結ぶためには、日本の承認が不可欠と判断したフランスは、日本に対して日露協商の締結を望むようになった。

当初、日本側としてはこの提案に消極的であった。日露戦争終結からまだ二年しかたっていない現状で協商を結べば国民感情が黙っていないのではないかと恐れたのだ。

そこで協商では無く、一段低い「協約」とすることで妥結した。

かくしてイギリスはロシアと結ぶことで「三国協商」が成立し、日本はフランスとロシアと結ぶことになり、12年前に三国干渉によって苦汁をなめさせられたドイツに対して包囲網を完成するに至った。


しかし今回、日本政府は国民感情に配慮する必要はない。

日比谷焼き討ち事件に代表されるような暴動は起きておらず、それどころか政府に対する信頼は極めて高い状況が続いているのだ。

まあそれは当たり前か。

何しろ空前の好景気に沸いているのだ。

史実のように勝ったはいいが、生活は苦しいままで、外国への借金返済で汲々とするような状況とはまるで違う。

よって政府は1907年7月にフランスからの申し出を受け入れ、ロシア及びフランスと協商を結ぶことに決定した。


史実の三国協商が四国協商になったのだ。

これは日本が世界のひのき舞台に立ったことを意味する画期的な出来事だ。

間違いなくこのままの関係で独墺伊の三国同盟(後の中央軍事同盟)と対峙し、第一次世界大戦を戦うことになるだろう。

史実通りに進めばそれは今から7年後だ。


ここで協商って何??という説明をしておこう。

協商とは言葉の通り一緒に商売をしましょうという意味だけではない。

複数の国家間において特定の問題について調整を行い、協調・協力を取り決めることだ。

今回の英露協商、英仏協商、日露協商、日仏協商では軍事面の協力関係に関する規約は盛り込まれていないが、一歩進んで軍事面の同意が得られたら同盟関係へと発展するという事になる。

言わば協商とは準同盟ともいえるわけだ。


今頃史実以上にドイツ皇帝は焦っているはずだ。

余計なことをしたばかりに露仏同盟のみならず、日英同盟まで敵にしつつあるのだから当然だろう。

策士策に溺れるというやつかな。


俺が勝手に予想しているだけだが多分、イギリスとロシアは満洲と外蒙古における権益について秘密協定を結んでいると予想する。

史実の日本がそうだったからだ。ロシアが外蒙古、イギリスが満州と権益を分け合うのだと予想する。


事実、イギリスは朝鮮を基盤として、徐々に南満州まで進出しつつある。

ロシアが満州を諦めている以上はイギリスが力の空白地帯を埋めるしか道はないだろうから、逆の意味で退路を断たれた感じか。

もうこうなったら行くしかない!と。

そして例の鉄道王ハリマンの南満州鉄道の件だが、イギリスはやはりアメリカ側の申し出を断っていた。

まあそうだろうな。

資金的に問題の無いイギリスが敢えてアメリカに分け前を渡すとは思えない。

しかし案の定、ハリマンは激怒してかなりモメたみたいだ。


その件もあってアメリカ政府のイギリスに対する視線が厳しくなりつつある。

ポーツマス講和条約で日本に対して骨を折ったのだから、日本の同盟国であるイギリスも少しは分け前を寄こせと言いたいのだろう。相当な無理筋でイギリスが呑むとは思えないのだが。

この時代のアメリカの口癖は「門戸開放」「機会均等」「アンフェアの解消」だ。

「オレが遅まきながら力をつけてきたのだからお前らは獲物をこっちに寄こせ」というわけだ。

まるで餌をめぐって争う肉食獣の姿そのままだな。

史実の日本もそうだったのだからあまり他人のことは言えないけれど。


しかしこれで完全に日本の安全圏は固まった。

もう日本にちょっかいをかけてくる外国は存在しないので、この隙に国力を高めることに専念してもらいたい。


どうか国内の雰囲気が平和ボケになりませんように。

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