第61話

「夏向さん夏向さん」

「なんだよ」



はしゃぐ私をちらりと見下ろして

夏向さんが少し面倒くさそうに息を吐く。


だけどそんなの関係ない。


嬉しくてたまらない私は

それを隠さず表情に出すと、思わず目を細めて全力で微笑んだ。



「すっごく嬉しいです!ありがとう!」



そう真っ直ぐ告げた私に

夏向さんが何故かはっとしたように小さく息を呑む。


だけど無言のままふいと視線を逸らしてしまう夏向さんの隣で

私は思わず飲みかけのペットボトルに頬ずりしながらにやにやしてしまう。



「あああ一緒に帰れるだけで幸せなのにまさかこんなご褒美が待ってるなんて」

「こんなことでそこまで喜ぶなんて、ほんと変わってるなお前」



言葉の通り変わり者を見る目で

夏向さんがこちらをじろりと見下ろしてくる。


それから小さく息を吐くと

夏向さんが少し遠い目をしたままぽつりと呟く。



「そもそも俺と一緒に帰ったって別に楽しくもなんともないだろ」

「え?」



聞き取れなかったわけではなかった。


だけど突然のその言葉

真意が分からず顔を上げる私に、夏向さんがこちらを見ぬまま独り言のように静かに続ける。



「楽しい話も出来ないし、相手が喜ぶこともしてやれない」



そう目を伏せた夏向さんの横顔が

何故かどこか寂しそうに見えて、私は思わず首を傾げてしまう。


―――まるで誰かにそう言われたことがあるみたいに

断言的で揺るぎない夏向さんの瞳が1人でわずかに陰る。



「何言ってるんですか!」



まるでそれを食い止めるように

気付いた時、私は無意識にそう首を左右に振っていた。

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