第13話 レイディング侯爵夫妻の反応

「弟御に?」

 二度、アレックスはまばたきをしたあと、「ああ」と重い声を漏らした。


「あれか。親族の顔合わせというか……」

「そうなんです。アレックス卿のほうは問題ないんですか?」


 というのも、フィンリーがうるさいのだ。

 アレックス・レイディング卿はいつご挨拶にみえるのか、と。


 一応王太子の計らいもあって「婚約成立」となった説明をフィンリーにはした。

 唯一の肉親でもあるし、いまは未成年のためリドリアが彼の後見人となっているが、いずれは伯爵家を継いでフィンリーがリドリアの後見人になるのだ。


 経緯説明は必要だ。だた内容は精査せねばならない。


 まさか「お前の結婚を無難に進めるための偽装婚約」だなどと言えない。


『ぼくは将来ゾーイ伯爵になるんだしさ。こういう場合、アレックス卿はぼくに挨拶に来るべきなんじゃねぇの?』


 どこで聞きかじったのか、男性は女性の家に結婚の申し出をするために来るべきだと言い張り始めたのだ。


『卿はお忙しいのよ。ちゃんと王太子殿下が立会人になられて婚約の文書は受理されたんだから』

『それとこれとは別じゃん。なに? だったらレイディング卿はうちを軽視してるってこと? ゾーイ伯爵なんて取るに足らないから挨拶なんていらないって?』


『そうじゃないわよ。というよりフィンリー、あなた言葉遣い』

『だってそうじゃん。姉様は確かに嫁に行く身ではあるかもしれないけど、あっさりと連れていかれちゃぼくの立場がないわけよ』


 いったいどんな立場を主張したいのかわからないのだが、とにかく正式なあいさつを弟は将来の義兄に求めているらしい。


「偽装なんだから別に正式なあいさつはいらないと思うんですが」


 申し訳なく上目遣いにアレックスを見ると、彼は彼で腕を組んで深いため息をついた。


「いや、偽装とばれないためにもやはりここは挨拶をすべきだろう。正式な挨拶はまた後日行うとして、御前試合の時に時間を見てうかがう」


「ありがとうございます。あの、アレックス卿のほうは? 私もご挨拶にうかがったほうがいいですか?」


 途端にジロリとにらまれたので、思わずハンズアップした。


「いえ。挨拶したいわけではないし、なんなら近づきたくもありませんのでご安心を」

「貴嬢には大変言いにくいのだが」


 歯ぎしりの合間からアレックスは言葉を絞り出した。


「王太子殿下のこともあり、正式な婚約届を出した手前、両親に黙っておくわけにもいかない。それで貴嬢のことを伝えたのだが」


「は……い」

「両親の反応は両極端だった」


「両極端?」

「父は狂喜乱舞し、母は𠮟咤怒号を俺に浴びせつけてきた」


「は……あ」

 それは大変だ。そんな感情が顔に出ていたのだろう。


「他人事だと思って」

 と言われた。


「いや、他人事ですから。でもそりゃそうですよ。私と結婚したところで、アレックス卿にはメリットないですからね。私はお母上の気持ち、わかります」


「メリット? なんで」

「だって私、爵位ないですから。もともとアレックス卿が結婚をせかされていたのは高位爵位のある家に婿養子にいれるためでしょう?」


「まあ、そうだな」


 彼は侯爵家の三男だ。家督は継げない。そのため、両親は条件のいい名門家に婿養子に出そうとしていたのに、アレックスは「女、面倒くさい」と見合いを断ったり断られたりしていた。


 両親があらたな見合いを持ち込まないためにアレックスはリドリアと偽装婚約を結んだわけだが、彼の母としては、大いに裏切られた思いだろう。


「ゾーイ伯爵位は弟が継ぎますし。なんならうち、名家でもなんでもないですからね。ただの歴史が古いだけの家ですし、領地だって葡萄酒しか誇れるものありませんし」


「それでも十分ではないか。うちなんて、ただ俺の父が陛下の弟なだけだ」

「それ、すごいことです」


「とにかく、父は俺が結婚に興味を示したというだけで泣いて喜び、まだ見ぬ孫のことまで言い出した」

「気が……早いですね」


「母は俺が真剣に貴嬢に洗脳されたと思っている」

「洗脳、ですか」


「あるいは惚れ薬を飲まされ、正常ではない状態なのだ、と」

「あるんですか、惚れ薬って。アレックス卿、飲んだことあります?」


「知らん。あったとしても飲みたくもないし、飲ませたくもない」

 心底嫌そうにアレックスは応じた。


「いま、必死に止めているが……御前試合にも来るそうだ」

「ご両親様が」


「ああ」

 アレックスは沈痛な面持ちをした。


「父は貴嬢にお礼を言いたいと言い、母は貴嬢に別れを切り出すために会いたいそうだ」

「は……あ。え、私、どうしたら?」


「絶対にふたりとも参加させん!」

 アレックスは力強く宣言した。


「正気を無くしているのはあの両親のほうだ。とにかく屋敷中の人間に命じてあのふたりを当日閉じ込めておく。だから我が家のことは気にしないでくれ!」

「さようで……ございますか」


「話は以上! 解散!」

「はあ。失礼いたします」


 恋人同士とはとても思えない別れ方をしたふたりだが。

 再会は御前試合ではなく、次の日のことだった。

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