カタリナの悪辣
西浦なとり
プロローグ
ロンダールという国がある。
北にサエナ山脈、東には海を挟んで離れ島のオルカティアを望める大国。
花ひらけば枯れることを、日が落ちれば老いることを知らない肥沃なロンダール。国民の殆どは飢えを知らず、戦火の熱や自然の理不尽を理解しない。そのような目にあったことがないからだ。魔法と魔導……荒唐無稽な夢のような力と、その夢を現実へ落とし込み完璧な再現を目指す叡智。神と、神へ至らんとする人の傲慢不遜な飽くなき探究心はこの国を堅牢な要塞とし、抱えた大地を楽園へと変えた。
一度でもロンダールへ足を踏み入れたことがある者ならば、赤子や白痴であっても身を震わせ、歓喜に涙を流すだろう。
ロンダール。陰りを知らないさいわい溢れる楽園。天上を写し取った神の庭。
しかし、国というのは人があってこそ国たり得、人があればそこには……喜劇も悲劇も生まれ得る。綺麗なだけでは生きてはいけない難儀で、不完全で、だからこそ眩い命。汚濁を飼ってこそ人であり、傷つけ合うからこそ繁栄し熟れていく。天上でもない限り、この世の全ては欠けている。完璧なものは何もない。棘ある薔薇は確かに咲き、毒の杯は歴史に寄り添う。
ロンダールとて、この世の国であるのなら——……
……——話をしよう。舞台はロンダール東、さざなみを子守唄にするオルソン領に生まれた一人の娘の話。かの春の令嬢を主役に飾って、世にも佳麗な話をしよう。
今から紡ぎここにうたうは、目にも美しく鮮やかで、口にすれば毒のように甘く痺れる女の一遍。愛で息をする女の話。カタリナ・オルソンの話だ。
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