追放された魔法使いとその他諸々、取り敢えず魔王でも倒す

結城朱雀

意味のない追放と異世界人

「お前はパーティ追放だ」

 立派な邸宅の一室で、とある魔法使いがパーティー追放を宣言された。

「どうしてだ!?俺達は昔からの幼馴染だっただろ!?」

 追放を宣言された人物は怒りや動揺を通り越して悲しみを感じているのだろう。目尻には涙を浮かべていた。

 しかし、追放を言い放ったパーティーリーダーにはそんなこと意に介していないようで、

「お前は荷物持ちで大した仕事もしなくてなんか……こう……ムカつくし報酬の金が無能のお前に行くのが耐えられないだよ!!」

 と早口でまくしたてる。

「ど、どうしてだ……!」「俺は実は裏から色々支援をしていたんだ!デバフとかバフとか回復支援とか色んな資料作成とかその他諸々を!!俺は無能じゃない!!」

 涙ながらに自らの功労を語るが、パーティーリーダーの意思は固いらしい。

「残念ながら、お前の追放は他の皆が望んでいるよ。なぁ?シルドラ。ミヒャエル」

 リーダーが両隣に立っている二人の女性に声を掛ける。

「そうですね……アテクシのデータによると……無能率、99%といったところでしょうか」

 データキャラのメガネ少女だ。

「だ、だが……!」

 食い下がろうとする魔法使いに、もう一人が追撃する。

「あらあら?半人前の雑魚くせして、しぶとさと醜さは一人前なのねぇ……素晴らしいわ」

 普通に嫌味な女だ。

「う……うぅ…………」

 どうやらメンバーからの好感度すら地の底らしい。

「さっさと私のパーティーを出ていけ!ミュラヴァン!!」

「ちくしょぉおぉおおお!!!」

 後方支援特化型の魔法使いである少女ミュラヴァンは、女性冒険者パーティーである“花束の園フラフラフラワー”を追放されてしまった。







「はぁ、ちっくしょう……なんで俺が……」

 特にアテも無く邸宅を飛び出したミュラヴァンは、町に留まっているとなんとなく気分が悪いので近くの森に行って雑魚狩りをしていた。

「なんでどいつもこいつも俺の凄さがわからないんだ!!」

 怒りつつ魔法を放つ。

 放った魔法は炎系の魔法で、近くに居たスライムを燃やして溶かした。

 その様子を見て、

「俺に力が有れば……!」

 と嘆く。

 まるで全てを失った主人公のような発言だが、彼女は力など一切必要ない。ミュラヴァンはあくまで支援系の魔術師。攻撃なんてせずに後ろでこもっているのが普通だ。

 まぁそういった役回りのせいで、彼女は攻撃力がほぼ皆無。だから今もこのようにして雑魚な魔物にしか憂さ晴らしができない。

(カッコイイ魔法が使えれば、もっと森の奥に行って派手にぶちかますのに……)

 残念ながら、この場にちょっと弱い程度の魔物が現れただけでミュラヴァンは死ねる。可哀想に。

 そんな風に嘆いているミュラヴァンに突然声が聞こえた。

「力が……欲しいか?」

「この声は!?」

 別に“脳内に直接……!?”とかではない。普通に草むらから聞こえた声だ。それも、小学生の声変わりが始まってない幼いクソガキの声。

「ふっふっふっ……俺の名前はカズスサユマ……所謂主人公であり勇者であり煮詰めていけば神のようなものだ。跪け凡人」

 草むらから声の主が出現した。

 そこには、その声とイメージがまんまのクソガキが居た。

 腕を組み、偉そうに仁王立ちをしているが背は低く、髪型も安い理髪店で適当に短くしたのであろうが見て取れる。

 唯一上等なのは服だけ。ブランド物ではないにしろそこそこいい感じの服である。シンプルな白を基調としたデザインで、お母さんに選んでもらったのであろうということを想起させるややオーバーサイズを華麗に着こなしていた。

「黙れ。蹴るぞ」

 ユマを見て、ミュラヴァンは普通に暴言を吐いた。

 なぜならミュラヴァンはこの手のガキが嫌いである。とても、とても。

 これは同族嫌悪によるものだ。なんせ彼女も筋金入りのひねくれた人間で、褒め言葉は上から目線で嫌い。大人は嫌い。同年代や年下でも自分より才能があったりするやつは嫌いという嫉妬の塊で、性格も悪い意味で子供らしい。

 突然暴言をはかれ、ユマは機嫌を悪くした。

「は?やんのかチビ」

 啖呵を切る少年(10歳135cm)

「黙れチビ。蹴るぞ」

 対抗する少女(15歳150cm)

 二人の静かな睨み合いが続いた。

 ユマにとっては相手は自分より身長が高く、勝てる自信がない。

 同時にミュラヴァンにとって相手は子供ではあるが攻撃魔法を使う可能性や、普通に男のなので腕力でワンチャン負ける可能性があるのだ。

「ふっ、おもしれー女……名乗ってよいぞ」

 睨み合いが終わった。お互い華奢で虚勢だけのチビだと気付くことがなく。

「ふっ、気持ち悪い男……俺はミュラヴァン。“花束の園フラフラフラワー”に所属していた魔法使いだ」

 後方支援職というのと、すでに追放されているという事実は伏せることにしといたようだ。

 ユマは自己紹介を聞くと驚いた顔をして、

「……えっ?一人称的に男なの?」

 真っ当な意見をした。

「あっ、ごめん……普通に女」

「……なるほど。おけおけ。多様性ね。うん」

 今度は普通に沈黙が流れた。

 お互いイキってたのに普通の会話ができることに気まずくなってしまったのだろう。

 頭がおかしいのに超最低レベルの会話能力を備えているのが厄介な点である。

「っと、それで私になんの用だっけ」

 一人称が俺から私になった。

「あっはい。えーっと、俺は異世界に居たんですけど……」

 拙いながらもユマの口から告げられた事実は、小説でしか見ないような出来事だった。

 ユマは町を歩いていたら偶然にも道路の上を優雅に闊歩している猫を発見した。しかし偶然にもそこにトラックがやってきて、ユマが猫を助けようと身を投げ出したら草むらの上だったという。(ちなみにミュラヴァンはトラックというものを知らないが、なんとなく一瞬で人を殺せるものだと解釈した。)

 まぁー……親が聞いたら泣くだろうという話だ。

 野良猫を助けようとしてトラックに轢かれたなんてそんな頭の悪い話はない。

「いや、そんな事あるわけ無いだろ……ははっ」

 ミュラヴァンが若干引き気味の笑顔を見せる。

 当然の反応だ。

 道端で突然知らない子供に話しかけられて「異世界から来た!」なんて言われても信じるはずがないし、あり得るはずもない。

 普通の人ならばスルーするか軽く笑ってどこかへ立ち去るだろう。

「いや、本当なんだよ!!」

 ユマは必死に反抗するが、

「あー、うん、まぁ、そういうのは程々にしておいたほうが良いよ」

 と軽く流されてしまう。

 ユマはこれを見て、少し腹を立てると同時に、心が昂っていた。

 なぜかというと、ユマには確証があるのだ。自分が最強であるという、自分が勇者であるという確証が。

 それはユマの兄の部屋にあった小説、「偶然異世界転生をしてしまった俺。当然がごとく世界を蹂躙して女の子たちといっぱい結婚するんだ〜〜魔王?あぁ、俺が殺した〜〜」には、トラックに引かれて異世界転生した主人公がチート能力で色んなムカつくやつをボコボコにして女の子たちとのいちゃいちゃが描写されていたのだ。

 そんな主人公も最初は異世界から来たという話を信じてもらえず、小馬鹿にされていた。

 しかし、そこで主人公は圧倒的力を見せつけ周りを黙らせる。

 その展開にユマは心がくすぐられていた。

 ちなみに、彼の脳内にフィクションという概念はない。

 だから彼は自分がチート能力持ちで無条件に女に好かれると確信しているのだ。

「まぁまぁ見とけミュラ!俺の最強能力を見るが良い!!」

「早速愛称を……まぁ良いや。あっちにゴブリンがいるし、やってみてよ」

 少し森の奥の方にいる3体のゴブリンを指さした。

 そのゴブリンたちは今木の実の採集をしていて、周りを警戒しているのは1体しか居ない。

 ミュラヴァンは完全に対応に飽きていた。

「っしゃやってやるよ!!!」

 ユマは気合十分でゴブリンの方を向いた。

 ゴブリンは低ランクの魔物だ。だが、3体居てはミュラヴァンでも勝てるかは怪しい。

 そんな強敵相手にも、ユマは勝ちを確信していた。

「よし!死ね!!えーっと、闇に堕ちる世界は、其の魂に依って神の真意を知るだろう。輪廻し、砕け、委ね、其の憐れに嗤う。救いは無く、又、其れに等しき事も無く、子羊は眠りに着く。永遠に、無の世界を彷徨い続けるだろう。さぁ、捻じれよ。見下ろす者による罰則を」

 よし!死ね!!の勢いのまま攻撃するかと思ったが、勢いが一切いらない呪文を唱えるフェーズに入った。

 この呪文は、彼が読んだ小説の主人公である“薔薇鬼死縷累ばらきしるる”というキャラの必殺奥義の前の呪文詠唱だ。

死の寝息Dead of breath

 まさかのネイティブ英語だった。詠唱の前置きと言語は統一してほしい。

 この死の寝息、薔薇鬼が使った場合の能力としては周囲を闇が纏い、その闇に触れたら死ぬという能力、所謂チートスキルだ。

 完全詠唱が終わったユマは堂々と拳を空に突き上げる。

 しかし、何も起こらない。

「あ、あれ?おかしいなー。呪文が、違ったのかな?」

 泣きそうな顔をして、もう一度呪文を唱えようとする。

「えっと……闇に……闇に…………」

 ミュラヴァンが肩にそっと手を置いた。

「お疲れ様。頑張ったね」

 優しく、甘い声だった。

 その一言にユマが泣き出す。

「俺が魔王を……ちくしょおおお!!!」

 異世界に行ったからってチート能力を貰えるなんて、ただの幻想だ。

 現実を知ってしまったのだ。ユマは。

「まぁまぁ落ち着いて。まずは初期魔法から。ね?」

 ミュラヴァンが頭を撫でてユマを慰める。

「うん……」

 すすり泣きながらもユマは頑張ってゴブリンの方に足を進める。

 そしてゴブリンにギリギリバレない程度の範囲まで近付くと、

「手を前に出して」

 とミュラヴァンが指示した。ユマは言われた通りに手を前に差し出す。

「手を広げて、手のひらにゆっくりと魔力を溜めていくの。体の中にある魔力を、ゆっくり、ゆっくり」

 今のミュラヴァンは一人称が“俺”でがさつな言葉遣いだったという設定はどこに行ったのだろうかと心配になるほどの丁寧で優しい対応をしている。

「うん……」

 彼もクソガキではなくただの気の弱い少年になっている。こちらに関しては理由がはっきりしているが。

「良いね良いね。じゃあ、“魔糾弾ディストピア”って唱えて、その瞬間に魔力を一気に放つイメージでやってみて」

 ……残念ながらミュラヴァンの性格は変わっていないようだ。魔糾弾ディストピアは使える人がそうそう居ないレベルの高い魔法。それに、人間ではなく魔族側の種族の方が使いやすいという魔法でもあり、高い魔力を持っていても人間の子供にはまず使えない。

魔糾弾ディストピア

 そんなこともつゆ知らず半べそで魔法を唱えるユマ。

 瞬間、世界が黒く光った。

 鼓膜が破れたかと思うほどのキンとした高音に、溶けるほど熱い風が周囲に流れている。

 ……なんてことは起こるはずがない。

「…………一緒に、帰ろっか」

 ミュラヴァンが優しく声を掛けるが、彼女にはもう家がない。

 ついさっき住んでた場所を追放されたのだから。

 自分の暮らしも危ういのに、彼女はなんとなく少年が幼い実弟のように思えてほっとけなかった。

「………………うん」

 彼にも帰る家はない。

 もう、二度と帰れない場所にあるから。

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