ショートショート

@DojoKota

日本といえば寿司

「食い殺すぞ!!」とわたしたちはおもっていたので、魚屋の店主はびっくりした顔でわたしたちから逃げ出して行った。わたしたちは何を食い殺したかったのだろうかわからないまま呆然と魚屋の前に地蔵菩薩を設置する作業を続行した。それはいつも通りの日雇いアルバイトの、ある一定期間内おける描写というかまあそんなところの一場面に過ぎないのだった。魚屋の店主は走って逃げ去っている。私たちは17体の地蔵菩薩をせっせと魚屋と魚屋の前の道路の境目のぎりぎり肝要なあたりを目どころにして並べている。まるでシャッターを下ろして店を客からシャットアウトするのが面倒で手近にあった地蔵菩薩を店の表に密閉に並べてみましたけれども、とでもいう感じの光景が、着々と進んでおり、もしも魚屋の主人が帰ってきたとしても地蔵菩薩が石のバリケードですから当然店の中に入るにはもう二度とむりなんちゃうんかなあ、とバイトに過ぎない人間ですけれど、思った。

「つかれるなあ」

「つかれるなあ」

「つかれますなあ」「そうっすね」とバイトたちはしゃべっていた。地蔵菩薩はただ並べられていた。わたしは或る男とせくすしていた際に『おまえはマグロを通り越して地蔵菩薩だな』などと言われたことがあった。そうかなあ、とその時は思った。今も、よく、わか、らない。

風が吹いている。

びゅう。びゅう。びゅびゅびゅするするするびゅう。マッハで風が吹いている。

どっどどどどうどどどうどどんどこっちゃ。

みたいな感じで風に吹き飛ばされた家屋とかがばらばらと蝉の抜け殻とか。

まあ、いいじゃん。

あ、あ、飽きてきたなあ・・・このバイト。飽きてきたなあ。困ったなあ。金が金が。

私はしばらくして、バイトがおわった。つまり地蔵菩薩を並べ終えられたんだな。嬉しかった。これで一万二千円もらえるんだぜ。未来は明るい。明るいなあって思った。

右手がすごく光っていることに気がついた。なんだこれ。あわてて左手を見る。漆黒である。うわあ。両手を合わせると、その隙間からブバワンってな具合に虹っぽいのが溢れ出すではないか。びっくりするなあ、もう。

も、もしもだよ。仮定の話。思考実験を重ねていこう。重ね着。襲。もしも、或る男が私に向かって『おまえは地蔵菩薩だな』って言っていたその瞬間に、もしも私の左手が光っていて、右手が漆黒。そして合掌。虹が手のひらから放たれてその(the)或る(&a)男を貫いて天まで彩がすごい感じになっちゃったなら、それは一体なんなんだ?なんなんだろうなあ?と私は、考える。考えていると答えが見つかる。わからない。

「なにやっとるんやあ、ぴこぴこ茜ちゃん」と山田松太郎主任補佐官が言った。

ぴこぴこが私のFamiliar Nameであり、茜がえっとSecond Nameである。だからフルネームにチャン付けで呼ばれるとかちょっとびっくりしちゃうけれども、まあ、いいじゃんって思って空に向かって笑いかけた。あはは。

「あはは」

「なに、わら、っっとうねん?」と国木田桃春がいった。名前からは微妙かもしれへんが、女のバイトリーダーだ。

「うるせえ」と私は答えた。

「たしかにそうだな」と表次郎が言った。私のバイト仲間である。彼はいつも私を味方するんだ。「ぴこぴこ茜が笑ってなにがわるいんじゃ、おまえは死んでしまえ」と次郎が桃春を睨みつけながら言い募るんだ。桃春はちょっと怒ってる。

「まあ、いいじゃん」私は、そう言った。

「たしかにそうだな」と表次郎が言った。もしかしたら、表次郎は基本的に「たしかにそうだな」としか言わない人間なんだな。表次郎の家に電話とかして留守電とかなるやん。その時も「たしかにそうだな」としか録音してないねん。だからこうなる。「たしかにそうだな。たしかにそうだな。たしかにそうだな。ぴー」よくわからないけれども、電話のセールスの電話は減るらしい。

どうでもいいのだ。

なにもかも。

地蔵菩薩を並べ終えたばかりの、私たちは、ちょっと疲れていた。

松太郎も疲れていた。そのくせこれみよがしに縄跳びとか翔びやがって。

翔やがってからに。

そして桃春はもう怒っていない。なぜなら疲れているから怒らないのだ。ああ餃子が食べたい、みたいな顔して餃子を探している動作を継続中だ。桃春は女の子なのでスカートとか履いとるけれども。

次郎が笑っていた。

なんやねん、どついたろかな、と私は思った。

「うわあ」魚屋が叫んで駆け戻ってきた「助けてくれえ助けてくれえ助けてくれえ」魚屋の叫び声が魚屋の前(にこ)にこだました。しかし17人もいる地蔵菩薩は狂い迷う衆生を助けるそぶりを塵とも見せずに。

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