記録:未確認生物モスマンを目撃し、恋に発展した。

クロネコ太郎

前半

目撃

 その日は、会社でしがな一日を過ごし、帰宅している最中だった。


 電車の窓から景色を眺めていると、ほんの数年前にできたばかり大橋が見えた。    

 工期が伸びに伸びび、しまいには途中で放棄されてしまうのではないかと心配の声も上がっていたが、何とか完成までこぎつけたらしい。長い時間をかけただけにそれはもう壮麗で迫力のある大橋となっていた。

 とはいえ、毎日の通勤、帰宅で目に入るため、初めて見た時のような感動は消えてしまっていたわけだが。


「……うん?なんだ、あれ?」


 だが、今日、見慣れているはずの大橋に、明らかに異様な存在を見つけた。


 アーチ状の上部構造の上に大きな鳥のようなものが乗っている。電車の中から見れば、豆粒ほどの大きさでしかないわけだが、周りの景色との縮尺で考えるに人程の大きさはあるだろう。よく見れば翼のようなものが生えていて、まるで、橋の下の景色を見下ろすように俯いていた。


「鳥、にしてはでかいよな?」


 暫く凝視して、正体を見定めようとしていた時だった。


 その鳥のような生き物が、俺の存在に気が付いたかのようにこちらに体を向けたのだ。


「……!」


 それは紅に染まった大きい目を持っていた。さらに、長く毛深い二本足を持っている。大きい翼が体を覆うように生えそろい、付け根は頭の辺りにあった。今まで見てきたどの生物とも合致しない風貌をしている。


 俺は驚愕で体が硬直した。


「ば、化け物……?」


 だが、何故か不思議と恐ろしさを感じることは無かった。


 それどころか、少し同情して憐みのような感情すら覚えたのだ。恐らくは距離が遠かったのもあるだろう。

 あれは孤独な存在なのかもしれないと思った。恐らくは誰からも好かれることなく忌み嫌われ世界から蔑まれ、生まれてきた時点で不幸となることが決まってた、そういう存在。まるで、俺のようだ。


 あまり好奇の目を晒し続けることにも気が引けた。

 俺は、そっとスマホへ目線を逸らす。 

 

「きゃー」


 唐突に、女性が橋の方角を見て血気迫る勢いで叫ぶ。


「うそだろ?」


「なんだよあれ?」


 それに呼応するように、ほかの乗客たちも橋の方向に向かって、一斉に困惑の声を上げる。


 あの存在に気が付いたのであろうか。放っておいてやれば良いものを。好きであんな姿でうまれてきたわけではないだろうに。


 しかし、そうではなかった。彼らが叫び声をあげていたのには、別の理由があった。


「橋が崩壊していく……。」


 中年男性がそう呟いた。


 流石に驚いた俺は、橋の様子を見る。


 なんと本当に橋は崩落し、橋の上を走っていた車もろとも海へ転落していた。


(嘘だろ?)


 立て続けに信じられない出来事が起こっている。まるで、夢でも見ているかのようだった。


きーきー!


 電車は急ブレーキを踏み、減速し始めた。こちらにまで直接被害を被ることはないだろうが、万が一のことを考えたのかもしれない。


 再び橋を見ると無残な姿に変わり果て、煙が舞っていた。

 しかし、俺はあることに気が付く。


「あれ?どこだ?」


 あの謎の生き物の姿が、いつの間にか消え失せていたのだった。

 

☆☆☆☆☆


 帰宅するとテレビは一面、橋崩落のニュースを報じていた。


「「いや、まさか数年前に着工したばかりの橋が崩落するとは驚きました。死傷者、行方不明者も百名を超えてしまうとは。」」


「「建設会社、ブラックカンパニーの信用も地に落ちるでしょう。それどころか、日本の建設技術の信頼性にひびが入るかもしれません。」」


「「ブラックカンパニーは人材不足により、建築物の質も年々低下していると聞きます。それが今回の事故につながった要因、とも考えられるのではないでしょうか。」」


 コメンテータたちはあーだこうだと憶測を繰り返しながら、根拠がないにも関わらずしたり顔で論じ続けている。結局のところ、真相がわかるまではなにも確かではないというのに、当然のように建設会社を貶し非があると断定しているのだ。


「相変わらずだな、タレントたちは。まあ、彼らも生き残るためにいろいろと大変なんだろうな。」


 少しでも自身の存在を誇示し続けなければ、遠距離恋愛での自然消滅のように関係が、ふっと消えてしまうのは分かっているのだ。


 テレビの話を聞きながら、ご飯を胃の中へと流す。


 そして、橋が崩落する前の出来事を思い返した。


(結局、あの生き物は何だったんだ?一度、調べてみるか。)


 俺はインターネットを使い、大きい赤い目、大きい翼、フクロウのような風貌などで検索をかけてみる。

 

 すると、ヒットしたものがあった。


「まったく、同じだ……」


 その生物の名前は、モスマン。俺が見た通り大きく赤い目、翼を持っており二メートルを超える体格があるらしい。さらに、時速百六十キロで滑空し、建築物を崩落させる力を持っているという正真正銘の化け物だ。悪魔、なんて呼ばれ方もされているのにも納得だ。

 いわゆる未確認生物という奴で、正式に存在が確認されているわけではない。

 だが、身体的特徴に加え建築物を崩落させる能力、あれは明らかにモスマンと特徴が合致していた。


「まさか、あれが橋を崩落させたのか?」


 何故、そのようなことをしたのだろうか。記事でもモスマンが建物を崩壊させる動機自体は不明なのだ。まさか、文字通り悪魔というわけでもあるまい。


 スピッツを流しながら、あれこれ頭を悩ましている内に、すっかり時間が経ってしまった。


「はァ、そろそろ食器を片付けないと。」


ピンポーン


 チャイムが鳴った。

 宅配物が届いたのかもしれない。


「マジかよ。」


 俺はインターホンに映し出される人物をみて、驚いた。

 その人物はなんと、妖艶な雰囲気を漂わせる黒髪ロング美少女だったのだ。不健康なほど肌が真っ白で、目元にはほんのりとクマが見える。ただ、それが影のある印象を植え付けより魅力が際立っていた。


 こんなさびれたサラリーマンの家に、美少女が訪ねてくるなど、そうそうあることではない。ゆえに俺の心は、少し舞い上がっていた。


「もしもし、あのどちら様でしょうか?」


「すいません、風見新聞社の夕闇茜と申します。錦戸悠馬様でお間違いないでしょうか?」


「そうですが、いったい何用で……?」


「つい先ほどの大橋の事故について目撃者の方に取材をして回っていまして、良ければご協力いただけるとありがたいのですが。」


「え?あの、どこで僕が目撃者であることを知ったんですか?」


「申し訳ありません。それは諸事情により、お教えすることができなくて……。」


「あ、そうですか……。」


 どこかしらから個人情報が漏洩してしまっているのだろうか。それにしたっておかしな話だ。誰かしらが俺のことをつけまわって行動を監視してでもいない限り、俺が大橋の崩落を見たことが漏れるはずがない。ツイートでもしていたら特定も不可能ではないだろうが、あいにくsnsの類には手を出していない。それに何かしらの手段を使って特定をし、ここまで来たとして、それはそれで問題だろう。


 あまりにも不可解で違和感のある話だ。彼女には申し訳ないが、はっきり言って怪しいにも程がある。


「すいませんが、取材はお断りさせていただきます。わざわざお越しいただいて申し訳ありませんが。」


「そうですか。ご協力いただきありがとうございました。」


☆☆☆☆☆


「はあ。」


 社会人生活が始まって十数年と経つ。ついに去年に入って、40代を超えることとなった。

 毎日のデスクワークに視力が下がり、腰を痛め、睡眠不足での疲労が蓄積。  

 日々、体がすり減っていくかのようで、体調良好と思える日の方が少なくなってしまった。


「あの、錦戸さんこの書類まとめとてくれませんか?」


 後輩の一人が話しかけてくる。


「あ、ごめん。今こっちの手が離せなくて。ちょっと遅れるけど良いか?」


「まだ、その仕事片付いてないんですか?先輩なんだから、それくらいしっかりやってくださいよ。」


「ははは、悪い悪い。」


「ほんと、頼みますよ?」


 見ての通り人間関係は険悪。

 仕事ができない俺は窓際社員へと成り果てた。

 いまや、後輩にすら舐められる始末だ。


(早く終われ。)


 念じれば念じる程時間の流れが遅くなるのは分かっているが、そうでも言っていないとやってられたものではない。


 なんとか仕事を片付け、ひと段落付いた。


「ふー疲れた。」


 伸びをしながら、椅子を窓の方へと回転させ、空を眺めようとする。


「ァ!」


 なんとびたっと窓にモスマンが張り付いていた。ギラギラと赤い目は、近くで見るとより際立って恐ろしい。


 驚きのあまり声が掠れ、体をのけぞらせた勢いで椅子ごと後ろへひっくり返る。


 ガシャンとすさまじい音が室内に鳴り響き、冷たい視線が俺に集中した。


「何事かね、錦戸君?」


 50代の係長があきれ返った声で、聞いてくる。


「ま、窓にモスマンが!」


「窓?窓がどうかしたのか?」


 係長は胡乱げな顔で窓の方へ向く。


「なにも無いじゃ無いか。」


「あれ?」


 またもやモスマンは、いつの間にかいなくなっていた。


「そんな、どうして?」


「はあ、君は、頭に病気でも患ったのか?」


「い、いえ。」


「まったく、先が思いやられるな。」


「す、すいません……。」


(なんでこんな目に合わなきゃならないんだよ……。)


 何故、俺は目をつけられているのか?なにも心当たりは浮かばない。

 俺は、この不条理な出来事に俺は困惑する他なかった。


☆☆☆☆☆


「「依然、死傷者行方不明者の全貌は把握できておらず、大橋の復旧のめどは立っておりません。」」


「「建設会社ブラックカンパニーは記者会見を開くも、社員たちの勤務時間表を公表することはないと断言し……。」」


 テレビでは、昨日あったばかりである大橋の崩落の出来事を放映しているが、俺の耳からはすり抜けていっていた。今は、先ほどの出来事のことで頭が一杯だ。


(なんで、俺なんだよ?)


 再び、モスマンと検索をかける。

 とはいえ、情報はそこまで多くない。そこそこコアな分類の未確認生物といった感じだ。

 そうして、しばらく、眺めている内にある記事が目に入った。


「未確認生物モスマン専門ハンター西川のインタビュー記録?」


 モスマン専門ハンターなどとどこに需要があるのかも分からない人物を見つけた。

 まあ、実際こうして俺が知りたがっているわけだが。


 とにかく、インタビュー内容を読んでみる。


・私は一年前にモスマンの写真を撮ることに成功しました。しかし、それを公表しようとは考えていません。私は承認欲求やお金のためにこの仕事をやっているわけではないからです。私の目的は、モスマンと対話すること。モスマンは、世間でうわさされるほど悪い存在ではないと考えています。むしろ、見た目だけをみて、悪魔だと決めつける我々の方にこそ問題があるのでは無いかと思うのです。モスマンを拒まず受け入れれば、心を開いてくれる日がきっと来ます。


・なぜ悪魔ではないと分かるんですか?モスマンは、建物を倒壊させて人へ大きな迷惑をかけていますよね?


・モスマンなりのsos表現なのでしょう。彼女は……いやモスマンは、本当はそのようなことをするのを望んでいないのです。


・彼女?


・ああいや、つい癖で……。他意は無いです。


・なるほど、では……。


(なんだ、このインタビュー?)


 読んでいて唖然とし、途中で読むのを中断してしまった。何故彼はモスマンの感情を、知りえることができるのだ。それこそ、直接対話でもしない限りは不可能ではないだろうか?


 ただ、全て出鱈目だと切り捨ててしまうのもよくないかもしれない。もしかしたら、という可能性も頭の片隅へと置いておこう。


 バタン!


 窓際から嫌な音が聞こえた。


(まさか……。)


 俺が住んでいるのはボロアパートの三階だ。窓に何かがぶつかる音など、鳥か強盗が侵入してきたかでも無い限りはあり得ない。


 俺はカーテンを一度に開けた。


「うわ!」


 そこには、会社の時と同じく、ぎらつく赤い目をもった怪物、モスマンがいた。


(やばい、逃げるか?)


 恐ろしいと思いつつも、ここで対応を誤れば、今後何をされたか分かったものでは無い。


 気力を振り絞り、窓越しでなんとかモスマンと対峙する。


「お前、なんで俺なんかについてくるんだよ?」


 少し声に震えが入りながら、問いかけた。


 返答は無い。

 ルビーのような赤い目が、俺の姿を反射するだけだ。


「なにか文句があるなら今ここで言ってくれ。俺がちゃんと聞き届けるから。こっそりつけ周すような真似は、頼むからもう辞めろ。」


 俺は必死で懇願する。

 もし、このままつけられ続ければ社会生活に影響が出るだろう。

 なんとか、今ここで関係に終止符を打たねば。


「俺は、俺はお前の気持ちだってなんとなく分かってやれる。俺も見た目だけで人なりを判断され、裏切られてばかりの人生だった。自分から興味を持って近づいてきた癖に、中身がつまらないと分かった途端皆んな離れていくんだ。俺、自身は最初から何も変わっていないのに。」


 そうなのだ俺は、第一印象と中身の落差で痛い思いをしてきた。だから、今はとにかく周囲に溶け込めるように眼鏡をかけボサボサの髪のまま放置し、最初から期待されないように配慮している。もっとも、40を越えた今では、まともに容姿を整えたところで、誰も興味を持ってはくれないだろうが。


「お前もきっと、今までつらい人生だったんだろう。それは、俺と同じだ。俺は、お前に同情するくらいだ。だから、敵意なんて無い。もう俺に構わないでくれ。」


 俺が問いかけてから、しばらくモスマンは沈黙した。


(言葉が分からない、のか?)


 すると、モスマンは、唐突に翼を広げ、音もなく翼をはためかせた。


 そして、刹那の内、大空の彼方にまで舞いがって行く。その後、瞬時にモスマンの姿は消え失せてしまった。


「すげぇ……。」


 素直に感嘆が漏れ出る。


(俺の言葉が、届いてくれたのか?) 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る