銀髪美少女を助けて刺された結果、ポンコツ女のお世話を押し付けられた話

エプソン

第1話・あー、面倒くさい

 22時を超え、虫の声だけがかすかに聴こえる公園。


 綾垣貢郎あやがきくらうは千鳥足のようなフラフラな足取りで、帰途に着いていた。


 法の制限をすり抜けてまで働き続け20連勤。

 生活のためとはいえ、貢郎の体力は限界に達していた。


「明日は高校も休みだ。午後までは寝れる」


 言葉にすることで、倒れそうな体に活を入れる。

 幸い公園内は人気がなく、誰かに独り言を聞かれる恐れはない。


 そもそもこの公園自体も、『公園』というにはあまりにもスケールが違い過ぎる。

 今、貢郎が歩いている場所は国体が行えるほどの大きさであり、テニスやサッカー、ラグビーといったスポーツの競技場があるほどだ。


 ただし、彼が歩いている理由に公園内の施設は特に関係は無い。

 ただここを通ったほうが家から近いというだけだった。


「近道してくか」


 街灯が等間隔に設置されている道から少し外れ、木々がしげる細道へと入る。

 若干の暗さはあるものの、メインストリートよりもこちらを使った方がわずかに早いのだ。


(腹減ったなぁ)


 疲れに加えて空腹度も天井に達していた。

 とはいえ、早足になれるほど元気は残っていない。


「ん?」


 前方から足音が聞こえたことで、視線をコンクリの地面から正面に向ける。


(めっちゃくちゃ綺麗な人だな)


 貢郎の数メートルほど前に立っていたのは、目もくらむような美貌びぼうの女性。

 雪のようなきらめきを持ち、僅かに青み掛かった銀髪は、さながらおとぎ話に出てくるような美しさ。

 街灯のささやかな光など、不要だと思えるほどの輝きを放っている。


 また、モデルのようなスタイルの良さも目を引かれる一因だ。

 華奢きゃしゃな身体は守ってあげたい気持ちをくすぐられる。


 この完璧な女の子にケチをつけるとするならば、胸のあたりが少しばかりさびしいくらいだろうか


(帰ろう)


 しかしながら、今の貢郎にはこれ以上彼女のことを気に掛ける余裕はなかった。

 肉体の悲鳴は、女性な溢れんばかりの輝きよりも強烈だった。


 そのまま彼女の横を通り過ぎようとする。

 が、あまりにも突飛とっぴ過ぎる光景が突如視界に入り、貢郎の動きは急停止した。


(え? は?)


 まるで待ち構えていたかのように、道路脇のやぶから黒いジャージを来た男が出てくる。

 しかも手には凶器。それも刃渡りが20cmもあろうかというナイフだ。


 そんな恐ろしいものが刻々と女性に向かっている。

 これだけのものであれば、当たり所によっては死はまぬがれないだろう。


 だからかは分からない。

 言えることはただ1つ。


 貢郎の体は、彼が理性というフィルターを通す前に動いてしまっていた事実のみ。


 男が右腰にナイフのを当てながら直進する。

 対する女子は、自身の危うさに気付かずにただ突っ立っていた。


(うっぐあぁぁっ!?)


 咄嗟とっさに動いた貢郎が女子と男の間に入るや否や、左の脇腹に鋭い痛みが走った。

 瞬間、呼吸すら出来ないほどの衝撃と共に灼熱が貢郎の体を焼いた。


「こいつ――ぬぐわぁ!?」


 不意に聞こえてきた男の悲鳴など気にならないほどの激痛に耐えきれず、貢郎は地面に倒れ込んだ。

 どうにか患部を触ると、左手にべったりと粘着性の液体が付着した。


(痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!! 誰か……救急車!)


 心の中で助けをうなり、目から涙が零れ落ちる。

 同時に吐き気もまた喉の奥から込み上げてきた。


(うっぐ!?)


 息を整えようとした瞬間、内部からの圧に負け胃液が混ざった血が吐き出してしまった。


(死にたく……ない)


 何故どこの誰とも知らない人間をかばってしまったのだろう。

 どうして見て見ぬ振りをしなかったのだろう。

 何で大通りを通らなかったのだろう。


 様々な後悔が押し寄せてくる。


 そして、いよいよ視界がうつろになってきた時、自然と唯一の肉親である妹のことを思い出した。


「まだ……死ねな、い。いもう、と。いもうとが......」


 世界の半分以上が暗くなる。

 意識を保つことすら難しかった。


 生命活動を続けようと、僅かな気力を振り絞って呼吸を続ける。

 だが、既に呼吸器どころか五感全ての感覚が普通とはかけ離れたところにいた。


「はあ……。随分と面倒なことになりましたね」


 今にも途切れそうな意識の中、頭上から女性の声がした。

 しかしながら、絶望に打ちひしがれるわけでも。ましてやこれから救護活動にいそししもうとする様子でもない。


 ただただ面倒そうにしているのが、鬱屈うっくつとした声色から伝わってきた。


「別に間に入らなくとも余裕で避けれたのですが」


 酷い言われようである。


(助けた、のに……!?)


 見た目と性格のギャップの差に、貢郎の精神力も尽きる寸前へと達していた。


「至極どうでも良いのですが、ここで助けなければ寝つきが悪くなりそうですし」


 相手がぺろりと唇のふちを舐める。

 そして、おもむろに貢郎の前でしゃがむと、流れるような仕草で頭に手を乗せてきた。


「あー、面倒くさい。やっぱり外出なんてするもんじゃありませ――」


 彼女の文句を最後まで聞く前に、貢郎の意識は闇へと落ちた。

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