秋、一筋の光

 

嫌いな先輩がいた。

早く死なないかなと思った。

次の日、先輩は死んだ。


「うわ、まじか」


大学の大教室の隅。サークルのグループチャットで流れた先輩の訃報を見て、バクバクと鼓動が鳴ったのを覚えている。


衝撃的だった。

先輩の笑顔がフラッシュバックした。

こんな若さで可哀想に。


――と思うと同時に「やった!」と心が叫んでいた。


かわいそうに先輩、悲しいです、やった!、もうこれ見よがしの悪口を聞かなくてすむ!、そんな早すぎます、みんな寂しがりますよ、やった!、これから学校に行くのも苦じゃなくなる!、みんなで先輩を偲ぶ会を、うんうん、行きます、何度だって行きます、だって本人がいないんだもの!楽しみだね!いや間違えた、悲しいです!


お悔やみを申し上げます。

自分のなかで駆け巡る気持ちを押し殺して、端的で当たり障りのない弔意をチャットグループに送った。大きなサークルだから、波風の立たないメッセージは即座に流れていく。うん、ありがたい。……そんなことを思っているうちに、知らず知らず大きな溜め息を吐いていたようだ。


「大丈夫か?」


高校からの知り合いで、同じ大学に進学したAが、こちらを心配そうにのぞき込む。Aとは昔から仲がいい。さすがに自分のなかで渦巻く、モラルの欠片もない気持ちを素直に吐露できるほど、親密ではないが。Aは続けた。


「今ちょうど聞いたんだけど、お前んとこのサークルの人、事故でなくなったんだって?」

「なんで知ってんの?」

「新聞部の情報網なめんなよ……って、そんなことはどうでもいいよ。お前、まじで顔色悪いけど、本当に大丈夫か? こんなに寒いのに汗かいてるじゃん」


Aの指摘で自分が信じられないほど、顔に汗をかいていることに気が付いた。寒さもだいぶ落ち着いた秋、ほとんどの大学生は上着を羽織っているというのに。


ああ今、自分の自律神経はいかれているんだなあ。


気づけば手にも汗をかいている。全身から感じる鼓動の音。興奮。悲しみと喜び。同じアドレナリン。先輩が隣にいたころ、ずっと無を感じていたころにくらべて、なんと生を感じること。皮肉だなあ。汗をかいた身体にすっと秋風が通って心地よく感じた。それだけで今日はいい日だとなんとなく感じた。


ひとつひとつの身体と感情。

それらを丁寧に確認し、噛みしめながら、努めて普通に答えた。


「大丈夫だよ。本当に大丈夫。いや、嬉しいことってあるもんだね……」


興奮のあまり、うっかり本音が漏れ出てしまう。

しかし早口でしゃべったせいか、Aは聞き取れなかったようだ。

気のいい彼は、自分のなかで納得しやすい答えを見つけたのか、こちらに向かって神妙な面持ちで言葉を重ねた。


「ま、気にすんなよ。近い人が死んでつらいと思うけど俺でよければいつでも話を聞くから」

「ありがとう……」


どう言ったらいいかわからないまま絞りだした答え。Aは頷く。おそらく元気づけるために肩を叩いてくれたのだろうが、そんなことをしてくれなくても自分はいたって元気だ。先輩よりもAに対して罪悪感を抱く。悲しみに暮れるパフォーマンスとして一応俯いたが、心は天を仰いでいた。


先輩。どうか心安らかに。

こちらはとっても心安らかです。

あなたのしてくれたこと、忘れません。


暗かった日々に、光が差し込む。

ああ、明日はきっと今日よりいい日だろう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秋、一筋の光 @sakura_ise

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ