腐女子と腐女子の愛し方

川瀬川獺

#1 変わらない日常?

 私、桜井桃音(さくらいももね)は人間が余り好きではない。

 二十八にもなって、等と周りからは言われるがこればかりは変え様が無いのだ。親も諦め切ったのか縁談の一つもして来はしない。

 ほう、と何気なく溜息を吐く。そこは時折道端を通る車の音以外、ただ穏やかな住宅街。

 生きる為に必要な労働と言う名の苦行を今日も勤め上げ、赤く赤く街を染めていく夕陽に暮れる広大な空をぼんやりと眺めながら帰路につく。

 ガサリ、と音がしたのは手元にあるコンビニの袋。恐らくはペットボトルがズレた弾みの音だろう。一緒に買ったドリアが崩れてなければ良いけど、とその程度にしか感じなかった。

 感情と言うものは人間なのだから勿論ある。だが心が大きく揺れ動く事は稀だ。それこそ感動出来るBL作品に巡り合った時位だろう。

「変わり映えしないなぁ……」

 毎日の疲れ果てた心を癒してくれる投稿サイトで好きなカップリングの新作漫画や小説が更新されていたら良いな、と今日の癒しを心の内で求めながら、変わり映えのしない道を歩いて行く。

 ただ、人には言えない――変わり映えしない日常に組み込まれている趣味がひとつあった。







「……ただいま、なんて」

 居住しているマンションの自宅のドアに鍵をさし込み捻るとロックが外れ、ノブを捻ると重たいドアが開く。鍵を引き抜き部屋の中へと滑り込んで後ろ手にドアを閉め、そのまま流れる様にロックを掛けて独り言ちてはまた溜息を吐いた。

 誰も居ない、もう慣れてしまった独り暮らしの部屋。食器も溜め込まず洗濯もこなし、雑誌類も散らかしてはいない。極力綺麗にしているつもりではあるがもしかしたらさっぱりしている様にも思えるかもしれない。

 だがそれはあくまでもリビングとキッチンの話である。もう一つの部屋、寝室を兼ねた趣味部屋は散らかってこそいないが人にはとてもではないが見せられないものだ。

 ひとまずキッチンにコンビニ袋を置き、中のペットボトルの紅茶を冷蔵庫に仕舞う。ドリアは袋から出してとりあえず置いておく。店員が付けてくれたスプーンと共に並べ、一緒に買ったキャラメルポップコーンを手に寝室へと向かった。

 早く部屋着に着替えて仕舞いたいしメイクなぞさっさと落として楽になりたい。仕事が終われば後は念願のプライベートな時間だ。リビングを通り抜けて寝室兼趣味部屋のドアを開けるとそこにはシングルサイズのシンプルなベッドとやたらと薄い本がぎっしりと詰め込まれた本棚。そして広々としたパソコンデスクの上に32インチの大き目なモニターとキーボードやマウス、ヘッドセット等必要な物が一揃えがある。ゲーミングチェアに最新のゲーム機まで揃った快適空間だ。

 デスク回りには大量のアクリルのスタンドやキーホルダー、ポーチに入ったキャラクターのぬいぐるみが鎮座しておりリビングと比べると異質な空間が広がっている。デスクにキャラメルポップコーンの袋を置き、鞄からスマートフォンを抜き取ってから鞄をフックに掛けた。

 おもむろにキャスターに乗せられている大きなパソコンの電源スイッチを入れ起動音と共に画面に明かりが灯る。ゲーミングチェアに座りパスワードを片手で入力しデスクトップ画面が映るとすぐにブラウザを開いてお気に入りの欄から投稿サイトを開く。

「お、通知いっぱい来てる」

 趣味――見るだけでなく実は"書いている"。閲覧数やブックマーク数を可視化出来る仕組みのその投稿サイトで推しカップリングの二次創作小説を書いては上げていたのだ。故に閲覧数やブックマークが増え見て貰えているというだけで口元が緩む。

「いつものブクマの通知以外に……珍しいな、コメント?」

 珍しいその通知に興味を惹かれてマウスでクリックし早速確認した。そこには見慣れない文章の感想が書かれており真面目な文面に思わず笑みが零れた。

「ええと……『桃色団子さんの書かれる作品が大好きです。今回のみきつばも最高でした!擦れ違う二人がもどかしくて、その後のハッピーエンドで心が暖かくなりました。これからも頑張って下さい!』……か、嬉しいなぁ」

 桃色団子は私のペンネームだ。安直過ぎると思われるかもしれないが同人活動をする上で名前の呼ばれやすさと言うものは何かと大事になる。オフ会や同人即売会や後の打ち上げ等が特にそうだ。呼ばれる時に抵抗が無い名前が無難オブ無難なのである。

 そしてハマっているジャンル、『降道探偵事務所の裏事情』のカップリングが三木透(みきとおる)×降道翼(おりみちつばさ)の通称みきつばだった。年下わんこ系の助手と美形な俺様探偵の熱いバディもの漫画でいわゆる大手ジャンルの人気カプというやつだ。

「しっかし伸びたなぁ……流石大手カプ」

 カチカチと手慣れた動作でマウスを動かしてはクリックし、みきつばとキーボードで打ち込んで検索し新作が上がっていないかをチェックする。夕飯もメイク落としもその後でだ。

「新作小説上がってる~~!しかもドンカツさんだ、後で拝ませて貰お」

 投稿サイトをチェックがてらスマートフォンでSNSのアプリを開きフォロー中の絵師さんや文字書きさん達のイラストや進歩上げ等が無いかもチェックする。好みの作品を見つけてはいいねと拡散を欠かさない。

 フォロワーも増えたなぁと4桁のフォロワー数を見てしみじみ呟く。明後日は念願のオンリーイベントがあるためフォロー中の同ジャンルの人々は名前の横にスペースナンバーを開示していた。さてどのサークルから回ろうかとサークルチェックも欠かさない。

 当日頒布する予定の印刷所から届いた見本誌を手に取り、ミランダで加工されている自らデザインした表紙をなぞる。どの位捌けるだろうか、とワクワクしながらひとまず夕食を取ろうとチェアから立ち上がり、のろのろとマイペースにTシャツとふわふわのルームウェアに着替えて寝室から出ると、ベランダから伺える空はもうすっかり暗くなっていた。

 カーテンを閉めてキッチンに置きっぱなしのドリアを手に取ると電子レンジを開けてそれを入れ、閉めると共に指定の数分間温め始める。明かりが灯り暖めが始まると冷蔵庫から紅茶を取り出してキャップを捻った。ごくりとそれを飲み込みはぁと吐息を零す。

「……感想、嬉しかったな」

 閉めた冷蔵庫に背を預けてもう一口紅茶を飲みぼんやりと先程のコメントを思い返す。どんな人が読んでくれたのだろう、イベントには来るのだろうか……等と嬉しさ余ってそんな事を考えてしまう。

 そんな事を考えている内に電子レンジが温め完了の音が鳴り響き、現実に引き戻されながら熱々のドリアを取り出してスプーンと手に持った紅茶のペットボトルと共にリビングのローテーブルへと運んだ。

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