第18話 ゴブリン退治
ガラスが散乱した部屋の中には、白目を剥いた男が転がっている。
良く見ればやはりあの男で——。そんなことよりアイリスはどこだ!?
「タカシ! おかえりー」
「アイリスッ!」
貴志はベッドの上にちょこんと座っていたアイリスに駆け寄る。
そしてきつく抱き寄せた。
「ああ、良かったぁ……」
「んー、くるしーの!」
「あ、ああ……ごめん。安心してつい。それよりこれ、どうしたんだ!?」
貴志は床に横たわっている工事業者の男を指さした。
いや、もう退職したらしいから〝元〟か。
「おそとからきたのー」
「窓を割って? ここは三階だぞ……」
「わるいひと? ばーんしてよかった?」
「うん。悪い人みたいだから、バーンして良かったよ」
「そっか!」
あ、でもちょっと待て……生きてはいるだろうな?
貴志は慌てて男に近づくと、呼吸を確かめる。
「どうやらギリ生きてるみたいだな……」
とりあえず何かで縛っておいたほうがいいだろう。
貴志は自身の記憶を頼りに、ごちゃごちゃとした小物入れの中からビニール紐を取り出す。
これは雑誌を縛るために買ったものだが、最近はあまり使っていなかった。
ただの日用品だが、ぐるぐる巻きしておけば力尽くで千切るのは難しいだろう。
「よし、これだけ巻けば身動きすら取れまい」
アイリスを怖がらせた罪は重い。
これくらいしてやらないと気がすまない。
「さて、じゃあ起こして話を聞いてみるか」
貴志はそう言うと、男をつま先でつんつんと突いた。
最初は反応がなかったが、何度か繰り返すと男は呻きながら目を開ける。
「ううん……。ここは……? ひ、ひいっ!」
男はベッドの上に座っているアイリスを視界に入れると、恐怖からか顔を引き攣らせた。
「おい、お前はなんのために部屋に侵入したんだ?」
「…………」
「黙っていても無駄だぞ。よし、アイリスきつい一発をお見舞いしてやれ」
「は、話す! 全部話しますからぁ……」
顔を青ざめさせた男は、ようやく重たい口を開いた。
「一昨日ここへ来た時に、あの女の子……いや女神をひと目見たら、その可愛さに頭がおかしくなってしまって……」
「だからカメラを仕掛けたってことか?」
「いやっ、あれはカメラじゃ……ないです」
「じゃあ何なんだ? 誤魔化しても無駄だぞ。もう回収しているんだからな」
貴志がなるべく低い声で脅すように言うと、男は諦めたように顔を俯かせる。
「知ってますよ……あれはただのセンサーです。レンズなんてなかったでしょう?」
「センサー? 何のためのものなんだ」
「女神が何時に風呂へ入って、どれくらいシャワーを浴びるのかを通知してくれるってだけです」
「……は?」
「その時間に裸でいるんだと思ったら興奮するじゃないですか! 女神の裸を見ようなんて恐れ多くてとてもとても……」
男は顔を紅潮させ、そうまくしたてた。
なんだこいつ……理由が変態的すぎる。
あとさっきから女神っていうのが気持ち悪すぎだろう。
というか……。
「風呂には俺も入るんだが、その区別はつくのか?」
「あ…………そっか」
ただでさえ変態なのに、その上アホだなんて……救いようがない。
「でも俺の大切な
「いや、ちょっと待って下さい! 私はセンサーを回収できればと思って窓から覗いていただけですって」
「じゃあ窓が割れているのはなんでだ!? この期に及んで嘘を……」
「そ、それは女神様が……」
ん?
ちらりとアイリスに目をやると、首をこてんと傾げた。
今の早口でのやりとりが分からなかったのだろう。
「窓のやつ、アイリスがやったの?」
「うん。ゴブリンきて、どーんってやったの!」
寝間着の女神は、何故か誇らしげに胸を張っている。
まあ確かに
異世界のゴブリンが本当に緑なのかはよく分からないが。
「ゴブリンはみどりなのー」
「そ、そうか……うん、よく頑張ったな」
「ふふん」
満足気なアイリスの頭をひとつ撫でてから、男に向き直る。
「で、うちの女神が悪いってのか? 何にしても覗いてた方が悪いだろうが」
「まあ、それは……そうですが……」
「待てよ……お前ひょっとして見たのか?」
「な、何をでしょうか?」
「
つまり魔法のことだ。できれば気絶したショックで忘れていて欲しい。
しかし男の答えはあまり歓迎できるものではなかった。
「はい、それはもう! 恐ろしい怨霊のようなものがこちらへ向かって飛んできました!」
「そうか……。よし、見てしまったのなら消えてもらうしかないな」
「ち、ちょっそれは勘弁して下さい! 誰にも……誰にも言いませんからっ!」
はぁ、面倒なことになった……。
もう少ししたら管理会社の人が来るっていうのに。
「とにかく、女神の奇跡については誰にもいうなよ」
「は、はいっ!」
「窓は誰が割ったんだっけ?」
「ええと、それは女神様が……」
「……?」
貴志は無言で圧を掛けた。
回答を間違えたらアイリスの細腕から色んなものが飛ぶぞ?と目で訴えながら。
「いえ……わ、私が割りました」
「ああ、そうだろう。ちなみにこれから管理会社の奴が来るからストーリーはそれでよろしく」
「ええっ……そんなこと言ったら私が捕まっちゃうじゃないですか」
「元々捕まるような事をしているだろうが!」
「センサーを付けるだけじゃ捕まらないですって! でも窓を割って侵入したら確実に住居侵入罪じゃないですか……」
確かに盗聴器を仕掛けること自体は、犯罪じゃないらしい。
でもこいつは換気扇から電源を盗っていたし、器物損壊になるんじゃないか。
いや、しかし警察に説明しようとすれば、どうしてもアイリスの存在が浮き彫りになってしまう。
「本当に面倒な事をしてくれたな……!」
「す、すみません」
「はぁ、希望通りのストーリーをのむなら通報はしないでおいてやる」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。二度とおかしなことができないように、身分証と連絡先だけは控えさせてもらうぞ」
身分証をカメラで撮ってからさっさと男を解放した。
しばらくすると、玄関のチャイムが鳴る。危ない、もう少し遅れていたら鉢合わせするところだった。
とりあえず変なことを口走らないようにだけ気をつけよう。
貴志は自分にそう言い聞かせてからドアを開けた。
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