8.農村ブロック

「あ~……、よく寝た」


 思い切り伸びをして、克己はソファーの上で身体を起こした。ソファーとはいえ、大きくちょうど良い柔らかさに、久々にスッキリした目覚めに感動する。

 昨夜は結局、案の定飲みつぶれた女性陣に克己の部屋のベッドを貸したのだった。

 部屋の時計を見るとまだ朝の8時だった。集合は10時だから、今から支度をして朝食をとれば十分間に合う時間だ。と言っても、女性陣の方が身支度に時間がかかるのは当然である。


「とりあえず起こすか」


 さすがに勝手に個人の部屋に入るのはどうかと思い、ベッドを貸したわけだが、るいざはともかく麻里奈が起こしたときにどんな反応をするかが謎だ。悲鳴をあげて痴漢呼ばわりされなければ良いが。ちなみにるいざは大人数での生活に慣れているので、細かいことは気にしない。が、寝起きが極端に悪いため、早めに起こさないと間に合わない可能性がある。

 念のためにノックをして、克己は寝室のドアを開けた。


「おはよーさん。そろそろ起きろー」


 ここはファミリータイプの部屋のため、寝室にはベッドが2つ備え付けられていた。昨晩、それぞれに1人ずつ寝かせたハズである。だがしかし、麻里奈を寝かせた方にるいざも寝ているのは何故だろう?

 首を傾げている克己の前で、麻里奈がモゾモゾと身じろぎした。


「あれ……ここどこだっけ……?」

「ここは俺の部屋の寝室」

「……」

「……」

「……あ、そっか。昨日呑み会したんだったわね」

「そうそう。それで酔いつぶれたんだよ、2人とも。部屋に入るのも悪いと思って俺のベッドを提供したってわけ」


 悲鳴をあげられるとばかり思っていたので、肩透かしを感じつつ、克己は質問に答える。

 と、麻里奈がじとっと克己を見た。


「何か変なことしてないでしょうね?」

「お前みたいなお子ちゃまにするわけねーだろ」

「お子ちゃまじゃないわよ! れっきとしたレディよ!」


 そう叫んで飛び起きた麻里奈の横で、るいざがやっとモゾモゾと動いた。


「あたまいたぁ……」

「っていうか、るいざはどうして私と一緒に寝てるの?」

「さぁ? 別々のベッドに運んだんだけどな。ほれ、るいざ。起きろー」

「まだ寝る……」


 そう言って麻里奈にくっつくるいざ。その背中をポンポンと叩きながら、麻里奈はるいざを起こしにかかる。


「そろそろ支度しないと朝ご飯食べられなくなっちゃうわよ?」

「朝ご飯……」


 モゾモゾとるいざが寝ぼけながらも身体を起こす。


「頭痛い……」

「水、持ってくる」


 苦笑して克己は水を取りに行った。




 3人が朝食を取っていると、譲が白石と2人で姿を見せた。


「おはようさん」

「おっはよー」

「……おはよう」


 譲は、るいざの様子に呆れたように溜め息を1つ吐いたが特に触れはせず、同じテーブルの空いていた席に座った。手持っていたカフェオレらしきマグカップをテーブルに置くと、足を組んだ。


「今日は個体登録と農村ブロックの案内だが、俺がする」


 その言葉に、白石が目を丸くした。


「珍しい。面倒な事が大嫌いな君が、どういう風の吹き回しだい?」

「昨日の処理が終わらなかったんだ。農村ブロックでついでにやってくる」

「終わらなかった? 珍しい事もあるもんだ。じゃあ僕はシステム構築を進めるとしよう」

「どうせならC-3とD-2のバイパスを組んでおいてくれ。こっちが終わったら確認する」

「了解。それじゃあ、僕は一旦失礼するよ」


 白衣を翻して、白石はコンピュータールームへ向かっていった。

 譲はと言えば、3人が食事している間もウィンドウを弄っている。


「そう言えば神崎さんはどうしたんだ?」


 食べ終わった克己が譲に問いかける。


「今は処理棟で作業中だ」

「作業ってか、工事の進捗ってどんなんなの? まだかかるのか?」

「いや、今日で大概になる。ただ、少し問題があって」

「問題?」

「お前たちは知らなくても良い事だ」


 そう言うと、譲は黙ってしまう。


 なんか、カンジ悪いんだよな~。


 仕方なく克己も大人しく、2人の食事が終わるのを待つことにした。




「うわぁー!! これが地下!?」


 麻里奈がただでさえ丸い目を更に丸くして、大きな声をあげた。それもそのはず。農村ブロックは、中央にサイロのある農家が一軒ある他は、自然が再現されていた。天井は青空に雲が浮かび、サイドは小高い丘に、中央には小川が流れ、水車も見える。


「魚が居る! これホンモノ?」

「本物だ。ここは地上を再現している。空はさすがに投影だがな」


 そう言うと、譲は小道を歩き始めた。

 呆然としていた克己たちは慌てて後をついて行く。


「ここが農村ブロックだ。特に用が無ければ来ることも無いかもしれないが。ここの施設で一番広いのもここだ」

「牛が居るわ! 犬も!」


 騒ぐ麻里奈の後ろでるいざも気持ちよさそうに微笑む。


「風が気持ちいいわ」


 しばらく歩くと中央の農家に到着した。

 そこには恰幅の良い、作業着を着た40くらいの男性が立っていた。


『いらっしゃい。何か用かね?』

「用はない。2階を借りる」

『どうぞどうぞ!』


 オーバーな身振り手振りで動く男性。


「コイツはここの管理人をしているロボットだ」

「ロボット!?」


 驚いて3人がじっと、男性を見る。しかし、本物の人間にしか見えない。


「病院にも医療用ロボットが居たけど、それより人間に近いな」

「プログラムしたのが俺だからな。で、個体登録は1人ずつだ。佐々木からで良いか?」

「……良いけど呼び方はファーストネームで頼む」


 克己は妙な居心地の悪さを感じ、名前で呼んで貰うことにする。


「了解」

「私も『麻里奈』でお願い」

「解った。俺も『譲』で良い。じゃあ、克己からだ」




 家へ入り2階へと上り、右手の部屋に入る。そこはアンティークな、カントリー風の部屋だった。

 ただし、今は床にパネルのような物が置いてある。


「そのままで良いからそこに乗って」

「はいよ」


靴のままパネルに乗ると、四角い枠のような物が上がって、頭までスキャンし、下りた。


「完了だ」

「え、もう終わり?」

「登録だけだからな。メディカルチェックもするともう少し時間がかかるが。それと、能力のチェックは後日行う。それまでは力は使わないようにしろ」

「へーい」


 命令と注意ばかりでそろそろ嫌になってくるなと、克己は口をへの字に曲げた。

 しかし、譲は全く気にせず言った。


「次は、るいざを呼んでくれ」

「OK」

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