4.基地②
「さて、まずは現在地だけど、ここは中央回廊ブロックだ。食堂や会議室、救護室、エレベーターなんかがある。特徴はど真ん中の吹き抜けだね」
そう言って白石は中央の大木を指差した。
克己たちも視線をそちらへ向ける。
「今時珍しいよな。こんなデカい木がよく手に入ったな」
「特殊な育成方法で成長を促進させて育てているのさ。植物が好きなら植物園もあるから、そっちも楽しみにすると良い」
「植物園」
克己とるいざが反応する。
それに満足そうに笑って、白石は歩き始めた。
「ここのテラスが、今は食堂を兼ねている。食堂は24時間体制だから好きな時間に食事が出来る。メニューは一応あるけど、リクエストすれば大抵のものは作って貰えるよ」
遠くで食堂のオバチャンがニコニコしながら手を振っていたので、麻里奈が勢い良く手を振り返しオバチャン達の笑いを誘った。
「この基地はいくつかのブロックが集まって出来ている。ただし、ブロック間の移動は必ずこの中央回廊を経由しないといけない。」
「ふーん。面倒なんだな」
「セキュリティの関係で、譲君が設計を変えさせたって話だよ」
「変えさせたって……」
さらりと言われた言葉に克己が唖然とする。
「譲君は特別待遇だからね、上も言うことを聞かざるを得ない部分があるのさ」
「特別待遇?」
「そ。でなければここの所長兼特殊能力課長になんておさまるわけがないだろ?」
どこか冷たい白石の言葉に、克己と、克己の後ろを歩いていたるいざが怪訝そうな顔をする。
しかし、足を止めて振り向いた白石はニッコリ笑っていた。そして、IDをかざして扉を開く。
「ここはコンピュータールーム。恐らく一番使うことになる場所だよ」
「私たちも使うの?」
麻里奈がキョトンとして聞いた。
「多分ね。専門の技術者が常駐するという話は聞いていないから」
麻里奈の疑問はもっともだ。恐らく実働部隊である麻里奈たちがコンピュータールームのシステムを使えるのだろうか?
首を傾げながら扉をくぐる。
そこは大きな映画館のような広さと正面ディスプレイがあった。まだ配線は剥き出しでシステムは動いているものといないものが半々くらいだ。雛壇状になったコンソールでは、技術者数名がそれぞれ自分の作業を進めている。
「通路が広いんだな」
「こういう所って、狭いイメージしかなかったわ」
「これも譲君のご指定さ。もちろん無駄なスペースと反対されたが、彼が押し切ったのさ」
それは上層部は相当苦労していることだろう。よく知らない彼らに同情しながら、克己は白石に聞いた。
「なんでアイツはそんなに特別待遇されてるんだ?」
すると白石は指で数えながら説明する。
「旧日本軍に彼の父親が居たのが1つ。今回このプロジェクトに最も相応しい能力を持っていると言われているのが1つ。それから、彼のIT方面の能力が突出していることが1つ。……まあ、後は悪い噂も色々事欠かないかな」
「へぇ」
どうやら上司になる人間は一筋縄ではいかない人物らしい。克己は勧誘されたときから感じていたが、改めてそれが裏付けられてしまった。
「それじゃ、次は住居ブロックへ行こう」
住居ブロックは非常に無機質だった。壁は白いパネルらしきものが張り巡らされ、所々に建物が点在している。天井は高いが、照明は煌々と輝き、個人で調節は出来なそうである。
白石がウィンドウを表示し、住居ブロックの地図を示した。
「小さいのが単身用、中くらいのがペア用、大きいのがファミリー用だ。これから実物も見るけど、3階は譲君以外誰も使ってないから遠慮せずに好きな部屋を選ぶと良い」
「ちなみに譲の部屋はどこなの?」
「ここだよ」
入って少し行ったところのファミリー用らしい。
「なら、俺はここにするかな」
「じゃあ私はここにするわ」
「るいざはここでどうだ?」
「そうね。うん。そこにするわ」
「部屋は見なくていいのかい?」
「いいよ。どうせ見ても、どの部屋も大差ないだろうし」
見もせずにアッサリ決めた克己たちに、面食らったように白石は慌てて手続きをする。
ちなみに全員が近い場所にあるファミリー用物件を選んだ。
次はこれまた使用頻度が高いと思われるトレーニングルームだが、白い四角い大きな部屋という、特徴も見所も無い部屋に、場所を案内しただけで終わった。
そして、植物園だ。
通路を曲がった瞬間から、ガラス窓の向こうに見える緑の葉や花々に、白石が説明するよりも早く感嘆の声があがった。
「すげ~!!」
「これは凄いわね!」
「わぁ……!」
今は地上にはほとんど残らない自然物を、こんな地下の軍事基地で見ることになるとは思わなかった。
入口から入ると、そこは2階程の高さの回廊になっており、右手には大きな窓のある部屋が見える。左手にはかなりの広さの植物園が整然とと言うより、自然に近い形で雑多に茂っている。
「右手の部屋は実験室だ。植物に関する実験をする施設が揃っている。柚木さんが専門だと聞いたが、必要なら好きに使ってくれて構わないよ」
「え」
「最先端の物が揃っているはずだ」
「入って見てもいい?」
「どうぞ」
白石に案内されて麻里奈は隣の部屋へと移動する。窓越しにその様子を見ながら、克己はるいざに話し掛けた。
「平気か?」
「……克己が居てくれるからなんとか。ごめん。本当なら、あっちにダイブしたいでしょ?」
と言って、植物園の木々を指差す。
克己は苦笑して、近くまで飛び出してきている葉を愛おしそうに撫でた。
「どうせこれから何度でも来られるだろうし、気にするなよ。それに、さすがに初対面の相手の前で浮かれすぎるのもどーかと思うしな」
パチリと様になるウインクをして、落ち込むるいざを励ます。
「ありがと」
ふわりとるいざが微笑むと、2人はしばらく植物園を眺めていた。
やがて、満足した様子の麻里奈と白石が実験室から出てきた。
「まだ施設はいくつかあるけど、そろそろ夕食の時間になるから、一旦戻ろうか?」
時計を見ると、時刻は既に7時を回っていた。移動に意外と時間を取られたらしい。
先導する白石の後を歩きながら、初の食事にウキウキしている麻里奈、白石を観察している克己、やや硬い表情のるいざが続く。
かなりの巨大基地ながら、全ての行き来に中央回廊を通らざるを得ない事から、初めての場所でも迷子にならなそうなのが救いである。
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