第52話

やがてその男はゆっくりとわたしから顔を離すと、わたしの目を見つめたまま、自分の口元に付いた水を指先で拭った。


そしてその指先で、そっとわたしの乾いた唇に触れる。






呆然としたまま。


わたしはいとも簡単に、その男に水を飲まされた。


あれ程飲まないと、頑く誓ったのに──。





だけどいざ体が水の憂いを知ると、もう我慢出来なくなり、今すぐにもっと水を飲みたくなった。


焦ったように男の脇にあるペットボトルに手を伸ばすと、男はペットボトルを掴めないように伸ばしたわたしの手を握った。





何故?


あなたが、わたしに飲ませたんでしょう?


男の顔を睨む。






男はゆっくり頭を振ると───。


流暢な日本語で、こう言った。








「少しずつ、飲んで。」

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