最後の晩餐

こまっしゃくれた小生意気な女がいう。

「アタシには未来があるけどアンタには無い」と。

請求書の束を座卓に叩きつけて出て行った。律儀に輪ゴムでまとめてあるのがアイツらしい。


二日前に落としたコーヒーから酸っぱい味がした。それでもどうせ俺に未来は無いしと気にせず飲んだ。

仕事を探すにしても五十で職歴無しが二十年と少し。なにも無いことは分かりきっている。


働かなくなったきっかけなんて覚えてない。朝起きたら布団から出たくなかった。そのまま腹が痛え熱があると駄々を捏ねたらアイツが会社に休みの許可をとったんだ。そのままずるずると布団の虫として生きてきた。


アイツは泣くこともせずパートに出て数年前に契約社員に上がった。俺と違ってしっかり者だ。

どこにでもいけるさ。


「俺はもうオマエがいないとここにもいられねえのにな」


どこにもいけなくされた俺は得られなくなった甘い蜜の代わりに残りの時間を砂のように噛んでいく。

さようならをいう相手もなく、必要もなく。


「最後にしまちゃんのラーメンが食いてえなぁ」

ふと同市内の旧友がやってるラーメン屋を思い出す。アイツには金を借りたままだ。二度とくるなと水をかけられたのが最後だ。

「どうせ、最後だしな」

シャワーも浴びず歯も磨かずにそのままつっかけを履いて家を出た。


そこから先のことはなに、なんでもない話さ。なんでもない話のまま九十八歳の大往生で俺の葬儀は行われたってだけの話だよ。

最後の晩餐はドロドロのさつまいもの何かだったけどよ、しまちゃんラーメンを毎日食べてた日々が懐かしい。俺を2号店の店長に置いてくれたしまちゃんに感謝だ。

「捨てる神あれば拾う神ありだな」

元妻が俺を捨ててくれたから仕事を得られた。

どっちも俺にとっちゃ神様だなあ。


葬儀が終わる。

俺の記憶も終わる。

しまちゃんラーメンを走馬灯で食べながら終わる。

さようなら、またな。

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