第5話 踏み出す一歩
地下街を隔てる鉄の大扉が目の前にそびえる。
―――ほんとうに、ついに、来たのか。
タンザは今ここにいるのは現実でないような気がした。ふとした瞬間、家のベッドで目が覚めるのではないかと思うほどに。
その大扉は兵士二人がかりで開かれた。
扉の隙間から放たれた光は、扉の角度に合わせて王と兵士たちを照らしていった。
そしてそこに見えたのは―――。
王に跪く、数十名のエスピリカ一族だった。形は違えど、皆ひか
その美しさにはっと息を呑む者、既に知っていたのか動じない者など、トルマーレの反応は様々だった。
王が先立ち声を上げる。
凛とした声が地下のよどんだ空気を切り裂いた。
「我が名はトルマン。地上・トルマーレの現国王である。先に送った
エスピリカは一度、さらに深く頭を垂れた。中央に坐していた長老のエスピリカが、ゆっくり顔を上げるのに合わせ、他のエスピリカも王へ視線を合わせた。
そのエスピリカは王を見上げると、絞り出したような声で返答した。
「かけまくも、火山神スピネルの御子孫、トルマン陛下。よくぞ、よくぞご足労いただきました。我が名はトパス。エスピリカの現族長にございます」
老人が再度頭を垂れるのに合わせ、エスピリカたちは改めて深々と王へ敬意を示した。
挨拶を終えるとトルマーレ隊は会合の場へと案内され、タンザもそれに続いた。
エスピリカが列をなして迎える大門。そこをくぐる瞬間、時が止まった。
トルマーレを門で迎えるエスピリカの一人―――
懐かしい蒼玉の瞳と、タンザの黒曜石のような瞳。ふたつの光は互いを見つめ、ぶつかり合った瞬間、見えない火花がはじけた。
―――サフィヤ!!
思わず口がそう動いていた。
あれは、紛れもなく
一層美しく成長したあの日の少年が、そこにいた。
大きな瞳はタンザを認めると大
きく瞬き、瞳の中の星が増えた。
トルマーレ王が席につくと、早速会合は始まった。
「既存のとおり、今年に入ってから火山スピネルが異変に見舞われている。こんなことは建国以来である。我らが火山の調査をするも、実のある成果は未だ得られていない」
トルマンは姿勢を正すと、トパスをまっすぐに見据えた。
「エスピリカの族長トパスよ。単刀直入に訊く。これは過去にエスピリカが予言したものか」
「千年前、当時の族長がその予言をしたことは間違いございませぬ。しかし、汗顔の至り、我々にもなぜスピネル火山が噴火するのか、そもそも本当に噴火するのかすら予知できる者がおらず、混乱を極めている所にございまする」
老族長は悲哀に満ちた、シワの目立つ顔をで頭を垂れた。見ているこちらまで胸が痛むほどだった。
「予知できる者がおらぬと申したな。汝らは予知能力や念動力など、個性によって多様な能力を有していると聞くが、今は一族で一人も予知能力を有した者がおらぬということか」
「……はい、仰せの通りにございます。我らエスピリカは、生まれ変わりによって前世の能力を再度授かることができると言い伝えられております。予知能力は我らからしても非常に特別なものにございます。その力を有した者は世代に一人しか生まれて来ず、千年前までは予知能力を有した者が代々族長に選ばれるしきたりでございました。
しかし、千年前の族長を最後に、
「なっ、それは誠か……!」
トルマンの顔に一瞬、焦りと驚きが滲む。が、瞬時に切り替え、彼は別の質問を投げた。
「そうか。では予知とまでは行かずとも、この異変に予測がつく者、力を発揮できる者はおらぬものか。文に記した通り、此度の異変解決でエスピリカが我らの羽翼となった暁には、トルマーレとエスピリカの和平交渉の場を設けると約する」
「非常に心苦しくも、異変についてはいかなる者もとんと見当がつきませぬ。ただ――」
族長は若いエスピリカを指して続けた。
―――サフィヤ…!
「このエスピリカは私の孫、名をサフィヤと申します。予言はできませんが、なかなかの治癒能力を有しております。今後、火山へ調査を行われる際、この者でしたら、微力ながら陛下のお力添えができるかと思います」
サフィヤは一歩前へ出ると、トルマーレ王へ跪き頭を垂れた。
トルマンはサフィヤを見据えたのち、トパスへ向き直った。
「なるほど。この者の治癒能力とは具体的にどんなものか?」
「今から陛下のお目にかけます。さあ―――」
トパスは控えていたエスピリカへ合図をし、そのエスピリカから小刀を受け取った。
するとあろうことか、自らの腕へ突き立てたのである。滴り落ちる紅い血に、兵士たちは息を呑んだ。
「なっ‥‥‥! 何事だ!」
近衛兵が王を庇うように身を乗り出す。
トルマンは眉一つ動かさず、老人の動きを見つめていた。
「サフィヤ、頼むぞ」
「はい」
トパスは血の滴る腕を孫へ差し出した。サフィヤはトパスの傷ついた腕を両手でやさしく包み込み―――
「なんだあれはっ!」
「光っているぞ」
トルマーレから驚嘆の声が上がる。サフィヤの両手が蒼い淡光に包まれたかと思うと、腕の出血は勢いを弱め、やがて滴ることはなくなった。
サフィヤが手を離すと、トパスの腕は少し傷跡が残るだけとなり、完治手前の状態となっていた。
トルマーレから感嘆の声が上がる。ほとんどの者は信じられないといった表情で目を丸くしていた。
タンザはサフィヤの能力に改めて驚くと同時に、敬意の念で胸が満ちていった。
―――サフィヤ、お前たちは本当に―――
「素晴らしい。目の前で起こりながら、信じられない光景だ。やはり、エスピリカの力は神秘に満ちている」
トルマンは混じり気なく彼らの能力を賛美した。その瞳はどこか懐かしいものを見つめるようだった。
「トパス、そしてサフィヤ。汝らには火山の調査の随行を依頼したい。応じることはできるか」
「かけまくも陛下。族長である私めが一番にお力添えいたしたいのはやまやまにございます。しかし、もうこの老いぼれは、明日生きられるかも知れぬほど、長くはありませぬ。サフィヤと、微力ながらも念動力を有する者らをお付けしましょうぞ」
トパスはせき込み、侍従のエスピリカが身体を支えた。
「この老いぼれが……ここまで生きられたのは、今日この日のためであったと自負しておりまする」
「そうか…きみたち――いや汝らは短命な一族であったな。私も今日のこの日を、トルマーレとエスピリカの、新たなる歴史の1ページとしたいと考えている」
「陛下……恐れ多くも、幸甚の限りにございます。エスピリカは、またトルマーレへお仕え申すことを望んでおります。地上で生かしてほしいとは申しません。どうか、どうかまた我らの力をトルマーレのために使役しとうございます」
「……ありがとう。王家とエスピリカ、ともにトルマーレ存続の柱となれるよう、私も力を尽くそう」
トルマンはトパスへ手を差し伸べた。一切の迷いがないその横顔に、タンザは胸に熱いものがこみ上げた。
「エスピリカよ。我らトルマーレに手を貸してほしい」
「神の子、国王陛下。我らは古よりの忠誠をトルマーレへ誓いまする」
千年の隔たりを経て、トルマーレとエスピリカは互いに手を取り合った。
まるで神話に立ち会ったかのような、神聖な光がタンザの心を包んだ。
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