優しい記憶

古杜あこ

01:そっと差し伸べてくれる人

 優しいひとに惚れてしまいます。

 にこっと微笑まれると、期待をしてしまいます。

 話かけられると緊張します。そしてついつい大言壮語を吐いてしまいます。

 いいところをみせたくなっちゃいます。


 で。

 無理した結果笑われます。


 その笑顔もまたたまらないのです。

 正直言うと、笑顔だけじゃなくて、行動全部がかわゆかったのです。


「ちょっとキモイよ、それ」


 彼女も俺のことを少しは気にかけてくれていると思っていました。


「アホだね」


 ああ、そうさ、アホですよ。


 小さいことでも、気になります。

 仲良くなりたくなっちゃいます。

 自然と話かける回数が増えました。


 そうすりゃ期待も高まります。

 そうでしょう?


「ん、ま、そうだけどねー」


 傍にいたくて頑張ります。

 もっともっと知りたくなります。

 照れると髪に触れる癖も、可愛くてたまりません。


「ストーカーかよー」


 そう恋する男は誰でも軽いストーカー。

 愛する人から目が離せなくなってしまう……ちとキモい?


「だからキモいって」


 キモいとか言うな。


「それで、オチは?」


 振られました。

 『彼氏がいる』って、言われました。


「へぇ」


 もうショックで食事も喉を通りません。

 どうしたらいいんでしょうか?


「女々しい子だなぁ、まったくー」


 ずっと笑いながら楽しそうに人の失恋話を聞いているクラスメイトが、がしがし人の心を更に傷つけていくので、もう立ち直れません。


「誰、それ? 誰のこと?」


 もういいです。


「でも、まぁ、とことん落ち込んでみるのも、一つの手、かもよ?」


 何でそんなに楽しそうなんだよ?


「よく言うでしょ『人の…」


 『不幸は蜜の味』?

 まったく酷い女だぜ。

 友人だと見込んで相談したってのに。


「最後まで言わせなさいってばー。でもさ、相談って、何? さっきから愚痴しか聞かされてないけど」


 だからー!俺はどうしたらいいんですかって!


「泣き寝入り? 彼氏から奪う? 食べ物が食べられなくて、餓死?」


 それってアリなの?

 何かやばいんじゃないの?


「確かに餓死はヤバイよね」


 そうじゃなくて、略奪とかって、いいわけ?


「うん?いいんじゃない?当人同士の問題だしね」


 軽っいなー。

 他人事だと思って。


「ヒトゴトだしね。だけどさ、実際、この世は弱肉強食だよ。強いものが勝つんだって。ホントに欲しかったら、自分の牙を使って戦って奪えって」


 ……。

 そういうものなんですか。


「あ、また気持ち悪い口調になったなー」


 いいではないですか。


「キモいってば」


 キモいとか言うな。


「はいはい。キモイキモイ」


 うぐうっ!


「少しは元気になった? ……みたいね。そろそろ帰ろっか」



 俺は単純な男です。

 優しい人に弱いんです。


 そうやってうずくまった体勢のままの俺に、そっと手をさしのべられてしまうと、失恋したばかりだというのに、少し心がときめいてしまいます。




でもちょっと、キモいから、そんなことは心の中だけで。

黙って差し伸べられた手を握り返した。

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