第7話 ケモミミ美女アンが妹弟子になった

困惑する私におじいちゃんが説明をした。

おじいちゃんは以前からこの世界や他の世界にも多くの弟子を持っており、格闘家として指導していること。

アンさんも弟子のひとりで、特に熱心に学びたいということで、別世界から連れてきたこと。

一緒に学ぶ間、この家で暮らすこと。

ふむふむ。なるほどね。

すべてを聞き終わった私は頷いてから言った。


「おじいちゃんは本当に唐突なんだから。でも、まあ、いいわよ。

女の子同士だし話し相手にもなってくれるだろうし」


私の返事にアンさんは立ち上がってぺこりと頭を下げた。


「今日からよろしくお願いします」


黒い狐耳も感情に合わせて垂れているのが可愛らしい。

年上みたいだけど背丈は十五歳の私とあまり変わらない。

胸もそこまで大きい方ではないし、劣等感とか抱かなくて済みそう。

って、何余計なことを考えているんだろう、私は。

私は手を差し出して言った。


「こちらこそよろしくね。アンさん!」

「はいっ!ありがとうございます」


嬉しそうに握手する彼女の眼はキラキラと輝いていて、なんだか眩しい。

女の子同士なのは嬉しいけれど、下手をすると追い越されたらどうしようという不安もある。

仲間でライバルって関係になりそう。

でも、張り合いも出るから頑張れそう。

とりあえず状況は分かったから、安心したらお腹がすいてきちゃった。

私は魔法で愛用のエプロンを出し、アンさんにもエプロンを出してあげる。


「アンさん。良かったら一緒に朝ごはん作ろうよ」

「お心遣いありがとうございます。頑張りますねっ!」


ニコニコと笑うアンさんに私は期待しながらキッチンに一緒に立った。

おじいちゃんはいつの間にかいなくなっている。

全く、食べるだけの人は気楽でいいわよね。

お腹も空いているし、アンさんの歓迎もかねて思いっきり美味しいものを作っちゃおうって……

え……なにこれ。

一緒に作っていたはずの料理だけれど、アンさんの作った分を見て私は何も言えなかった。

作った料理のすべてが真っ黒に焦げていたり生煮えだったり、とてもじゃないけど食べられるものとは思えない。


「ごめんなさい!ごめんなさい!」


本当に申し訳なさそうに涙まで浮かべて謝る彼女に、あべこべに私の方が申し訳なくなった。

彼女はただ一生懸命に作っただけなのだから、それを責めるわけにはいかない。


「アンさんは、もしかしてお料理をするの初めて?」

「はい。いつも神社でお供えされていたものをいただいておりましたから」

「へぇ……」


黒い狐の獣娘であるアンさんは、神社っていう場所の守護神として祀られていたらしい。

いつもお供えされる料理を食べている生活だったから作る必要がなかったそうだ。

それなら、失敗するのも仕方がないかも。

でも、失敗は成功の元っていうし。


「大丈夫!もう一回作ろうよ!」


私の言葉にアンさんは涙を拭って頷いた。

トースターでパンを焼き、この前買った苺ジャムとバターを塗る。

ポットの中にお湯を入れて沸かして、カップの中にコーヒーを淹れる。

メニューを変更して作った本日の朝ごはん。

さっき失敗したメニューは魔法で消しちゃった。

ゴミ箱に捨てるよりはずっといいもの。

向かい合って座って食べる。

アンさんは小さな口であむっとパンにかじりつく。

その姿がとってもかわいくて、思わず笑っちゃった。


「? 何かおかしいことでもしましたか?」

「ううん。あっ、アンさん。ほっぺにジャムがついてるよ」


アンさんのほっぺを指で触ってふき取る。

彼女の頬はマシュマロみたいに柔らかくて気持ちがいいかも。


「ありがとうございます」


目も口も耳もとろけた笑顔でお礼を言うアンさんが小動物みたいで可愛らしい。

アンさんの方が年上のはずなんだけど、私の方がお姉ちゃんっぽく思えてくる。

まだ出会って間もないけど、私は彼女のことが好きになりそう。

ところで、アンさんの声って初めて聴く声じゃない。

絶対にどこかで聞いたことがある。


「もしかして、アンさんって私とブーヒャの戦いを見てた?」

「ええ。元の世界で見ていましたけれど、あなたの危機につい口をはさんでしまって。余計なことをしてしまいましたね……」

「ううん。そんなことないよ。アンさんの言葉があったから私は生きていられるんだよ」

「ありがとうございます」


やっぱり、あの時の声はアンさんだったんだ。

もしかするとあの時から私と彼女が出会うのは運命だったかもしれない、なんて珍しくロマンチックなことを思っちゃった。

おじいちゃんはまたどこかへ出かけてしまったのかもしれないけれど。

誰かと一緒に食べるごはんはやっぱり美味しい!



私とおじいちゃん、アンさんのちょっと変わった生活が始まって一か月になる。

朝食は毎日私とアンさんが作るから、何度も作り続ける間に最初は下手だった彼女の料理もコツをつかんだのか、最初の頃からは見違えるほどに上手になった。食事を食べ終わったらおじいちゃんが私たちの魔法格闘家としてのレッスンをしてくれる。

スクワットを千回、腕立て伏せ千回、攻撃魔法の練習と開発。

どれもメニュー自体はシンプルだけど、内容は凄まじくハード。

大体、普通の女の子にスクワット千回なんてできるわけがないじゃない。

それに無駄に筋肉がついてしまってムキムキになるのも嫌だし。

でも文句を言ったところでおじいちゃんの耳には届かない。

聞いているのか聞こえないのかわからないけれど。

一通りの準備運動(?)が終わったら、いよいよ実戦メニューに入る。

アンさんと向かい合って、お互いがギブアップするまで戦い抜く。

彼女はおじいちゃんの直弟子だけあって、かなり強い。

黒く塗ったネイルが光ってエネルギーを凝縮させた弾丸を打ち出したり、華麗な身のこなしは蝶々みたいで、私の魔法をひらりひらりと躱していく。

時には獣娘らしく黒狐に変身して、超スピードの爪と嚙みつき攻撃で襲ってくる。狐化したアンさんは普段の清楚でおとなしい様子からは想像できないほど獰猛で、怖い。

鋭い爪で引っかかれる度に血が出るほどの重症を負ったりもしたけど、何度も戦っている間に癖などがわかってきて、少しずつ対処ができるようになった。

まだ、トーナメントには誰が参加するかはわからないけれど、誰が参加しても大丈夫なように名のある魔法格闘家の情報は念入りに調べておく。

私は勉強が苦手だから、その担当はアンさんに任せているけれど。

おじいちゃん曰く、戦闘は下準備が欠かせないんだって。

トーナメントまで残り僅か。

私も精一杯頑張って家のために優勝を目指そう!

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