第10話[苛立ちと焦り]

 また同じ夢を見た、それも恐ろしく凶悪な夢···ベトナ山で大怪我を負ってからこれで何度目だろうか?


 荒廃し炎に包まれた帝国マグナ・カルタ、川は血に染まり道はおびただしい肉片で埋めつくされている、人も天使も悪魔も無い


 ボクの意識は3人(?)の白い石像の背中に向けられる、見た記憶があるのだが思い出せない。彼の足元にはリズや生徒たち、アルテア様達やレオンさんや朋友達までもがモノ言わぬ塊になっている。ボクは抑えきれぬ怒りを込めて


「お前がやったのか!」


「ああ、がやったんだ」


 その白い石像の肩を掴んで振り向かせるのだが、いつも顔を見る前に···


「···また······あの夢か」


 外を見ると東の空がうっすらと明るくなっている


「ちょっと···歩くか」


 肉体的に疲れれば眠れるだろうと考え、出かけようとすると邸宅の料理人のハンナとばったり出くわす


「おはようございます旦那様。寝付けなかったんですか?」


「気を遣わせてすみません。ついでにリズを迎えに行って来ますので朝食は温野菜主体の軽めでお願いいたします」


 リズは昨夜、総隊長の仕事として夜間勤務をしていた。リズが隣に居たら少しは落ち着くだろうと考え迎えに行こうとしていたのだ


「旦那様は何をどうしたいのかハッキリ伝えてくれるから使用人一同助かってますよ」


「いや、言わないと伝わらないでしょ?心が読める訳サトリの妖怪じゃあるまいし」


「はっはっはっ、それじゃあ戻る頃合見計らってオニオンスープと芋と温野菜のアヒージョで良いかい?」


「ハンナさんのアヒージョ好きです、お願いいたします」


「ジェイムズにはアタシから、馬車の手配もしないように言っときますから」


「ありがとうございます」


 あまり有名では無いが、帝国マグナ・カルタには[使用人組合ギルド]なるものがある。基本的には子守ナースメイドとか臨時の従者や社交界で見栄を張りたいが為にはべらす綺麗所や家庭教師の短期バイトからジェイムズやハンナみたいに専属長期契約まで貴族や上流階級、大店おおだな に幅広く使われている


 それぞれ雇用における賃金相場があるのだが、ルークの条件は[住み込み可能な少数精鋭]と、いうのでギルドには紹介料の1割増しして使用人には月の給金に金貨1枚上乗せしているし偉そうにもしハラスメントがないのでギルドメンバーもルークの頼みならある程度聞いてくれる様になっていた


「では、迎えに行って来ます」


 ルークは騎士団詰所のあるエルンヴェイカー城に向かう、貴族や上流階級の城下町とはいえが住む場所。登城する途中、食料品を納入する行商人も入ればこれから仕事をする通いの使用人も居るし交代前の巡回をする騎士団員と忙しい


「あれ?ルーク先生」


「アリスちゃん?今日は夜勤だったんだ」


「へへー、長期休暇前のご奉公です」


「アリスちゃんも南都フェニクスだったっけ?」


「はい、リズ姉さんとは同郷です」


「それならついでに南都のオルレアン家に届け物を頼んでも良いかな?」


「先生の頼みなら喜んで」


━━ぞくっ━━


「どうかしたんですか先生?」


(騎士団でも感知能力が鋭いアリスちゃんが気付いてない···だと?)


「先に詰所に行っててくれませんか?リズにはボクが迎えに行くと伝えてくれると助かります」


 ルークはアリス達を見送ると人一人が通れそうな裏路地に走り込む。そのルークの背中を一羽のが通り抜け人間(?)の姿になって道を遮る


『どちらに行かれるんですか?』


 言葉が直に頭に響く···ルークはを知っている


「天使が何の用ですか?」


『今日の私はただのです、貴方が見つけたあの遺跡を誰にも奪われてはなりません』


「まさか···」


、我々はそう名付けました。特に彼等には気をつけてくださいね?4が起こる前に貴方が制圧するのです』


「こんな基本の魔法しか使えないボクにそんな無責任な大それた事を押し付けないでくださいっ!」


13柱は貴方の中に居るのです、つまり貴方とは一蓮托生運命共同体なのです』


 黒い天使はルークの心臓にかけられた封印を指差し


『ほんの僅かではございますが手助けをいたします、お気になさらず···我々も消されたくありませんので』


(勝手な事を言ってくれる···あ、リズちゃん迎えに行かなきゃ)


 騎士団詰所に到着すると既に私服に着替えたリズが待っていてくれていた


「遅くなってすみません」


「先生と一緒に歩けるなら待てます」


 リズはルークの顔をまじまじと見ながら


「また夢ですか?」


「···うん、眠いのに悪いんだけどリズちゃんには言っておくよ。そこのベンチに何が居るか見えるかい?」


 そこには3人がけのベンチがあるだけで誰も居ないが、ルークだけにはベンチ越しに狼頭の額に1本角、背中に翼を生やし獅子の前足に馬の後ろ足の生物が睨んでいるのが見える


「いえ、何も」


「だよねぇ〜。さっきもアリスちゃんに同じ質問をしたんだけどね、彼女も分からなかったんだよ」


「···何か隠し事してます?」


「言っても理解されないとは思ってる。それでも聞く?」


立場かにもよります」


「ボクの中に何かしらの封印がされてるのは知ってるよね?」


「アルテア様やモンド様に聞きました。天使と悪魔が居ると」


「封印は解かれて無いけどボクの意識五感に介入して来るんだ、そしてボクに無茶な要求をしてくる」


「要求?」


「ベトナ山の遺跡をボクが守らなきゃいけないらしい···怖いよ···たかが魔法使いのボクにあんな化け物キマイラの相手なんかできっこないよ···何のために封印したと思ってるんだ」


 リズは初めてルークが弱音を口にしているのを聞いた、ああ、先生も普通の人間だったんだ


「あのさ」


「何でしょう?」


「一日だけ···弱いボクでいて良いかな?」


「何を仰ってるんですか、私はルーク=ローディスの妻リーゼロッテですよ?そうやってちゃんと相談して頼ってくれて嬉しいンです」


「「男のクセに」とか言われると思ってたよ」


「私も「女だてらに」騎士団総長やってますからね、今更男だとか女だとか言ってられませんよ。適材適所で仕事が出来ればそれで良いですし、先生にしか出来ないもあれば先生をだって居るんです」


「リズちゃんが奥さんで良かったよ」


 ルークがリズをとして扱ってくれるのが嬉しくて、つい照れてしまう


「そっ···そういえば···そのベトナ山の件なんですが、異形のゴブリンが防衛用のゴーレムやたまたま出くわした冒険者に退治されたと報告が上がってます」


「それ、ボクが共有して良い案件かな?」


「初めは何かしらの奇形種で群れを追放された個体だと思ってたんですが、先生が封じた結界の隙間から出てきたと昨日報告がありまして」


「アルテア様とレオンさんに言ってる?」


「今朝イチにアルテア様と冒険者ギルドへ報告する様に厳命してます、アルテア様の判断を仰いで皇太子殿下に報告する予定です」


「細かい中身は後で聞くよ、今は帰ってハンナさんの朝メシ食ってひと眠りし一緒に寝よう」


「そ···そうですね(赤面)」


 数時間後、アルテアの研究所ラボではレオンとディアナと冒険者ギルドのギルドマスターが呼ばれていた


任務···」


レオンとディアナお前ら以外に適任者は居らんと思うが?」


「要人警護なら騎士団でも良いだろう?」


の要人警護任務ならな」


「誰なんです、その人は?」


「ルークと一緒にもう一度ベトナ山に行って貰いたい」


「それは冒険者ギルド我々への正式な依頼でよろしいですかな?」


「それもある。実際冒険者ギルドお主らにも今後関わりがあるじゃろう、ゴブリンとの交戦記録も出ておるしの」


「ひとつ···良いですか?」


 ディアナが珍しく会話に割り込む


「護衛対象は増えますが、ルークさんとは別に探知・援護・治療を含めた6人のチーム編成を要求します」


「ふむ···懸命な判断よの」


「それとモンド様の協力を仰ぎたい。転移ゲートのルートはまだ生きてるはずです」


 同日昼過ぎ、ローディス邸執務室


「ジェイムズさん、ただいま戻りました」


「全く···旦那様は堂々として我々を呼び捨てて構いませんのに」


「40数年染み付いたクセはそうそう落ちませんよ」


「そうですな。旦那様宛にファルザード公国とやまとから国際書簡が届いております」


「え?来たんだ!どれどれ···」


 ルークは楽しそうにファルザードセルジュ彦十郎からの手紙に目を通す


「······ふぅ」


「···心中お察しします」


「あー···違う違う、式に参加はしてくれるンだけど。やっぱりベトナ遺跡も絡んでくるかと···ね」


 2つの手紙には結婚式への参加の返事と共ににもベトナ遺跡の探索の申請書が同封されている


「あの2人が選ぶメンバーならそう簡単にやられはしないだろうけどね」


「旦那様」


 ノックの後に家政婦ハウスキーパーのスージーがドア越しに声をかけてくる


「どうぞ」


「ただいま、賢聖アルテア様の御使者がお見えになりました」


 ルークはその言葉を聞くと即座に立ち上がり外出の支度をする


「行かれますので?」


「わざわざ使者を立ててまで来ていただいたって事はそれなりに急ぎの案件でしょう。リズが起きたら行き先を教えといてください」


「かしこまりました、行ってらっしゃいませ」


 数十分後


「お待たせ致しました···これは皆さんお揃いで」


「ルーク、早速ですまんがベトナ遺跡に行ってくれまいか?···なんじゃその嫌そうな顔は」


「確かに嫌ですよ。でも、ここ最近のイライラの原因が分かるかも知れませんから行きます···何ですか、皆して?」


「ルークさんでもイライラする事があるんだなって思うと」


「ボクは聖人君子じゃないですよ、少なくとも喜怒哀楽の感情は持ち合わせてるつもりです。少し皆さんの気分を害してしまいますがご容赦願います」


「あの奇形種キマイラゴブリンなんじゃがな」


「···可能なら生きたままのサンプルが欲しいンですよね?」


 ルークは懐から2通の手紙を取り出す


「ふむ···予想通り動き出したか」


「遺跡を跡形もなく消しされれば問題無いんですがね、アルテア様の魔法なら可能でしょう?」


「イヤミか貴様っ!!」


「とにかく被害を出さない為に今日にでも出立します」


「それなんじゃが、2日だけ待て」


「急ぎの案件でしょう?」


「護衛とサポートをつける、またお主に無茶をされては敵わんからな」


「···先に行きます、場所はご存知なのですから後からゆっくり来てください」


「ルーク!」


 ルークはアルテアの制止もきかず研究所を後にする


「相当機嫌悪かったですな」


「全く困ったヤツじゃ。すまぬが急ぎで人を集めてくれ、ワシはモンドに話をつける」


 屋敷に戻ったルークはステュパリテスを伴い先んじてベトナ遺跡へ向かうと、鉱夫の寮の周辺にゴブリンらしき生物が数匹ウロウロしている


(アレか)


「ステュパリテス、ボクを下ろしたらある程度離れてて欲しい···前にモンド様が繋げてくれたゲート辺りが助かる」


『1人で良いのか?』


「今は1人で良い」


『イライラしてんのは勝手だが、空回りすんなよ?』


 ステュパリテスが力強く羽ばたいてゴブリン達を吹き飛ばしてからルークが飛び降りる


ンでしょう?」


『我は獣王ピスト、己が信条で生きて求めるモノ』


 するとルークの目の前に今まで幻だった有角有翼の獣の姿が実体化すると、槍・弓・爪付きグローブ・足甲の4つに分離しルークの身体に装備される


『我等は1つにして4つ、全にして個。そしてお前ルークの信じ求めるモノの心の海から現れただ』


 ルークに襲いかかる数匹の奇形のゴブリンを槍で突き、薙ぎ払って一定の間合いを作る


「···そういうのは奇形ゴブリンコイツらを退けてからだ」


 ゴブリン達は頭と身体の一部が別の生物と融合されている、蟻や蜘蛛にコウモリ···見た所、洞窟内に生息してる生物と融合している、まるで···


「まるでだな」


 蟻ゴブリンは槍でどうにかなるが数が多い


 蜘蛛ゴブリンは中距離ミドルレンジで糸を出す


 コウモリゴブリンは空中からヒットアンドアウェイで少々ウザい


『ルーク、狼槍リコスから孔雀弓パーヴォに替えよ』


「ボクに弓の経験は無いよ?」


ヤツらゴブリン如きなら射るフリでも我がどうにかする』


「···分かった」


 ルークは身を守る為の基礎的な剣技と杖術しか使えない、正直弓術や格闘など見た事はあっても出来るとは思っていない。先程まで使ってた長さ3メートルもの槍は普段使っているバトン程の長さになり腰にマウントされ、背中にあった翼の装飾が上が青みがかったメタリックグリーンの孔雀色、下がピンクに近いメタリックレッドのリムに変化し6尺180cmの大弓に変化した


はどちらかを上にするかで仕様が変わる一直線に鋭く強い矢を撃ちたいなら赤い紅孔雀、威力は落ちるが確実に当てたいなら緑の本孔雀を上にするんだ』


「弦はどうするんだ?」


『弦と矢はイメージすれば魔力に応じて出る』


 ルークは言われるがままに本孔雀を上にして矢をつがえるポーズを取ると12本もの光の矢がズラリと並ぶ


そうだろうな、そのまま当たれと念じて撃て!』


「飛べ···沈黙の魚鷹サイレント・パンディオン


 弓から放たれた12本の矢は空高く舞い上がり鷹が上空から獲物を狙う様にコウモリゴブリン達を貫き、そのまま地面に落下して行動不能になる


 するとルークは持ち手を替え紅孔雀を上にして数本の矢をつがえ蜘蛛ゴブリンに向ける


「貫け···鋼鉄の甲虫スチール・ビートル


 次に放たれた矢は鮮やかな玉虫色した甲虫カナブンに変化して、まるで甲虫が光に突進するかの様に蜘蛛ゴブリンを貫き、当たらなかった流れ矢は障害物を貫通してから消えた


『ルーク、だけでバテた訳じゃ無いよな?』


「当然です、少なくとも爪と足甲あと2つは試しておきたいですからね」

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