違う世界の一部分
@zirkus
第1話 どこでもないどこかの部屋で。
「お誕生日やってみたいなあ……」
そんな独り言を言う少女に、広間で思い思いに過ごしていた全員が作業の手を止め、会話の口を閉ざして視線を移した。
全員の視線を集めた少女は、長い黒髪を大きなリボンでポニーテールに結い上げ、華奢な身体をサイズの合っていない大きめのスーツで包んでいた。
「……あ! あうぅ……」
注目されて初めて、思っていたことをつい口に出してしまっていたということに気づいた少女は、顔を真っ赤にしてうつむいた。
「誕生日なんざ、やってみたいって言ってやるもんじゃねえだろ」
呆れた口調でそう言うのは、六本の腕と大きさの違う五つの瞳を持つ科学者風の男だった。
「誕生日ってあれでしょ? 命が生まれた日のことでしょ? それのなにをやってみたいの?」
続いて口を開いたのは黒い角、翼、尻尾を生やしたわかりやすい『悪魔』の姿をした少女だった。
その表情や仕草は無邪気なもので、悪魔らしさなど微塵も感じさせなかった。
「あうぅ……それは……」
そんな二人にどう返せばいいのか言葉に詰まる少女の頭に、もふもふした手が乗せられた。
「ほら、生まれてから季節が一巡りするとさ、なんかお祝いするじゃん。そういうのをやってみたいってことなんじゃないの? ね?」
もふりもふりと少女の頭を撫でながら、ウサギのような耳やキツネのような尻尾など、様々な動物の特徴を全身に持つ女性がフォローを入れた。
「なるほど、つまり生まれてから一年間生き延びたことに対する報酬というわけか」
「いやいや、製造年月日を忘れないために祝い事という良いイメージで記憶をつなぐことが目的であろう。血肉の生き物の『記憶』は操作しなくても消えてしまうものだからな」
そう口々に話すのは、金属製の体に軍服をまとった女性と、空中に浮かぶいくつもの重なり合うパネルに投影されたホログラムの男性だ。
「ふん、誕生日なんて命の消耗が始まる日のことだろ? それのなにを祝うって言うんだよ」
次につまらなさそうに口を開いたのは、人の形をしはているものの、常に体のどこかが流動している不定形な存在だった。
「確かに、死ぬまでのカウントダウンが始まる日だもんね。全然おめでとうじゃないねー」
そんなことをケラケラ笑って言うのは、清らかな巫女服に身を包み、帽子のように大きな壺をかぶっている女性だ。
「みんなストップストップ、しおりさんが困っているからいったん落ち着こう?」
話題がずれ始めたのをやんわりと修正したのは、頭にいくつもの花を咲かせ手足から細かい枝葉を伸ばした女性だった。
髪のように生えている葉っぱをさわさわと揺らしながら、いまだにうつむいたままの少女に歩み寄る。
そして、いまだにもふもふの手で撫でられている少女の頭に、草花の手を置いて撫で始めた。
すると、しおりと呼ばれた少女は勢いよく顔を上げて、
「んも~! 私のお誕生日のお話はもういいの! それよりもお仕事の時間になるんだから、みんな準備をしてください!」
と、怒鳴り声をあげた。
これには全員が沈黙して、顔を見合わせたり改めてしおりに視線を向けたりした。
そして、誰ともなく口を開いた。
「しおりちゃん、怒ってもかわいいな」
「わかる」
「膨らませたほっぺたがフワフワプニプニでかわいいね」
「わかる!」
「怒っているけどちょっとウルウルして泣きそうになっているのもかわいい」
「わかる!!」
「しおりちゃんは怒っていなくても、普段からかわいいよ」
『わかるっ!!』
「私がかわいいとかそんなことはどうでもいいの!」
好き勝手なことを言って盛り上がる面々にぴしゃりと言い放ち、しおりは勢いよく席を立った。
「もう先に行っちゃうからね! 本当の本当に怒っているんだからね!」
一気にまくしたてて、勢いそのままに部屋を出て行き、
「まったくもう! 皆はもう! 本当にもう! 私がこんなに怒っているのにかわいいかわいいって! もっといっぱい怒っちゃえばよかった!」
飾りも汚れもなにもない真っ白い通路を文句を言いながら歩いていく。
そんなしおりを見て、苦笑したりため息をついたり冷めた目で睨んだり……様々な反応をしながら何人もの人がすれ違っていった。
それは、しおりが我に返り冷静さを取り戻すには充分な反応だった。
「……あうぅ……」
恥ずかしさで真っ赤になった頬をぺちぺちと両手で叩き、深呼吸を一回、二回。
「ん、よし! お仕事がんばろう!」
気持ちを切り替えて再び歩き出す……が、いくらも進まないうちに今度は青ざめた表情で立ち止まってしまった。
(わ、わたわた私、一人で来ちゃった)
慌てた様子できょろきょろと辺りを見回すが、通り過ぎていく人々はみんな二人組で歩いており、誘える人は見当たらなかった。
広間に戻ることも考えたが、あれだけ怒って出てきた手前、今さら一緒に仕事をしようなどと言えるはずもない。
「んー、んぅー、んむー」
「しおり様」
どうしたものかと頭を抱えるしおりを呼ぶ声がするが、しおりは気づくことなくうんうんとうなり続けていた。
「しおり様! しおり様!」
「え? あ、レーゼさん!?」
「ああ、よかったあ。何度お呼びしても返事がないので心配しましたよ」
ようやく呼びかけに応えたしおりに、レーゼと呼ばれた女性は安堵の笑みを浮かべた。
雪のように白い肌をゆったりとした服装で包み、腰までのびる長い銀髪が動きに合わせてサラサラと揺れていた。
ただ、その姿はうっすらと透けており、レーゼ越しに向こうの景色が見えるほどだ。
「しおり様本当に大丈夫ですか? 頭を抱えていましたけど、頭が悪いとかですか?」
「あー、うん……特に頭痛とかはないけど、言い方は気を付けてね?」
「も、申し訳ございません! 私ったらまた失礼な言い方を……!」
慣れた様子で指摘するしおりに、レーゼはすごい速さで何度も頭を下げ始めた。
「そんなに謝らなくてもいいよー! お仕事中は気をつけてくれればいいから!」
そこまで言って、しおりは何かを閃いたような顔をした。
「そうだ! レーゼさん、今日はこのまま私と組んでお仕事をしましょう!」
「え? よろしいのですか?」
「もちろんです! まだ今日のパートナーが決まっていなければ、のお話ですけどね?」
にこやかに言うしおりにレーゼもにこやかな笑顔を返し、
「それは問題ございません! 先ほどまでぐっすり寝過ごしておりましたので、本日はパートナー不在でお仕事ができないと思っていたところでしたから!」
「あうぅ……寝坊で遅刻したことを反省してほしいかな……」
「あ! そ、そうですよね……笑顔で言うことではありませんよね……もちろん反省しております……」
しおりのツッコミに肩を落とすレーゼ。その姿は透けているどころか完全に消えそうなくらい薄くなっていた。
「……ですが!」
だが、すぐにはっきりと姿を現して勢いよくしおりに詰め寄った。
「しおり様! ご安心ください! お仕事はちゃんとがんばりますから!」
「あ、う、うん、えっと、がんばろうね」
至近距離で見つめられ、しおりは顔を真っ赤にしながらもなんとか言葉を返した。
長いこと一緒に仕事をしているが、いまだにちょっとしたことでうろたえてしまうのだ。
(さっきもそうだったなあ……)
広間でのやり取りを思いかえして小さくため息をつく。みんなに悪気がないのはわかっているし、よくあることなのだが、それでも毎回うまく返すことができずにいた。
(……って、ダメダメ! これからお仕事なんだから!)
首を振って沈んだ気持ちを振り払う。
そして、元気よく言った。
「よし! それじゃあ、どこかの誰かに『生き先』を選んでもらいに行きましょう!」
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