第1話 負け知らずの勇者と、弟子(4)

 イストが勇者になりたてで、まだ王都にいた頃、第一回魔王討伐作戦が実施された。イストはこの作戦に参加しなかったが、当時のことはよく覚えている。

 勇者三名による特攻隊が結成され、多大なる資金を投入し、装備、魔道具、また偵察や支援のための人員も惜しみなく使われた。

 誰もが、勝利を願う戦いだった。

 

 ──結果は、惨敗だった。

 

 勇者達は、魔王に手も足も出す事が出来なかった。

 多くの資源を使ったこの作戦は、徒労に終わった。

 

 この結果に、民衆は納得しなかった。

 民衆は、すべての責任を勇者に負わせ、叱責した。

 死んでも死なない勇者は、民衆にとって壊れないサンドバッグだった。


 結果的に、その勇者達は追われるように街を去っていった。


 ──俺が勇者として働かなくなったのは、大体その頃からだ。

 俺は、今まで負けた事がなかったから、負けた時どうなるかを知らなかった。

 俺は今でも、負けを恐れている。


 ──

 

「ただいま。」

 

 家に帰ると、俺はノノを呼んだ。


「ノノ。いるか?」

「……」


 ……返事がない。


「おーい、ノノ! いるか!」


 大きな声で呼ぶと、家の中からドタドタと大きな音を立ててノノが走ってきた。


「は、はい! ノノです! 起きてます!」


 髪はボサボサで、服も乱れてる。


「……お前、寝てたな?」

「い、いえ、そんなはずないじゃないですか! イスト様ったら、まったく!」

「涎垂れてるぞ。」

「ふぇ? い、いや、これは……」


 ノノは袖で口元を拭く。


「そ、そんなことより、イスト様! 教会はどうでしたか?」


 こいつ、露骨に話を逸らしやがったな。

 まあいいや。仕事してたのなら、それ以上は求めない。


「ああ。それなんだが、教会に行ったら──」


 俺は、今日の出来事を説明した。


「じゃあ、そのお弟子さんは、今もスライムに剣を振ってるってことですか?」

「そうなるな。」

「ちょっと、可哀想じゃないですか!」


 ノノはそう言う。

 直情的なノノなら、こう言うとは思っていたが。

 

「仕方ないだろうがよ、無謀なことして死なれるより何倍もマシだろ!」

「そうなんですが! やっぱり、可哀想です!」

「じゃあどうしろってんだよ。」

「せめて様子でも見に行ってあげたらどうですか?」


 様子見か。

 確かに、まともな師匠なら監督とかするんだろうな。


「やだよ。めんどくさい。」

「めんどくさいってなんですか! どうせイスト様は何にもしないんですから、ちょっとくらい見てあげてもいいと思います!」

「やんねえったらやらねえんだよ。それに、俺はあいつを見たくないんだよ。」

「見たくないって、どうしてですか。もしひどい理由だったら私怒っちゃいますよ!」


 ぷんすかしているノノを前に、俺は気持ちを吐露する。


「あいつは、なんか、思い出すんだよ。昔の自分を。まあ俺はあんなに純粋じゃなかったし、あそこまで勇者に憧れてたわけでも無かった。けど、俺はあいつを見てると、怖いものがなかった頃を思い出す。」

「だから、見たくないんですか?」

「誰だって、黒歴史は思い出したくないだろ。」


 俺がそう言うと、ノノは珍しく神妙な顔で、俺の目を見る。


「けど、あの頃のイスト様はカッコよかったです。何にも恐れる事なく、勇猛果敢に挑む姿は。イスト様こそ勇者にふさわしいと、そう心から思いました。」

「……」

「イスト様は、どうしてこうなってしまったんですか?」

「……ノノ、夕食の準備はできてるか? そろそろ太陽が傾いてきただろ。」

「そうやって、話を逸らさないでください!」

「お前もさっき話を逸らしてただろうがよ!」


 ノノが声を大きくするから、つられて俺も声が大きくなる。


「イスト様は、なにをそんなに恐れているんですか! イスト様は、誰よりも強くて、負け知らずで……!」

「負け知らず、だからこそだろうが!」


 そう呼ばれるたびに、俺はその重みを感じていた。

 今はもう、負け知らずと褒められる事は無くなった。


「そう呼ばれなくなったが、楽なんだよ。」

「そう、ですか……。ですが、ノノは信じています。」


 期待されればされるほど、俺は心を締め付けられる。

 それが嫌だから、最初から期待されないように、今こうしているっていうのに。

 気分を変えないと。


「……ノノ、食事をとる。」

「っ! しょ、食事……。もう、ですか?」

「? どうしたんだ? そろそろ日没だぞ。準備は出来てるだろ?」

「ああ、そうですね、そうなんですが、その……」


 ノノは視線をあちこちに散りばめ、指を合わせて、慌て始めた。


「ノノ、お前、まさか用意できてないな……?」

「そ、そんなわけないじゃないですか! そんなに寝てませんって! ただ、ちょっと準備に時間かかるかもしれないので、少し待っててください!」


 やっぱり寝てたのかよ!

 

「お前な!」

「ひぃ!許してください!」


 涙目で許しを乞うノノ。

 まあ、怒ったところで食事が出るわけじゃない。

 

 俺は調理を促そうと声をかけようとした。


「しょうがない。今すぐ取り掛かって──」


 その時だった。

 

 窓から刺す激しい閃光。


 ──!

 

 遠くから、大きな破壊音。

 直後、爆風が窓を揺らす。


「……西門の方だ。」


 音から、位置を特定する。


「……これは、門の外だな。それにしてもかなり大規模な魔法だな。普通の人ができるとは思えない。」

 

「イスト様、西門って言いましたか?」

「ああ。」


 ノノは、俺に訊ねる。


「西門って、今お弟子さんがスライムと戦ってらっしゃる場所ですよね……?」

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