1話.2
凛と軍部入隊を決めてから2週間。この2週間は人生で1番短い時間だったように思う。まあ、普段退屈でしかなかった学校の時間中に考える楽しみが出来たのだから当然と言えば当然かな。
今は凛と一緒に首都中心部の街「カイラル・フラルド」に電磁走行車で向かってるところだ。これから軍部に自分が入るなんて、2週間たっても実感は持てないままだし、大丈夫かと少し内心心配。
「鏡?何ぼーっとしてるのさ。」
「あ、ごめん。少し考え事。」
凛の言葉で我に返り、横を向く。すると、凛もいつも通りニヤニヤしながら見つめ返してくる。
例え実感が持てなくても、今からこいつと「軍部入隊」という人生最大の決断をしに行くんだ、しっかりしないと。
「ふーん考え事かぁ。鏡でも緊張するのかな~?。」
「でもまあ、それは一旦置いといて、ようやく見えたよ。ほら、首都中心部だ。」
言われて、ふと窓の方を見る。そこには、今まで見たこともないような美しい装飾が施された道路や噴水、およそ人の家とは思えない大きさの豪邸など、初めて見る光景が広がっていた。
「これが首都か…すっごい…」
この光景、それだけでもう昨日までの退屈な日々との決別を実感できたような気がした。それほどまでに美しかったんだ、この街は。
「いやー、首都中心部なんて軍家の集まりだからね〜。僕たち一般人は普段来にくいよね~」
凛の言う通り、私たち一般人は首都までは来れたとしても、ここ中心部はイマイチ居心地が悪くて行きにくい。というのも、ここに住んでるのは皆、100年前ずっと続いてた戦争で武功を多くあげた家の末裔、いわゆる「軍家」の人しか住んでないからだ。
「わかる、軍家の人ってなんか…自分たちが貴族なんだーって感じに偉ぶって来るんだもん。」
「僕たちはこれからそんな人たちの巣窟に行く訳ですから?なれようね〜鏡。お互いに。」
「まあそうは言っても、ここに住むレベルの軍家は僕たちみたいな一般募集と同じ寮部屋には来ないと思うけどね~、多分。」
「首都の軍家とは同じ部屋にならない」、その可能性は実はかなり高い。「軍家」と1括りに私たちは言うけど、実際は武功の大きさ、先祖の軍での立ち位置などで住む場所はもちろん変わってくる。その中でも、ここ首都中心部に住んでるような連中は最高級の中でもさらにトップクラス。そんな人達が、いくら全募集共通で全寮制だとしても、一般募集と同じ部屋に入るとは考えられない。
「でも、例えここの軍家と同じ部屋になったとしても、挫けず居続ける。それが約束でしょ?凛。」
「…そうだね~、さすがは凛ちゃんのお嫁さんだ。」
「凛はここで1回挫けとく?」
「あっはははははっ。冗談だって、その様子じゃだいじょぶそうだ。」
そんなこんなしているうちに目的地に着いた。窓から見てわかってはいたけど、生で見る迫力はやっぱりどこか違うものがあって、窓から見た以上の感動が、胸に込み上げてくる。
「凛見てアレ凄い!!すっごいおっきな噴水だよ!!どうやって動いてるんだろあれ。」
「おぉ~、ここまでテンションの高い鏡は久しぶりというか、初めて見るかも。」
「まあさすがの凛ちゃんでも、噴水の原理はわかんないな〜。電磁走行車もどうやって動いてるかわかんないし。」
そう言われて、凛にも話していないもう一つの軍部入隊理由を思い出す。
『軍部は、僕たち一般人が知らない秘密を持ってる。そして軍家出身の人は多分…それを知ってる』
入隊を決めた日、凛が言った言葉。これを聞いて以来、思うんだ。今まで学校で習ってきたこと…いや、私や凛でも説明出来なかった物事の全てが、軍部に入れば分かるんじゃないかって。そしてそれは、私の退屈を大きく壊してくれるんじゃないかって。
そう思うようになってから、私の軍部入隊の目的は「退屈な生活から抜け出すこと」、「自分の知らない世界を知ること」の2つに変わった。凛も自分が軍部に入りたい理由を「鏡と同じさ〜」と言うばかりで、はぐらかして全然答えないし。これくらいの秘密はいいと思う。
「それじゃあ行こう、凛。軍部本部に。」
「はいはい。僕はいつでも鏡について行きますよ~。」
◇
同刻
「今年は一般募集が多いね~、僕の人望かな?さすがは僕だね。」
白のツインテールをなびかせながら、回転式の椅子を窓の方に回転させて、首都を見つめる制服に身を包んだ少女が1人。
態度や発言からも読み取れるが、なによりその胸に光る「隊長」の2文字。この少女は、軍部の隊の隊長の1人、つまり、かなり大物である。
「明里あかりのバカ。上の連中が教育統制だの情報統制だのやりだして100年経つらしいし。何も知らない連中が退屈しのぎにどんどん来てるから増えてるのよ。」
そんな少女を咎める少女が部屋にまた1人。黒のツインテールをなびかせ、白髪の少女を後ろから抱き抱え、顎を白髪の頭に乗せながら、同じように首都を見つめている。そしてその胸には、「副隊長」の文字が刻まれていた。
「退屈〜?そんな理由で軍に入りたがるのかい?全く、最近の一般人は物好きだね。」
怪訝そうにしながら、顔を上にあげ、黒髪の少女を見つめる。その仕草は、まるで妹のようであった。
「バカ、さっきも言ったけど、一般人は何が軍で起きてるか知らないのよ。…まあ、これも上の狙いなのかもね。募集の度に一般枠の人が増えてる気がするし。」
これもまた、妹を咎める姉のように、黒髪の少女は綺麗な白髪を撫でながら答える。
「でも紫暗しおん、言い訳じゃないけど、僕は2つ前の募集以前はマクギリスにいたんだよ?だからフラルドの軍部のことはそんなに知らないし、わかんないよ。」
2回も「バカ」と言われたのが気に食わなかったのか、白髪の少女はやや食い気味に答える。それに対して、黒髪の少女は頭を撫でることで返答とした。
この2人こそが、後に鏡と凛の上司かつ師匠となる、隊長、「白河明里しらかわあかり 」と同じく副隊長、「黒岩紫暗くろいわしおん」であった。
◇
(ひまだなぁ…)
入隊式の時間よりもだいぶ早く本部に着いてしまった私と凛は、首都での感動から一転、とても暇な時間を過ごしていた。というのも、本部に入ってすぐは、内装の繊細さや美しさに心をうたれたんだ。だけど、探検しようと凛と別の部屋の扉に手をかけたら、軍部の人にこの部屋以外は立ち入り禁止だといわれてしまった。そのせいで、やることがなくなってしまった私たちは、ここで座りながらぼーっとするしかなかったのである。
「凛、暇だね。」
退屈さが限界に達して凛に話題を振る。すると、凛は少しニヤニヤしながら後ろを向いて言った。
「そうだね~。でもさ鏡、後ろ見てみな、ちょっと面白いよ。なんか、よく見てみると軍家って感じの人、少なくない?」
凛の向いている後ろを見てみる。確かに、イメージに合うようなザ、軍家のような雰囲気を纏った人が少ないように感じる。むしろ、私たちのような何も知らない一般人って感じの人が多い。
「予想、外れたね。」
「世の中鏡みたいな変人がここまで多いと思ってなかったよ〜。一般人で強制力のない軍募集に普通応募するかな~?」
それは本当に凛の言う通りだ。実際、私も自分がだいぶ変で大胆な決断をしたことは割と自覚している。だから、まさかこんなに自分と同じ考えの人が多いとは思ってもいなかった。
「…もしかして、本気で軍が形骸化してるって思ってる連中なのかな、凛。」
「ありそうだね〜。なんか腕っ節だけに自信ありそうなバカがちらほらいるし。」
正直、考えられる可能性はこれしかなかった。学校では別に軍に入るよう促されたことなんてないし、そんな思想教育を受けた覚えもない。だとしたら、ここ数年で急速に広がった噂である「軍の形骸化」。これによって腕試し感覚で来る連中が増えたと考えるのが自然だ。
「まあいいじゃん、軍家が少ないなら、スタートラインが同じ連中が多いってことなんだから。」
「そうだね~。なんか拍子抜けだな~。」
そんな感じで凛と話して暇を潰していると、ついに入隊式、その開始の時が近づいてくる。
「そろそろ始まるね。」
「いよいよか〜。どんな人が出てくるんだろうね~。」
開始時間ぴったりになったと思った瞬間、けたたましくラッパが鳴り響いた。それと同時に、さっき凛と入ろうとした部屋の扉が開き、そこから続々と制服姿の人達が入場してくる。先頭がロン毛で長身な男、その後に白のツインテ、そんな感じで列は続いていき、ざっと20人くらいが入隊者の前に整列した。
「入隊式だし、もっと軍人が来ると思ってたけど、少ない。」
「うん。でも一人一人のオーラがすごい、多分全員大物じゃないかな~。」
凛の言う通り、後ろ姿でも分かるくらい、全員ただならぬ雰囲気を纏っている。
そこから少しラッパの演奏が続いてから、白のツインテが壇上に上がってこっちを向いた。その時、急に入隊者から歓声があがる。まだホール中に鳴り響いているラッパの音よりもうるさくて、思わず耳を塞いでしまった。
「えーっと!マイクテス…はいいや。多分知ってる人の方が多いと思うけど、今回進行役を務めます、白河明里だよ~。よろしくねっ!」
言葉を言い終わると、歓声が再び上がる。この人気、そして彼女の発言から思うに、多分軍家は独自のコミュニティを持っていて、よく知られてる人気の人などがいるのだろう。
「ねえ凛、あの人こんな人気で有名ってことは、軍家のコミュニティの中でも相当いい家の出身なのかな。」
そう言うと凛は、今まで見た事ないくらい驚きに顔を染め、口をパクパクさせてしばらくこっちを見てくる。それから少しして、何かを決めたように恐る恐る尋ねてきた。
「え、もしかして鏡、明里ちゃん知らないの?」
「は?逆に知ってるの?」
その瞬間、鳩が豆鉄砲食らったような顔をして、少し後ろに仰け反り、この世のものとは思えないものを見る目で見てくる凛。そんなにヤバいのかな?
「鏡…そういうのに興味はないとは知ってたけど、明里ちゃんと言えば、僕たちフラルド国民のアイドル、軍部のスターじゃん。なんで知らないんだよぉ?」
軍部のスターでアイドル。平行線のように思えるこのふたつの称号を同時に持つってどういうことなんだろう。本当に何も知らない私は、そんな疑問を持つことしか出来なかった。
「数年前から軍部の運営で時々ライブするようになって、その可愛さと歌のうまさですっごい人気になったじゃん。」
「軍部の形骸化が噂されるようになった理由の一つなんだけど〜。ほんとに知らないの?鏡。」
そこまで言われても知らないものは知らない。言い訳だが、私自身凛が言った通りアイドルに興味無いし、軍部入隊で学校が辞めれるって知るまでは軍部にも興味がなかったから、しょうがないと思う。
(でもさっき全然的外れな推測しちゃった…。恥ずかし。)
「じゃあ最初に式の流れを説明するよ。まず、僕が軍部について色々話す。その後は、しばらく寮の部屋を決めるから各自別室待機だね。」
私と凛が話している間に、白河明里は明るい雰囲気で淡々と式を進行していく。可愛くて人気があるのはいいことだとは思うけど、彼女が喋る度に歓声が起こるからうるさくてかなわない。
「じゃあまずプログラム1番。僕からの軍部についての説明ね。」
そう言い終わると、さっきまでのアイドルの雰囲気から一転、白河明里の周りの空気が、重いプレッシャーを放つような重圧に包まれた。その空気に気圧されて、先程まで歓声を上げていた連中も、もう騒ぐことはなかった。
「えーでは皆、まずはここまでの人数が集まってくれてありがとね。礼を言うよ。」
「ただし、ここから先の話を聞いたらもう逃げられない。逃げたかったら、相応の覚悟と犠牲が必要になるかな。」
「だから、僕の最後の優しさで忠告〜。それが嫌なやつは今だったら逃げても構わない、この僕が許そう。」
口調は変わらないままだったが、言葉一つ一つの重みは、さっきのものと全く違うものだった。生まれてこの方、人から放たれる「圧」そのものを感じるのはこれが初めてだと思う。
それからしばらくして、その言葉に恐れを成したのか、予想外に軍部がしっかりしていて怖かったのか、一般枠からは結構な数の人が外に出ていく。一方で、軍家のやつらは微動だにもしていなかったけど。
「やっぱり、一般は軍を舐めてきた連中が多かったみたいだね、凛。」
「そうだね~。どうする?僕たちも帰る?」
いつもと違う、少しぎこちないニヤけ面を向けて、凛が尋ねて来る。ここまで来て、私が退屈を壊す道具を手放すわけないって、分かってる癖に。
「帰るわけないでしょ。凛のバカ。」
「…おっけ~。僕はいつでも鏡と一緒だよ。」
◇
(へぇ〜結構残るな、意外と。)
壇上で入隊者の動きを見ながら、白河明里はそんなことを考えていた。紫暗に「一般人は何も知らない」と言われて明里は、ここで7割の一般枠が帰ると踏んでいたからである。
(実際に帰ったのは4割くらいか…。結構やる奴が多いのかも、それかやっぱり僕の人望と人気の賜物じゃない?)
そう思いながら、明里は目の前に整列している紫喑をドヤ顔で見つめる。それに対して紫暗は案の定睨み返し、式を進めるよう促した。
(紫暗~ちょっとくらい構ってくれてもいいじゃん。)
(…にしても、先頭の2人。あの青髪とウルフちゃん、僕がそこそこ圧かけてるのに話せる余裕があるんだね。結構やるぅ。)
この時、知らない間に隊長格という超大物に目をつけられていることを、まだ2人は知らない。そしてこれが、2人の軍部での生活にも、大きく左右していくのである。
◇
「…ここで残ったやつは、ここから帰らない覚悟を持ったと見なそう。それじゃあ改めて、僕からの軍部の説明だ。」
出ていく素振りのあるものがあらかた居なくなったのを見て、白河明里が再び話し始めた。軍部のことという、最も知りたかったことがここで知れる。その事実に早くも心が踊っている自分がいた。
(軍部は何を隠してるんだろ。国の極秘技術?貿易の情報戦?)
「まず始めに、前置きとして一つ。」
「大前提として、世界は平和じゃない。」
(………………え?)
この発言で、1度は静まり返っていたホールが再びざわめき出す。今度は一般人だけじゃなく、軍家の方からも大きなどよめきが上がった。
私も色々覚悟はしてきたが、さすがに言われたことに頭が追いつかず、思わず凛の方をみる。そこには、苦笑いで同じようにこっちを向く凛の顔があった。
「もしかして…僕たちとんでもないとこに来ちゃったかなぁ、鏡。」
私はその言葉に何も返せなかった。おそらく軍家ですら知らなかったこの事実。こんな大きな秘密を受け止め切る余裕はさすがになかったんだ。
「はいはーい、静粛にー。なんだい君たち、僕があんなに忠告してやったのに、この程度でそんなビビるのかい?」
「君たちよく考えて見なよ。100年前までずっと続いてきた戦いが、条約1つで簡単に終わるわけないじゃん。馬鹿なの?」
起こったざわめきに、不快そうに目を細めながら、白河明里は語気を少し荒らげて言った。その一言で、ざわめきは収まり、私達2人も、前を見るしか無い。
「あの条約の後、実際変わったのは戦い方だけだよ。」
「それまではどこも国総出で戦争に望んでたのが、軍だけによる、秘匿の戦争になったのさ。」
「要するに、各国がいかに『戦争をしていることがバレないように戦う』。そんな時代に移った、それだけ。」
淡々と話されていく衝撃の事実に、皆黙って聞いてるしか無かった。凛もいつものニヤニヤは鳴りを潜め、ただ白河明里の方を向いている。私も、何も考えずに耳を傾けるので精一杯だった。
「まあ、そんなわけで~君たちの本当の仕事は。」
「何も知らない一般人にバレないように、各国と戦うことだよ。」
瞬間、場が静寂に包まれる。衝撃の数々に動揺する人々の息遣い、震え、それだけがホールに響いた。
そんな中で誰も話そうとしなかったのは、言い切った白河明里の放つ「覚悟してきたんだろ?」と言わんばかりの圧が、それを許さなかったからだ。
「それじゃあ軍部の話はここまでにして、各自あのドアの向こうに部屋が幾つかあるから、寮部屋が決まるまで別室待機~。」
そう言いながら、白河明里はドアを指さして壇上から降りる。そして、制服の列に加わり、共に退場して行った。しかし彼らが退場したあとも、その場にいた誰もドアに向かって歩き出すことが出来なかった。
「ねぇ…鏡?」
立ちすくんでいると、横から凛が話しかけてくる。私が今まで聞いたことないような、震え声で。
「2人なら、大丈夫。そうだよね?鏡。」
珍しく不安に顔を歪ませて、凛はそう尋ねてくる。かく言う私も凛と同じ気持ちだ。例え戦うことになっても、こいつとなら、2人でなら、なんとかなる。そう信じたい気持ちでいっぱいだった。
それに…あの退屈な日々よりは、戦いの激動のがマシだとも少し思う。
「大丈夫だよ、凛。多分入隊してすぐは戦わせないと思う。人員の無駄だから。」
「それは軍が訓練させてくれるってこと?」
私の言葉で、少しだけ凛の不安の色が和らいだように見えた。今まで凛が私に毎日してくれていたように、少しでも不安を消せたなら良かった。
「うん、多分。だから強くなろう、2人で。」
「…しょうがないな~鏡は。凛ちゃんが居ないとよわよわだしねぇ~。」
「退屈から抜け出す」それを目標に、軍部に入った鏡と凛。そんな2人の戦いの日々の幕開けを、入隊式閉式のラッパが盛大に告げていた
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