裏の世界の過ごし方

G@in(あっとげいん)

1話.1 訪れた変化と決めていた覚悟と

目が覚める、「いつも通り」が動き出す。そんな毎日を平穏と思うか、退屈と思うかは人によって異なると思う。かく言う私、佐倉鏡は退屈としか思えないし、そのせいで色々なものが色あせて面白くないと感じてしまう。


(眠いなぁ、今日も学校行くだけかぁ…)


通学路を歩きながら、学校への足取りを重く感じる。というのも、私の国フラルド・チューズでは100年前の平和条約以来、軍事的にも教育の観点でもなんの変化も訪れていない。つまり、止まったままなんだ。だから学校の授業はこの100年間何も変わっていなくて、ずっと退屈なカリキュラムのまま。内容も簡単で、私なら直ぐにこなせるレベル。


(簡単なことの繰り返し、そんなの退屈に決まってんじゃん。)


昔っから思ってた。どうしてやればすぐできることをこんなに繰り返しやらされるんだろって。それが、私が学校が嫌いな大きな理由だった。



そんなことを思っていると、毎朝通学路でパトロールしている軍部のお姉さんを見かける。あの人が、毎日同じ場所、同じ時間にいるから毎日に変化がないのを実感してしまう部分も少しだけあるんだ。だから、私はこの人が少し嫌い。


「鏡ちゃんじゃないの。今日も学校?学生は毎日大変だねぇ。」


「あ、軍部のお姉さん。そうですねー、退屈ですけどまあ、行かなくちゃいけないんで。」


作り笑顔で、昨日と同じことを同じように答える。毎日変わらず訪れるこの瞬間が、本当に退屈で嫌いだ。


「頑張れよ~。」


そう言って、お姉さんは反対の方へ歩いて行った。こんな風に軍部の人間が街中をパトロールしているのは、実は珍しい事じゃない。平和となった今、軍部は街の治安維持機関的な存在となって親しみやすくなった。まあ、裏を返すと軍部も国内以外暇だってことだと思う。軍部が形骸化してきてるって噂、本当なのかも。


(今日も学校行って、いつも通り同じ授業受けて同じ人と話して同じように帰って過ごすだけ。)


「ループみたいだなぁ…」


「なーにが?」


「うぇ!?」


突然後ろから抱きつかれて咄嗟に振り返る。そこにはいつもの、「してやったり」とでも言いたそうなニヤケ面を浮かべた私の幼なじみ、「柳田凛」がいた。


「あっはははははっ。そんな驚くかなぁ、僕いつもこの時間に来るじゃん。」


背中から離れて私の隣に移動しながら、凛は笑ってそう言う。こいつの「いつも通り」は存在しないと思うくらい、毎日別の時間に来るくせによく言うよ。


「凛のバカ、いきなり抱きつくな。あと口に出してた?さっき言ったこと。」


「ん〜、バッチリ?」


「は?どこから?」


まあ凛に聞かれて困ることは別に無いんだけど、こんな街中で愚痴の独り言なんてさすがに恥ずかしい。


「えーっと~『凛ちゃん大好き結婚して。』のとこからかな?」


「え!?嘘!?そんなこと言った!?」


言った瞬間、ハッとする。普通に考えて、こんなことひとりで言わない。でも気づいた時にはもう遅くて、イタズラを成功させた凜がいつも以上にニヤニヤしていた。


「あっはははははっ、またひっかかった~。ほんとに面白いなぁ~鏡は、頭いいくせに抜けてて。」


凛にはこんな感じで、いっつもやられてばっかで正直ちょっと悔しい。いつかはやり返して、びっくりした凜を見てみたいと思うけど、長年の付き合いから分かる、無理だ。


「はいはい好き好き。で?ほんとは?」


「ん~でも真面目に言うと退屈だとかは言ってたよ。いっつも言ってるよねぇ〜。そんなに嫌かなぁ?凛ちゃんがいるんだよ?」


さっきのニヤケ面から一転して、少し寂しそうな顔をしながら凛はそう言った。別に凛のことは大好きだし、さっきの感じから分かる通りこいつといて退屈することなんてない。でもそれ以外は変化や面白いことがない、動かない。そんな毎日なんだからいやでも退屈になっちゃうんだ。


「凛は…面白いし可愛いけど…なんかもっと違う、わくわくするのが足りないんだよね。だから退屈。」


「おお~学校で才女とか高嶺の花とか言われてる子とは思えない発言だね。」


凛の言う通り、私は一応学校では秀才で可憐で大人しい子として見られてるらしい。そのせいで女子は崇拝?してるのか敬語だし、男子は理想を押し付けてくるだけで面白くない人ばっか。実際は面倒くさい学校にそんなに体力を使いたくないのと、単純に面白くないから感情の起伏が少ないだけなのに。


「実際こんな事言うのは幼なじみで腐れ縁の凛だけだよ。他の子はなんか私のこと見た目とかだけで決めて崇めてくるし、よくわかんない。」


「それはつまり、『私の理解者は凛ちゃんだけ、私にはあなたしかいない好き好き結婚して』って事?」


「殴るよ?」



「あっはははははっ。じょーだんじょーだん。でもまあ…その綺麗な青髪のサラサラロングヘアーに加えてその顔、オマケに頭までいいし。他の子が崇めるのも分からなくもないなぁ~。」


「…そう、ありがと。」


そう言われて一瞬気分が高揚する。私は凛に褒められるのは嫌いではない、というか好きなんだ。こいつは色々アホだけど顔はいいし、実は頭もムカつくことに私よりいいから。

ただ…


「まあ、凛ちゃんのが可愛いし頭いいんですけどねぇ?」


「やっぱり殴るね。」


「あっはははははっ。嘘嘘、嘘だって。僕はそんなナルシストじゃないよ~」


後ろに大体これを付けるから、褒められても素直に喜べない。もうちょっと素直な物言いが出来ればもっと可愛いと思うのに、本人には言わないけど。



そんな風に歩いているといつも通り学校に着いてしまう。凛と私はクラスが別だからここで別れなくちゃいけない。私にとって凛との時間だけが、毎日で唯一面白いと思える、そんな時間なんだ。だから、いつもこの時になると、凛と話してちょっとは薄れていた倦怠感が倍以上になって心に溜まっていってしまう。


(毎日分かってるんだけど…やっぱり退屈、嫌。)


そう思うと、自然と凛の袖を掴んでいる。毎日同じ、いつも通りのこと。


「鏡は毎日こんなんになるくせに学校来てて偉いねぇ、凛ちゃんのこと大好きか~?」


そしてこれも毎日同じセリフ。凛は茶化しながらも、ここだけは割と真面目に私の学校への黒い感情を薄めようとしてくれる。こんなふざけた言葉でほんとに心が軽くなるんだから、本当にこいつは凄い。


「ん、ありがと。じゃあ私こっちだから。」


「じゃあまた帰りでね、僕はいつでも待ってますよ~。」


凛と別れて教室に向かう。着くまでに色んな女の子に、何故か礼されながら挨拶されるのを適当にいなしながら歩いていると、あっという間に来たくもない教室に着いてしまった。


(ここでまた授業受けて、帰って寝たら1日が終わる。変わんないなぁ。)


つくづく思う。どうして戦争なんてしないのに他の部分に力を入れようとしないのか。もう少し授業が難しくなったら学校も面白いだろうに。私も凛も授業が全部分かるから退屈だし、凛に至っては最前列で爆睡しているらしい。


(凛はテスト1位を盾にして色々振り切ってて羨ましいなぁ。私はイメージがあるから寝られないんだけど。)


そうこうしていると先生が教室に入ってくる。当たり前だけど、いつも通りに授業を始めるんだろう。この瞬間も、私に変化のなさを実感させてくる嫌いな時間の一つだ。


「えー、今日は皆さんに本当に大切なお知らせがあります。」


(?いつもと違う…)


技術すらも100年前から何も進化していないこの世界で、知らせるようなことなんて滅多にないから、大切なお知らせなんて人生初めてだ。ずっと同じことの繰り返しでそんなこと無かったのに。


「今年、軍部は男女問わず18歳以上の全ての人に対して、10年振りの人員募集を出しました。軍部に入りたい人は学校から卒業認定を受け、軍部に入ることができます。退学扱いにはならないので安心してください。」


(軍部…?軍部ってあの?)


その言葉で朝のお姉さんを思い出す。あの人を見てる限り、軍部に入ったところで大きな変化が訪れるとは思えない。でも、それとは裏腹に私の心臓は大きく跳ねることを抑えられない。


「入隊希望者は、二週間後に電磁走行車に乗って、首都中心にある軍部本部で入隊式に参加してください。」


そう言って、先生は授業に戻った。軍部に入る、これは私にとってかなり大きな変化だとは思う。でも、それよりも先生がその後に言った言葉の方が、私の心を大きく揺さぶったままだった。


(学校を...辞められる…?)



そこから学校では何も聞かずにあっという間に1日が過ぎていった。「学校を辞められる」、これは私にとって人生に初めて訪れた大きな変化の兆しだったからだ。いつも通りが終わる、そう思うとたとえ今の軍部が退屈だったとしても、入る価値があるように思えた。それほどまでに私は嫌だったんだ。普通が、変化のない人生が。


(凛は…どうするんだろう)


「校門でぼーっとしてどしたのさ、いつもは僕が来るとすぐ気づく癖に。」


「あ、凛…。ごめん気づかなかった。帰ろ。」


「…うん、帰ろっか。あと僕今日買い物したい気分なんだけど一緒に行かない?」


「え、珍し。行くのいつも休みじゃん、帰りなんていつも『僕眠いから帰る~』しか言わないのに。」


ときどき休日に一緒に出かけたりすることはあるけど、平日は二人とも学校を耐えて疲れてるからいつも直帰している。だからこの誘いは初めてと言っていいほど珍しかった。


「まあ僕にも色々あるんだよ〜。」


「はいはい。で?どこ行くの?」


若干誤魔化された気もするが、別に凛と過ごすのは本当に楽しいし断る理由もない。ただ、この時の凛の顔はどこか少し陰りがあるように見えた、少しだけど。


「えっとね~、いつも行ってるとこ一緒だから、たまには隣のショッピングモールかな~。」


「ほんとに珍しいね今日。どしたのさ。」


「…まあいいじゃん細かいことはさ〜。じゃあ行こうよ早速。」


そこからの凛はどこか変だった。いつものおちゃらけぶりにもキレがないし、時々一緒に買い物に行く時よりもテンションが低い。何年も一緒に居ると落ち込んだ凛も見てきたけど、ここまでなのは本当に初めてだ。私は困惑しながらもそれを隠して、凛を心配しながら過ごすしかなかった。私が凛と一緒にいて素で居られないこと自体今までなかったことだったし、私にとって割と辛い時間になってたと思う。


「やっぱり鏡との買い物は楽しいね~、あっははははは…。」


(やっぱり笑う時最後に語尾が上がってないな、こいつ。)


こういう時は大体、というか絶対嘘笑いの時だ。いつもの凛の考えは本当に読みにくいけど、心が乱れてる時は1番分かりやすい。いつも何か私に隠してるか、悩んでるかのどっちかって決まってる。


「ねぇ、凛?」


「ん~?どしたのさそんな真剣に。」


「何隠してるの?私でも分かるんだけど?」


一瞬凛の表情が固まると、すぐに後ろを向いてショッピングモール特有のガラス張りの柵まで歩いていく。私は何も分からず後ろをついて行くことしか出来ない。柵の手前まで来て、凛は止まった。


「凛…?」


「…鏡もさ、学校で軍部の人員募集のこと聞いたよね。あれさ…行くの?」


凛から切り出されると思っていなかった私は思わず面食らう。この買い物が終わったら凛に軍部の件を聞こうと思ってたのに、どうやら最初からこの買い物の目的はこれだったらしい。


「…学校から遠い方のショッピングモールに来たのは、他の人にこれを聞かれないため?」


「お~さすが鏡だね〜。正解だよ~。」


口ぶりは軽いけど、今こっちからは見えてない顔は多分、真剣だ。


「で…行くの?」


「…行く、学校面白くないし、ここに居続けても人生が楽しくないってずっと言ってきたから。」


「…鏡なら分かってると思うけど、この募集に強制性は無いよ。だから来るのはごく少数の一般人と、100年前から…いや、もっと前からの軍家の出身だけだ。」


今まで聞いたことがないくらい冷たく、真剣な声でそう言うと、凛はこっちを向いた。その顔もまた、見たことないくらい真剣だった。


「それに、僕は今日ずっと思ってたけど、男女問わないってのもなんか怪しい。仮に戦う手段がフィジカルによるものなら、どう頑張っても女の子は不利なんだもん。」


「だからおそらく、軍部は僕たち一般人が知らない秘密を持ってる。そして軍家出身の人は多分…それを知ってる。」


「それでも行くの?…鏡。」


凛が、問いかけてくる。少し震えた声でわかる、本気の問いだ。心配なのか、覚悟を知りたいのか、どっちかは分からないけど、目の前の親友は私を試している、そう感じるものだった。


(でもね凛、私の答えは1個だけだよ。)


「行く、これは変わらないよ…凛。」


「…鏡、僕は君が本当に自分が出来る程度の簡単なことと、代わり映えのない日々の連続に飽き飽きしてるのも、幼なじみとして分かってる。」


「でもね鏡。だから分からない。君は頭がいいから分かるだろ?これは茨の道だよ。平和の世のせいで軍が形骸化してると言われてるけど、本当のことはわかんないし。」


「親友として…はっきり言う。これは退屈しのぎじゃ済まないよ、鏡。」


表情を変えず、凛は淡々とそう言う。多分凛の言う通り、この先は退屈しのぎとか、好奇心で行っていい生半可な道じゃない。

それでも私はこの退屈な舗道を歩き続けるくらいなら、茨の道に飛び込んで出会ってみたいんだ、大きな変化に。


「私は行く。凛、私はずっと簡単なことと、退屈に囲まれて生きてきた。」


「だから出来ないと歯を食いしばるほど難しいこと、絶え間ない激動に囲まれた中で、知りたいんだ。苦労の楽しさ、友達と頑張れる嬉しさを。」


言い終えたところで、凛の表情が一瞬驚きに変わったように見えた。が、すぐその顔は、いつものニヤニヤ顔に染まっていった。


「そっかそっか〜。いやー良かったー、鏡がちゃんと理解してて。」


「え?どういうこと?」


「ん~、どうせ入りたがると思ってたから、ちょっと確認しただけ~。」


「まあ、ちゃんと分かってる事だし。よし!凛ちゃんのお嫁さんとして!!僕と一緒に軍部に入ることを許そ~う。」


「え!?凛、一緒に来てくれるの?」


そう言うと凛は目を少し細めて、わざとらしくぶっきらぼうに言った。


「だーかーらー、元々一緒に入るつもりだったけど、途中で鏡が折れて僕一人になったら嫌だから確認したの。」


「え?それって…テンションが低かったのも、笑いに元気がなさそうだったのも、全部嘘だったって事!?」


今までの付き合いから、本当に落ち込んでいるとしか思えなかった私は、本気で驚いて凛に聞いた。すると凛は、いっそう顔をニヤニヤさせながら言った。


「僕の迫真の演技はどうだったかな〜?慣れてないから途中で結構笑いそうになっちゃったけど。」


「道中わざと仕草とか変えたら、分かりやすく心配してくるし、鏡は優しすぎて面白いね~。」


朝もそうだったけど、つくづくこいつには勝てない。頭もいいしこんな感じで機転も効くし。まさか元々凛の手の平の上で品定めされてたなんて、本当に分からなかった。真剣に心配されてると勘違いして真剣に返して損した気分。


(それはそうと…)


「結婚してない。凛のバカ、勝手に決めるな。」


「ありゃりゃ気づいてたの。このままノータッチだったら『凛ちゃん着いてきてくれてありがとう好き好き結婚して』って言ったことにしようとしてたのに~。」


「殴るね」


「あっはははははっ。じょーだんだよ。」


そう言うと一転、凛は再びあの真剣な顔に戻った。私もその表情から空気を察して、凛の次の言葉を待つ。


「…念の為最後にもう1回だけ。本当に大丈夫?さっき僕が言った軍のこと、これは冗談じゃないよ?」


(心配性だなぁ、凛は。)


「変わらず、だいじょぶだよ。」


凛が来てくれるなら、一層揺らぐはずがない。退屈な日常が終わり、親友と共に未知に飛び込めるのだ。これほどいい話はないんじゃないかと思う。


「…そっか!それでこそ凛ちゃんのお嫁さんだよ~」


「やっぱ殴るね。」


「あっはははははっ。」


やっぱりこいつは、自由で、アホで、何考えてるかわかんない。でも凛となら、これから行く未知を、今までの退屈を吹き飛ばせる最高の娯楽に変えられるって、そう思えるんだ。


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