ハッシュタグ付きインタビュー

やきなおし

第1話

────それでは、インタビューを始める前に、今回取材をお受けいただきありがとうございます。





「いえいえ、私も困惑しているので。現状を知ってもらいたいというか……私もこの機会をありがたく思っています」






────数々の名書、怪書を産み出す正体不明の覆面レーベル「トドノベル」。その渦中にいらっしゃるのがトドオカ氏ですが、端的に、今の心境は?






「ううん……一言では難しいですね。ずっと戸惑いと申し訳無さみたいなものはありました。周囲の人に私を題材とした小説を書いてもらって、最初は気恥ずかしさとか素直な嬉しさとかが強かったですが……」






────奇妙なことに、そのムーブメントはトドオカ氏が呼びかけたものではなかったわけですね。






「そうなんです。始まりは……よく覚えていませんけども。ある一人のフォロワー……SNS上で繋がった知人が、トドノベルと称した小説をそのSNS上にアップロードしたんです」






────それはトドオカ氏をモチーフとしたものだった。ですが、それはトドオカ氏の人望ゆえのものだったのでは?






「ええ、自分で認めてしまうとおかしな話ですが……純粋に、交流のひとつだと思っていましたよ。追随して次々とフォロワーたちが小説を投稿し始めたのも、その時はそこまで深刻に捉えていませんでした」






────結果として、トドノベルはSNS上で急速に注目を集めトレンド化。わずか半年で黎明期に投稿された数作が書籍化し、一年後にはその筆者の何人かが商業作家としてデビューしました。この時には、どのように感じておられましたか?






「いや、大事になったなとは思っていましたけど。自分はきっかけにすぎず、たまたま才能ある人たちが潮流に乗って日の目を見たんだと思っていましたよ。だって正直、私の認知や掌握が及ばないような規模まで一瞬で膨れ上がったんですから」






────というと?






「いや、私は単に読んだ漫画雑誌の感想とか、貰い物の書籍の感想とかを呟いているだけの大きくもないアカウントです。最初こそメディアの皆さんに取り上げていただきましたけど、特に劇的な影響力とかコンテンツ力があるわけでもないですし。そうなると主な理由って、単に当人たちの才能と一過性のトレンド以外思いつかないんですよね」






────なるほど。しかし、この流れには次第に、そういう偶発的な要素では説明できないものが生まれてきますよね。






「……」






────『百々陵組長血風譚』作者の瓶鋸氏が4作目の発表から程なく亡くなった。『もし極道の組長がドラッグで世間を回しはじめたら』の矢木氏は2作目刊行直前。麻婆口腔氏『もんどう』に至っては発表の数時間後。いずれも原因不明の奇妙な死を遂げています。






「その話はやめていただけますか」





────極めつけは『バーリ・トード』の二兎狩氏。投稿から15分後からは荒唐無稽な発言をネット上で繰り返し、遺書を残して1時間後には自殺。死者の意思はわかりませんが、明らかに異常な行動です。死の直前に小説を投稿するなど……





「やめてください言うてるやないですか!」







【トドオカ氏が絶叫。取り乱した様子で20分程度インタビューを中断】





────申し訳ございませんでした。配慮に欠けていました。





「……いえ、この取材は私自身の強い希望でもあるもので、当然、先程の話題が出るのもわかっていたこと……大丈夫です。続きを」





────ありがとうございます。率直に、この怪死事件についてお聞かせ願えますか。





「……おかしいんですけどね、最初から分かってたんですよ。瓶鋸さんから『ごめんなさい』と一言だけDMに謝罪が届いて、以降連絡が取れなくなった時から。これは単なる個人の発狂とかじゃなくて、……上手く言えませんが、何か異常なことが起きてるって」





────それは……。





麻婆口腔まぼこくさんが身に覚えのない私からの恐喝の被害を公然とSNS上で告発した時も、矢木くんから十数件にわたる数千文字の憎悪を表現するメッセージが届いた時も。この時ばかりは逆で、私は『私のせいなんだ』と思いましたよ。なんの心当たりもない、直感的な自責です」





────トドオカ氏は、本当に何もしていない。それは間違いありませんか?





「……それは、もう、わからないんです。本当に何もしていないと、自分では思っていますが……確信は、もうありません。物的にも私は何もしていない、その材料が揃っているのに……これだけのことが起こる、説明が、自分の中でつかないんです」






────しかし、それだけの異常事態が起こりながら、トドノベルは止まらなかった。






「仰るとおりです。それどころか、加速するように勢いは増していきました。私と直接繋がっていたわけではないフォロワーの方がムーブメントを担うようになって、その方の小説は読んでいないのに、訃報だけが飛び込んでくる。さかし、止めようが私にはありません」





────当然、多分に思うところがあったわけですね。





「ええ。この機会は私にとって、説明責任を果たす場……告解のような、自戒のような、そういう心持ちです。ここで話さなければ意味がなかった。私にとっても、亡くなられた旧友にとっても……」





────トドオカ氏には当人にしかわからない苦悩があったとお察しします。改めて、この場でトドノベルに関するすべてについて、どんなことでもかまいません。話されたいことがあれば、是非お願いします。





「はい、……まず、私はトドノベルを止める力をもはや持ちません。それは止められたうちに止めなかった自分への罰だと思っています。そして、さまざまな理由でトドノベルを書く人たちを止めるべきなのかとも思います」





「これだけの事件が起きながら、それぞれの気持ちを持ってこの潮流に飛び込む人たち。はじまりの理念とは違っていても、その選択を、もはや形骸化した主催の私が左右していいものか。ただ自分が気味悪いという理由だけで」





「しかし、やはり私自身の気持ちを口にすると、私は私の名前を冠した催しで、不気味に人が死んでいくことには忌避感があります。それだけは揺るがない。私がこの異常なコンテストに何かの残滓を遺せるとしたら、きっとこの呪いのような言葉だけでしょう」





────ありがとうございました。以上でインタビューは終了となります。





「……ありがとうございました」





────……どうされましたか?





「あと一言。大事なことを忘れていました」





────ああ、申し訳ありません。では、お願いします。











「#█████」











【インタビュー終了】


インタビュアー:【個人情報保護の観点から匿名化済み】。2021年醜影社入社。以降はレポーター、ライターとして活動。2024年に退社、海馬社よりノンフィクション系ミステリ『海獣面の肖像』を敢行。2024年没。

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