なぞの爪痕
「よし。このくらいでいいか」
結構たくさんタネを植えたぞ。
僕が育てているのは、イス、机、それからくみ上げポンプもろもろだ。
一気にたくさん育ててもなんかあれだし、今日はこの辺でいいだろう。
小屋の中にクワと、タネの入った巾着袋を直す。
…そういえば、井戸の様子はどうなった?
そろそろ完成してるかな。いやそんなまさかな。
フルールの石集めの様子も見に行きたいが…どこに行くか聞くの忘れてた。
「おーい、ハーツ!」
小屋のカゲからひょっこり顔を出す、と。
「あ、マシロさん!」
「井戸、完成しましたよっ!」
太陽のような笑みを浮かべるフルール、と、土だらけのハーツ。
…え、マジ?
もう終わった?完成した!?
いやいやそんなバカな…!
ははは、とから笑いしながら井戸の中をのぞく。
水がたまっていて、中に石も敷き詰められていて…って。
―僕、学んだ。天使族と人間を一緒にしちゃいけない。
僕とティスが一緒にやったとき、ティスが天使族だったから早く終わったのであって。
ティスが僕と同じただの人間だったら、きっと井戸なんて完成してなかっただろうなぁ…。
異世界人、恐るべし。
「あとは、バケツが必要ですねっ」
「そうだな。マシロさん、どうしますか?」
「ふっふっふ…その質問を待っていた!!」
バケツだなんて、もう古い古い!
「僕はもう、くみあげポンプをつくっているのだよ!」
腕を組んで、自慢げにそう言う。
と、フルールとハーツは一度顔を見合わせたあと、二人そろってちょこんと首をかしげた。
あ…あれ?
「くみあげ…ぽんぷ?ってなんですか?」
「聞いたこともないな、そんなもの」
マ、マジか…。
この世界にはくみあげポンプってのがないのか!?
僕は必死で説明した。くみあげポンプは、水をくみあげる道具だということ。バケツなんかより、何倍もラクチンな道具だということ。
ようやっと理解してくれたのか、二人とも「なるほど」と言ってくれた。
「つまり、バケツよりも何倍もラクチンなんですね…?」
「そうそう、そうゆうこと!」
「なるほど!いつか、我が里にも取り入れたいものですね」
まあ僕は放置してるだけだし、いつでもあげれるんだけどね…。
「でもまあ、助かったよ、井戸づくり!今日はもう休んでくれ」
ぽんぽんと二人の肩を叩く。が、今の身長じゃ少し足りない…。
「え、もうお休みをいただいていいんですかっ!?」
「え!?」
フルールの発言に、思わずそんな声が出る。
ハーツも言った。
「お、俺ら、まだ働けますよ!なにか仕事を…」
「いや、ちょ、ちょっと待て。なんでそうなる!!」
いやほんと、なんでそうなるんだよ!
休みって大事だろ!?
「だ、だってっ…」
フルールは説明してくれた。
団長は、どうやら休みというものたまにしか与えなかったらしい。
でも休みって大事だぞ?
僕なんか、前世は社畜で休みが尊きもので美しきもので…。
僕は団長みたいなスパルタとは違うからな。うんうん。
二人に、僕みたいな休みのない人生は送らせたくない。
「いいからいいから!お前らは井戸づくり頑張ってくれたし、僕は団長みたいにスパルタじゃないし…。ほれ、休め休めー!」
「で、ですがっ!」
「問答無用!!」
「は、はあ…」
ぐいぐいと二人の背中を押して、団長のいるところに追いやった。
ふう。二人には、仕事というものを忘れさせてやりたいな…。
前世の自分と重ねてしまう…気が、する。
いつのまにか浮かんでいた額の汗をぬぐい、もう一度井戸の中を見た。
水が飲めるのも、あと少しだな!
井戸を見つめながら、僕はにやにや笑った。
♢♢♢
「ん?」
小屋に戻ると、ドアになにかひっかいたようなあとが残っていた。
なんだ?こりゃ。
こんなのついてたっけ…。
ゆっくりと近づき、よくよく見て見る。
鋭い爪のあとが、何個も残されている。
なんの爪痕だろう…。
思わず恐ろしいものを想像してしまい、ゾクッとした。
いやいやいや。ないない。
…いや、そもそもいつの間に爪痕をつけられたんだ!?
団長と話してるとき?それとも、フルールたちと一緒にいたときか?
でも…気づきそうだけどな。こんな鋭い爪を持つケモノなんて。
再び、じーっと爪痕に見入る。
と。
「…マシロさん、背中になんかくっついてますけど」
「え?」
団長の声に、僕は立ち上がる。
「くっついてる?なにが?」
「よくわかんないんですけど…もこもこした、動物?みたいなやつです」
もこもこした動物?
それって、ウサギとか、そういうやつかな。
ちょっと気になって、団長にお願いした。
「団長~、とって!」
「…仕方ないですね」
やれやれ、という感じで、団長が近づく。
そして、僕の背中にくっついているなにかを剥がしとった。
くるりと振り返り、団長を見る。
「で?どんなやつ―」
「いたっ」
団長が短く悲鳴を上げた。
僕は何度か瞬きをしたあと、団長が抑えている左手を凝視する。
指の間から、ぽたぽた血がたれている。
な、何事!?
何が起こった!
「だ、大丈夫か?痛くないのか?」
オロオロしながら聞くと、団長は顔色一つ変えずに言った。
「このくらいの傷、大したことありません。…あと、くっついてたの、アイツです」
団長が血の流れる手でむこうを指さす。
指さす方向に首を向ける、と。
「…え、なに、アライグマ?」
茶色と灰色が混じった毛並。長い、五本ぴったりある指。
…日本でもアライグマを見たことはあるけど…耳のカタチがちょっと違うな、コイツ。耳がパンダみたいにまんまるで、しかもでかい。
いわゆる、アライグマもどきってやつか。
それにしても、イヤな顔してんな!!すげえ悪い顔して笑ってる!!
♢♢♢
一歩アライグマもどきに近づくと、アライグマもどきは敵意を感じたのか急に走り出した。
「ちょ、ちょっと待て!」
なんかアイツ腹立つから捕まえたいっ!
っていうめちゃくちゃな理由で、僕はアライグマもどきを追い回した。
逃げ足がはやすぎて、捕まえるのには五分とちょっとかかった。
「つ、捕まえた…」
腕の中におさまったアライグマもどき抱きかかえながら、団長の近くに行く。
「くっついてたのってコイツか?」
「はい」
団長がうなずく。
と、急にアライグマもどきがジタバタ暴れ出した。
「いつまで俺様を抱いている!さっさと離せっ!」
急に誰かがしゃべる。
お、俺様?
ちらりと団長を見ると、団長はブンブンと首を横に振った。団長じゃ、ないな。
「おい!聞いてるかこのバーカ!さっさと離せって言ってるんだよ」
明らかに、腕の中から聞こえた。
え?まさか。
コイツ、しゃべるんですけど―!
力が緩んだ瞬間、アライグマもどきが腕から逃げ出す。
地面に着地したかと思うと、こちらを見て見るからに意地悪そうな顔をした。
「ケッケッケ!ちょっとイタズラしようと思って歩いてたら、まさかこーんなに天使族がいるとはな。…一人は人間っぽいが」
アライグマもどきは二本足で立ち上がる。
イタズラって……あ、もしかして。
「…もしかしてお前がドアに爪痕残したのか?」
すると、アライグマもどきはケッケッケと笑った。
「そうに決まってんだろー!爪とぎだよ、つーめーとーぎ」
なんか言い方にカチンときた。コイツうぜぇ!
「まーずいぶんと過ごしやすそうな場所じゃないか。こんなの前にはなかったが、俺様、ここ気に入ったぜ!」
アライグマが話すということすら知らなくて今呆けているのに、ここを気に入ったと?
それは、つまり…。
「俺様もここに住むことにした!光栄に思うがいいっ」
「いやちょっと待て!」
全力阻止。
話を進めるのが早いわ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます