筋肉痛にヒールを続けて早数年、筋力とヒールスキルがカンストしていました

鬼柳シン

第1話 筋肉はすべてを解決する

「カイエン、お前をこのパーティーから追放する」


 ギルドにて、俺の所属するパーティー【鉄の拳】のリーダーのエルレスがそう告げた。


 最近、【鉄の拳】のメンバーが軒並み中級冒険者の入口とも呼ばれるBランクへ昇格したばかりで、戦いも激しさを増していた。

 今もその依頼から返ってきたばかりの事に、疲れながらも驚きを顔に映す。


 だが、青天の霹靂のようには感じなかった。なんとなく、俺には心当たりがあったのだ。


「……俺がヒーラーとして実力不足だからか?」


 言うと、エルレスは呆れた様子で「そうだ」と返す。まるで分っているならとっとと出て行ってくれと言わんばかりの顔だ。


「俺たちはもう駆け出しパーティーじゃないんだ。お前は結成当初からの仲だからパーティーに入れていたが、それももう限界なんだよ。ハッキリ言うと、未だにCランクのヒーラーは足手まといだ。俺たちが戦う魔物から負うダメージの方が、お前のヒールより多いんだよ」


 このパーティーは、俺を除いて全員Bランクへの昇格試験を突破しいる。


 剣士ならギルドの試験官を相手に戦い、魔術師なら詠唱の速さや攻撃魔法の威力によって昇格の有無が決まる。


 俺の場合はヒーラーなので、どれだけ傷を癒せるかが壁として立ちふさがるのだが、いくら挑戦してもCランクから昇格できなかった。


 Cランクのヒーラーに出来る事と言ったら、ちょっとした傷や疲労を回復する程度。他にも解毒などもできるが、たかが知れている。


 実力不足なのは、俺が一番よくわかっている。言い返そうにも言葉が見つからずにいると、他のメンバーが口々に不満をぶつけてきた。


「テメェの回復が雑魚いから、クソ不味いポーションを飲まねぇと前衛やってられねぇんだよ!」


 剣士の一人がそう言えば、魔術師も溜息交じりに口にする。


「私は後衛なので回復のお世話にはなっていませんが、いったいどれだけ専門外の私に回復用のポーションを作らせる気ですか? 本当なら、魔力回復のポーションを作りたいのに、あなたのせいで傷を癒すポーションばかり作らせれているんですよ?」


 回復が専門外の魔術師にまで、こう言われてしまう始末だ。


 他にも、「そもそもポーションを作る薬草だってタダじゃない」だとか「役に立っていないのに報酬金だけは貰っていくのは恥ずかしくないのか」とか、散々言われた。


 確かに、俺の回復魔法は効果が低いことはわかっている。しかし、それでも一つだけどうしても言いたいことがあった。


「お、俺は昔から剣聖に憧れてたんだ! だから、今からでも剣士にジョブチェンジして……」


 そう言うと、今までは呆れていた様子のメンバーたちに怒りが見える。

 剣士に関しては胸倉を掴んで怒鳴ってきた。


「あぁ!? テメェこんなひょろい体で自分に剣士の才能がねぇって自覚がないのか!? 馬鹿じゃねぇのか! 剣士舐めるんじゃねぇよ!! 図々しいにも程があらぁ!」


 俺の体は背こそ高いが、剣を振るう腕に大した筋肉はない。冒険者を志した時こそは木剣を振るっていたが、すぐに腕が痛くなり止めてしまっていた。


 そんな俺が剣聖になりたいなどと言ったからか、剣士の怒りはとんでもない物だった。


「テメェみたいな奴が前に出てなんになるんだ!? 剣で攻撃受けたら、一発で手放しちまうのが関の山だろうが!! いつまで夢見てんだよ!!」


 最後の言葉が、特に心に突き刺さった。俺はもう二十二で、冒険者としては駆け出しから経験を積んで、自分に適したジョブを使いこなす頃合いだ。


 だというのに、未だ適性のあったヒーラーはCランクで、剣聖になるなどという夢も捨てきれていない。


 こうして考えると、とても自分が情けなくなる。結局俺に出来ることなんて、ちょっとした回復だけなのではないのかと。


 尚も詰め寄ってくる剣士をエルレスが止めたが、どうやら今の発言がメンバー全員の反感を買ったようだ。

 当然止めたエルレスも、その顔に飽きれと怒りを露わにしている。


 そうして、「だったら」と切り出した。


「夢を追わせてやるよ。餞別代りに剣の一本くらいくれてやる。Bランクの剣士になったらパーティーにも加えてやる。だから今は出て行ってくれ」


 それは、俺にとって反論できない提案だった。この歳にもなって捨てきれない夢を追うチャンスが舞い降りたのだから。

 だが追放を受け入れなければならない。こんな中途半端な歳では、とてもリスキーな選択だ。しかし、これを掴めば再加入の言質も取ったというのに、俺は剣聖になるという長年の夢を捨てることになる。


 とても言い返せたものではなくて、しばらく唸ると、小さな声で告げた。


「……分かった。その条件で追放を受け入れるよ」


 メンバーの誰もが嘲笑うかのような顔で「無理だ」と無言で告げる中、エルレスが一振りの剣をくれた。


 上質な品だ。そこそこ値の張る剣だろうが、エルレスからすれば、これ一本でこれ以上の騒ぎにせずに俺を追い出せるのなら安いものなのだろう。


「……世話になった。だが、必ず戻って……」

「いいから出で行きやがれ!!」


 最後に剣士に怒鳴られて、俺はギルドを後にする。


 手元には、いつか剣士にジョブチェンジするために貯めた金と、一振りの剣。


 それと心には、とてつもない悔しさがあった。剣士からすれば、俺に剣聖など夢のまた夢であり、エルレスからすれば、上質な剣を渡しても剣士になどなれないと見くびられているのだ。


 この悔しさを心に宿したままでは、きっと他の事は何も上手くいかないだろう。

 俺は覚悟を決めると、手持ちの金で弓矢や斧などの、ジョブのない者でも扱える品を買いあさり、街から出た先にある山を見上げた。


「こうなったら、山ごもりだ」




 ####




 実力がない。才能もない。誰かから学ぼうにも伝手がない。


 だが時間ならある。だったら、とにかく山ごもりをして、基礎である素振りから始めることにした。


 皮肉ながら、多少の疲れなら回復魔法で治せる。そうして素振りをしているうちに魔力が回復したら、また回復魔法を掛ける。


 この繰り返しで、せめて基礎を身に着けるのだ。

 そのために、しばらく特訓と寝床にする野営地として、まずは山の中で程よい広場を見つける。


 元々山間の村出身なので、慣れたものだ。食べ物も、先ほど買った弓矢で動物を仕留めて焼いて食べればいい。薪がなければ斧で細い木を斬り倒して使えばいい。飲み水なら泉を見つけたので、汗を流すついでに使えるだろう。


 こうして準備が整うと、剣を構えて素振りを始める。どういう風にやったらいいのかなんて分からない。正しい力の込め方も、姿勢も分からない。


 とにかく細い腕ながら力任せに振り続けるだけだ。


「フッ! フッ! っ……フッ!」


 剣が重い。振り下ろし、もう一度振り上げるたびに体力が持っていかれる。


 だとしても、回復魔法があるから多少は無理がきく。限界まで素振りを続けると、泉から汲んできた水を飲み干し、一息つく。

 腕は重く、体力も限界だ。しかし、こんなものは魔物の攻撃と比べたら大したことはない。


 回復魔法を自らの体に掛けると、体力が回復し、体の重さがなくなっていく。

 この調子なら、一日中でも素振りが出来るかもしれない。

 そう思って剣を構えると、腕に違和感を覚えた。


「ああ、筋肉痛か」


 体力は回復したが、慣れない素振りで酷使した腕は筋肉痛に襲われていた。

 とはいえ、筋肉痛など治すのは造作もない。すぐに治すと、再び素振りを開始する。


 腹が減れば野鳥を射貫いて焼いて食べ、寝る時は毛布にくるまって寝る。


 そうして朝が来れば剣を握り、素振りを続けて、疲れたら回復する。筋肉痛も治していく。


 そんな生活が一か月も経つ頃、腕や肩周りに違和感を覚えた。


「なんか、まだ一か月なのにゴツゴツしてきたような……」


 獲物が仕留められない日は食事抜きだというのに、そんな簡単に筋肉がつくわけがない。


 気のせいかと思い、今日もまた素振りを始める。そして治し、再開し、また治す。


 これも気のせいかもしれないが、回復魔法を使う頻度も減ってきたように思える。流石に体力くらいはついた証拠だろうか? 


 そんなことを思いながら、また剣を振るう。とにかく振るう。そして治す。とことん治す。


 夢中になって続けていると、また力が付き、回復力が増したように感じる。

 こんな回復に使う魔力程度、すぐに元に戻るので、いつしか本当に無限に振っていられるように思えてきた。


 それになんと言うか、体を鍛え続けることが楽しく感じられていた。走り続けていると似たような感覚に陥るそうだが、それと同じだろうか。


 とにかく、俺は素振りが楽しくてしょうがなくなっていた。いつの間にか修行だなんだ忘れて、ひたすらに、がむしゃらに、しゃにむに振り続けた。


 ある時は「どこまでやれるのか試してやる」と思いつき、空腹も寝不足による体力低下も回復魔法で治し、三日三晩振り続けた。流石に魔力も尽き、倒れたまま丸一日動けず死ぬところだったが、その間、いつもと違ってジワジワと回復していく時間そのものが快楽に感じた。


 またある時は、限界までヒールを我慢して振り続けた。昔故郷に訪れた剣士が話していた、限界になると「剣が鉛のように重い」という感覚を直に感じ、喜びを覚え、一振り一振り死に物狂いで歯を食いしばりながらだというのに、俺は笑っていた。

 この時は気力が尽きてヒールをかけることすら出来ず丸一日ぶっ倒れていたが、目が覚めると乾いた笑いが零れていた。


 とにかくそんな調子で素振りその物に快楽を覚え、月日が過ぎるのも忘れて剣を振っては回復魔法の繰り返しの日々が一年も続くと、


「フンッ!!!」


 いつしか俺を恐れてか獲物がいなくなったので、散策に訪れたついでに見つけた巨石に斬撃を叩き込むと、垂直に剣がめり込み、そこからヒビが入り、やがてバラバラに砕けた。

 結構な成果に思えたのだが、


「いや、俺は剣聖を目指しているんだ。砕けるんじゃなくて、もっとこうスパッと真っ二つに斬れなくては意味がない」


 ということで、獲物不足で腹が減った分の体力は回復魔法で回復してから、獲物を探していると、見事な滝があった。

 鯉が滝を登りきるとドラゴンになると聞いたことがあるが、もし人間が滝を斬ったら……


「セヤァッ!!!」


 そんな考えで試しに滝を身に浴びながら剣を振るってみたのだが、なにやら地響きがした後に、滝が流れ落ちていた崖が崩壊した。

 土石流に巻き込まれ、ずいぶんと深くに埋もれてしまったようだったが、


「キエェ!!!」


 埋もれた下で無理やり素振りの姿勢を取り、身動きを封じていた泥だの岩だのを叩き斬って、道を無理やり作って脱出した。


 しかし、滝の背後にあった崖が斬れたのはあれだろう。東国で言うところの「雨垂れ石を穿つ」のような感じで、既にボロボロだったのだろう。俺がトドメを刺してしまったようで申し訳なく思う。


 それに、埋もれてから叩き斬って脱出したのも、所詮は泥と岩を斬ったに過ぎない。そんな柔らかいものを斬ったとて、何の意味があるというのか。


「むっ」


 なんて泥まみれで思っていたら、さっきまで滝があったところから魔物の気配がする。

 身構えると、なにやら馬鹿でかく、長細い蛇みたいな魔物が現れた。


 紫色の……魔力だろうか? とにかくそんなオーラを身に纏い、口元にはやけに長い髭がある。


『フッ、誰だか知らないが封印をわざわざ解くとはな。とても気分がいい。さて、憎き人間どもの街をこれから滅ぼしてやるが、その前にまずは腹ごなしだ』


 なにやら喋っているようだが、耳がキーンとなってあまり聞き取れない。しかし相手が魔物なら、


「イヤァァァ!!!」


 何か悪さをする前に、一刀の元に真っ二つに斬って退治した。


『ば、馬鹿な……我は、【東国より来たりし暗黒竜】の異名を持つというのに、封印が解けた途端に……』


「よく聞こえんが、しぶとい蛇だ!! テリャァァァ!!!」


 二刀目で今度こそ息の根を絶ったが、最後に「我は竜だぞ……」だとか言ってはいたが、


「竜とはたしかドラゴンの事だろう。実物を見たことはないが、こう、四つ足で、翼があって……少なくとも、こんなデカいだけの蛇ではないな」


 しかしだ。真っ二つになった蛇を前に物思う。


「俺も多少は強くなったと思うが、ちょっとデカいだけの蛇を一撃で両断できないとは、まだまだ未熟か」


 とはいえ、しばらく食い物に困ることはなさそうだ。丁度真っ二つに切れているので、


「よいしょっと」


 両肩に背負って、野営地まで持って帰ることにしたのだった。




 ####



 滝に住んでいたデカい蛇の魔物を焼いて食べながら、ふと思う。雑魚だったが、あれだけ大きな魔物を倒せるほどの実力がついたのなら、そろそろ山を下りて、ギルドの依頼を受けてみてもいいのではないかと。


 剣の腕は素振りしかしていなかったのでお粗末だろうが、その分回復魔法は嫌というほど使ってきたので、ヒーラーとしてなら活躍できるだろう。純粋な筋力なら十分にあるだろうから、多少は剣士らしい働きもできるかもしれない。


 しかし、俺はまだCランクのヒーラーだ。数えきれないほどの回復魔法の末に、自分でもかなり上達したとは思うが、受けられる依頼も限られてしまう。


 とはいえだ、なんの剣術も身に着けていないので力任せに斬るだけなので、むしろちょうどいいかもしれない。これだけ筋肉がついたのなら、Cランク冒険者が請け負う下級の魔物のゴブリンくらいはなんとかなるはずだ。


 一年ぶりに山を下りることにして、何かソロでも挑める依頼はないかとギルドへと向かうのだった。




 ####




 一年ぶりに訪れたギルドは、どことなく静かだった。

 前は依頼の張り出される募集板に人が集まっていたり、帰ってきたパーティーが酒を飲んで騒いでいたのだが、みんな出払っているようだ。


 何かあったのかと受付嬢に聞くと、まず誰なのか聞かれた。


「誰と言われても……一年前になるが、ギルドにはCランクのヒーラーのカイエンという名で登録してあるはずだ」


 受付嬢から「そのガタイでヒーラーなんですか……」と顔を引きつらせて言われながら、現状が語られる。


 なんでも「封印されていた暗黒竜」の力を求めに来た魔王軍の幹部が、どういうわけか暗黒竜とやらの封印解除へ向かわず、代わりに高難易度ダンジョンの奥地に眠る、伝説の魔物に数えられるエンシェントゴーレムを起こしに向かったそうだ。


 魔王軍幹部とエンシェントゴーレムという強敵を前に、ランクを問わず、いくつものパーティーやソロ冒険者が一堂に会して挑んでいるらしい。


 参加しているパーティーを見ると、俺からしたら雲の上どころではない冒険者によるパーティーがいくつも参加し、前に出ている。その他のパーティーは、援護と魔王軍幹部が引き連れてきた魔物の掃討を行っているそうだ。


 魔王軍幹部だとかエンシェントゴーレムはともかく、取り巻きの魔物ならなんとかなるかもしれない。それに一人でも多くの戦力を必要としているので、素振りと回復しかしてこなかった俺でも拒まれることなく参加できる依頼だろう。

 早速ダンジョンに向かう旨を知らせると、詳細な場所を教えられた。


 なにやら受付嬢が「しかし向かうにも馬の用意が……」とか言っていたが、このくらいの距離なら走ってすぐだ。


「そう言うことで、この依頼を受けさせてもらう。早速向かうが、他に伝えることはあるか?」

「え……いや、だから馬の用意が出来ていないので、今から徒歩で向かったら半日はかかりますよ?」

「? そうなのか? ……その時はその時だな」


 どうせ様子見で山を下りてきただけなのだ。ギルドを出て街も出ると、ダンジョンのあるという荒野の方角へ前かがみになると、


「ッ!!」


 全力で走り出した。これでも一年間、山の中で暮らしていたので、足腰にも自信がある。


 しかし、徒歩で半日か。果して、俺の走りでどれだけの時間がかかるか……というのは杞憂だった。


「三十分くらいで着いてしまったな……」


 切り立った崖を、時には全身を使ってよじ登ったりした成果だろうか。あっと言う間にたどり着くと、今まで籠っていた山その物に風穴が空いたような巨大な空洞があり、ここがギルドで聞いたダンジョンで間違いないと理解する。


 とっくに戦闘は始まっているようで、ダンジョンの奥からは戦いの音がする。

 今の俺がどれだけやれるか分からないが、またしても走って向かう。


 すると、いくつかのパーティーが一匹の魔物を囲んでいた。

 人間の数倍はある巨躯と、はちきれんばかりの筋肉。そして紫色の皮膚をした魔物、オークだった。


「強敵だな……」


 さてどうするか。オークなど、一流冒険者が相手をする魔物だ。

 下手に手を出しても返り討ちに合うのがオチ。


 囲んでいるパーティーはこれまでの戦いで疲れ切っているのと、この後の戦いに備えているのか、なかなか攻撃に転じられない。


 そんな中、一人の冒険者がオークの剛腕によって吹き飛ばされてきた。


 丁度近くの壁に激突したので駆け寄ると、【鉄の拳】の剣士だった。


「て、てめぇは……」


 俺に気づいて何か言おうとするが、血反吐を吐いている。再開の挨拶より、まずは治療が先だ。


「ヒール!」


 一年かけたのだ、Cランクとはいえ多少は回復量も多くなっただろう。前線に戻るほど回復はできないだろうが、死なせない程度に回復できる自信はある。そうして剣士を緑色の光が包むと、最低限の応急処置が……


「……あれ?」

「……あ? 痛みがねぇ……?」


 ダンジョンでの長い戦いと、オークによる強烈な一撃。致命傷に変わりないダメージを負っていたというのに、剣士の体は完全に回復していた。


 俺も剣士も言葉を失う中、「オークがそっちに向かったぞ!」と声がする。


「や、やべぇ! あんな化け物に勝てるかよ!」

「って、おい逃げるのか! それでも剣士か!」


 逃げようとする剣士の首根っこを捕まえると、「痛だだだだだ!!!」と暴れてから怒鳴り散らした。


「俺たちには部不相応だったんだよ! 取り巻きのオークでこれじゃ、奥にいる魔王軍の幹部だとかエンシェントゴーレムなんかに勝てるかってんだ!! テメェも命が惜しかったら逃げるんだな!」

「……確かに、勝てないかもしれない。だが! 敵に背を向けてたら、剣聖になれない」

「一年ぶりに会ったと思ったら、まだ夢見てんのか! それよりテメェはさっきの回復魔法を……」


 剣士が何か言いかけたが、オークが迫っていた。とてもCランクのヒーラーが戦う相手ではないからか、嫌な汗が噴き出す。


 だが、勝てる見込みがいくら薄かろうと、俺は剣聖になるために一年間も努力したのだ。


 せめて、一撃浴びせるくらいは……!


「ふぅぅぅぅぅ……」


 迫りくるオークの真正面に立ち、この一年続けてきた素振りの姿勢をとる。

 剣士が「剣一本で勝てる相手じゃねぇんだぞ!」と叫んだが、俺にはこれと回復しかないのだ。


 目を閉じ、集中し、剣を振り上げ、オークの迫る足音に全神経を集中すると、


「フンンンン!!!!」


 全力で縦に叩き斬った……斬ったのだが、オークには当たらず、その足元に剣が激突する。


 しまった、力を籠めすぎた! これではもう一度振り上げる前にオークの攻撃を喰らってしまう!


 咄嗟に防御の姿勢を取ったが、なにやら地響きがすると、目の前の床が割れた。というか、地下深くまで裂けていった。


『ブモォォォォォ……』


 直進してきたオークはそのまま地下深くに落ちていき、それっきりだった。

 誰もが空いた口が塞がらない中、俺は一人、幸運に感謝する。


「誰だか知らないが、地面を割くほどの攻撃魔法で助けてくれたのか!! いやしかし、戦わずして勝つとはこういうことを言うのかもしれないな! ……どうした? なんでみんな黙っているんだ?」


 剣士も含め、なぜか恐れすら抱いているようだが、どうしたのだろうか。

 よくわからない。剣士に聞こうとして、ダンジョンの奥から重たい音が聞こえた。


 次いで、奥から魔法陣の起動音と共に、大きな瓦礫の動く音がする。


「まさか、エンシェントゴーレムが目覚めたのか……?」


 同行している冒険者の一人がそう口にすると、強大な魔力も感じられる。それに続くよう、オークほどではないが魔物の群れが襲い掛かってきた。


 流石にエンシェントゴーレムの相手は無理でも、こいつらを倒して奥で戦うパーティーの負担を減らすくらいはして見せなくてはならない。


 そう思って剣を向けたのだが、なぜか黙っていた冒険者たちが頷き合って俺の周りに集まると、口をそろえて言った。


「「「ここは任せて、あなたはエンシェントゴーレムを!!」」」


「えっ、いや俺は……俺は……」


 そうだ、この一年は剣聖になるために努力してきたのだ。出来ることなら、エンシェントゴーレムを相手に少しでも剣で功績を残したい。


 なぜ俺を行かせてくれるのかまでは考えが及ばなかったが、剣を握り、エンシェントゴーレムの待つ大部屋へと走っていくのだった。




 ####




 エンシェントゴーレムの待つ大部屋へ駆けつけると、雲の上のような冒険者たちが、二手に分かれている。


 片方は魔王軍幹部と思しき、人型で角と翼の生えた魔物。

 もう片方は、どこかで見たような紫色の魔力のオーラを身に纏う、見上げるほどに巨大なエンシェントゴーレムだ。


 魔王軍幹部はエンシェントゴーレムにこの場の冒険者を蹴散らせる気なのか、地を駆ける冒険者を嘲笑うかのように空中で回避に徹している。


 エンシェントゴーレムに関しては、相当強力なのか、ここまでたどり着いた冒険者たちでも有効打を与えられず、一撃一撃が地を砕く攻撃を必死に避けているようだった。


 これではジリ貧なのは、誰が見ても明らか。誰かゴーレムの攻撃を受けつつ、岩の体を砕く攻防一体の前衛が必要なのだが、どうにもそうはいかないようだ。


 とにかく、俺も戦いに加わる。こちらの数が増えれば、エンシェントゴーレムの隙も生まれるだろう。

 そう思い剣を構えると、なぜかいきなりエンシェントゴーレムがこちらを向いた。更には、なぜか魔王軍幹部もこちらを驚いた眼で見る。


「き、貴様は、暗黒竜を一撃で倒した化け物ではないか!? なぜこうも、我の邪魔をする!!」

「え、いや、暗黒竜? そんな魔物を倒した記憶なんてないんだが……」

「とぼけるな! 我は空よりしかと見たぞ! 封印解除に向かった時、一撃にて封印の岩盤を粉砕し、あまつさえ暗黒竜を一刀のもとに斬り捨てたではないか!!」

「いや知らん!! ここ最近で倒した魔物はデカい蛇くらいだ! 暗黒竜なんて倒せるはずがないだろう!?」

「暗黒竜を、蛇呼ばわりだと……!? 魔王様が直々に東国へ赴き、この地にお越しになるよう頼んだ魔物なのだぞ!」

「だから知らん! そんな化け物倒せるわけない!!」


 どうにも会話が噛みあわないが、注意は引けた。しかし、魔王軍幹部はエンシェントゴーレムに、俺を最優先で倒すように命令を下した。


 ゴゴゴ、と巨大な岩石の塊で作られたエンシェントゴーレムがこちらに迫る。

 正直生きた心地がしなかったが、こうなったら自棄だ。


「こいつは俺が引き付ける!! 他の皆さんはその間、出来る限りの攻撃魔法を叩きこんでください!」


 とにかく、あんな巨体の攻撃を喰らってはグチャグチャに潰れてしまう。

 だが動きだけなら遅いので、振り下ろされる岩石の拳の一撃一撃を避けつつ、周りの冒険者による攻撃魔法が効くのを待つ。


 しかし、そのすべてはエンシェントゴーレムを覆うオーラにかき消されていた。


「ハハハハハ! 人間の魔法如きが魔王様の加護たる暗黒の結界を破れると思ったか!」


 魔王軍幹部の余裕の高笑いを受け、次第に冒険者たちから逃げ出す者が現れ始めた。


 こんな強敵を相手に、こちらの数が減っては勝ち目もなくなる。

 完全に指揮系統がメチャクチャになり、士気まで落ちている中、俺はどうするべきなのだろう。


 あんな化け物、俺の剣では……


「キャッ!」


 悩んでいると、エンシェントゴーレムの拳が穿った穴に足を取られ、一人の少女が倒れた。


 誰も助けようとせず、我先にと逃げている。そこへ、エンシェントゴーレムがとどめを刺すために拳を振り上げた。


 あんなものを喰らってはひとたまりもない! 無意識に駆けだすと、少女の前で剣の腹を盾代わりにした。


 「無茶です!」と少女の声がする。だがそんなの俺がよくわかっている。


 こんな巨体の一撃を耐えるなど、とても不可能で……


「……ぬぅっ! ……あれ……」


 振り下ろされた拳を、俺は剣の腹で受け止めていた。俺の何倍もある巨体の一撃もどうってことなく、エンシェントゴーレムも困惑しているようだった。


 俺とエンシェントゴーレムの力のぶつかり合いになっているわけだが、正直、この程度ならいくらでも耐えられる。


 ……もしかして、俺の筋力がエンシェントゴーレムを上回ったのか?


 だとするのなら、


「フンッ!」


 力任せにエンシェントゴーレムを押し返すと、その巨体がよろめいた。ようやく生まれた隙に、俺は一年間繰り返してきた素振りの動作を力の限り行うと、


 ベキッ!


「……あ」


 この一年共に過ごした剣が折れた。剣の束だけが残り、途方に暮れてしまう。


『ゴァァァァ……!』


 その間にも、エンシェントゴーレムが迫る。魔王軍幹部の高笑いが響き、残った数少ない冒険者たちは、すぐ逃げるように叫ぶ。


 だが、次第に俺の心に渦巻く感情は恐怖や無力感ではなく、紛れもない……


「俺の愛刀をよくもぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 怒りだった。

 すぐさま、エンシェントゴーレムに向けて飛び掛かる。


「こんな! 図体がデカいだけの! 木偶の棒に!」


 叫びながら、山ごもりで鍛えた全身の筋肉でエンシェントゴーレムの体をよじ登っていく。

 もう細かいこととか、どうでもいい。こちとら、一年間共に育った相棒をへし折られたのだ。


 頭まで登り切ると、八つ当たりを承知で拳を握った。


「俺の苦労が分かるかぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 岩石の体へ、拳を叩き込んだ。すると、顔面がハンマーか何かで叩きつけられたように砕ける。


「こんな! 石ころ風情が! このっ!! このぉっ!!!」


 ひたすら殴る。拳が痛くなれば、無意識に回復魔法で治す。そして殴る。とにかく殴る。徹底的に、顔面も胴体も四肢も、この木偶の棒の体をヒョイヒョイと飛び回りながら殴って粉砕していく。


「フン! フン! フンンンン!!!!」


 一年間ずっと繰り返してきた素振りと同じように、エンシェントゴーレムを数えきれないほど怒りに任せて殴りまくった。


 その度に岩の体は砕け、エンシェントゴーレムが野太い声を上げながら後退していく。


 それでもひたすらに殴りつける。力任せにぶっ叩く。そうやっていると、やがてエンシェントゴーレムの四肢が砕け、その動きが止まった。


「デリャァァァァ!!!」


 止まったのなら好都合。渾身の一撃を胴体に叩き込むと、一瞬の後にエンシェントゴーレムはバラバラに砕け散った。


 舞い落ちる瓦礫の中、ただ一人立ち尽くす俺は、もはや折れてしまった相棒を手に、一人呟いた。


「なんか、あっけないな……」


 そうして瓦礫の山を抜け出すと、最後に空中で唖然としている魔王軍幹部に目をやる。


 流石に筋力だけでは飛んでも届きそうにないので、もう一度剣の束を見てから、小さく「最後の仕事だ」と口にした。


「オラァッ!」


 力の限り剣の束を魔王軍幹部に投げつけると、意表を突かれたのか避けるのが間に合わず、その頭にクリーンヒットした。


 力なくヒョロヒョロと落ちてくる魔王軍幹部は、どうやら意識を失っているようだ。


 残っていた冒険者たちが拘束すると、口々に、俺はどこの誰で、ジョブは何なのかと聞いてくるのだが、今の俺は答えるのも億劫で、そっくりそのままを伝える。


「Cランクのヒーラーだ」


 すると、その場は凍り付いたのだった。




 ####




 なにはともあれ、魔王軍幹部とエンシェントゴーレムを倒したのは俺の功績となった。目撃者として、助けた少女や残っていた冒険者たちがいたので、むしろ俺一人の功績ということで、とんでもない額の報酬金を手にする。


 ギルドで称賛の声を浴びていると、コソコソと近寄ってくる影がある。


 見ると、【鉄の拳】のリーダーと剣士だった。


 二人は記憶がたしかならエンシェントゴーレムとの戦いにも参加していなかったが、今更何の用だろうか。


 リーダーの言葉を待つと、咳払いをして口にした。


「ど、どうやら俺たちのパーティーに相応しい力を手に入れたようだな! お前の力なら、Bランクと言わず、Aランクだって夢じゃない! さぁ歓迎の宴をしようじゃないか!」


 次いで、剣士が腰を低くして言った。


「ぜ、前衛として剣士が二人いたら、本当にAランクパーティーだって夢じゃないぜ? だから、一年前の約束通り……」


 なんとか威厳を保っているリーダーと、剣士として力の差を見せつけられたからか縮こまっている剣士には悪いが、俺は約束が違うと言った。


「俺はBランクの剣士になったら再加入が許されるはずなんだろ? だが、今の俺はCランクのヒーラーだ」

「そ、そんなことはない! 昇格試験を受ければ、お前ならA……いや、S級だって夢じゃない!」


 分かってないな。それと、忘れているようだ。


「俺の夢は、剣聖になることだ」


 剣を扱うジョブの中でも、千人に一人が選ばれるか分からない最強のジョブ。

 国王陛下から直々に認められた者に与えられるというので、俺はゴーレム討伐の報酬金を手に、高らかに告げた。


「俺はこれから王都に向かう! そこで絶対に剣聖になってやる!」


 リーダーも剣士も言葉を探していたが、俺の決意は変わらない。


 剣術の一つも身に着けていないが、これだけの報酬金があれば、俺が力任せに振るっても壊れない剣も仕入れられるだろう。そうしたら、とにかく相手が倒れるまで振り回せばいい。


 ここまで来たら、剣術の心得無しでも絶対に認められて剣聖になってやる。


 こうして、攻撃力がカンストしたCランクヒーラーとして、俺は王都へ向かうのだった。



####

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