第10話 ハゲ死んでるじゃねぇか!!


 初ダイブから約一週間後の土曜日になった。


「やっと土曜日……平日が長く感じたよ。だけど…頑張れた!」


 モチベーションというのは本当に大切なもので、あるのとないのではやる気が雲泥の差になるものだ。俺にとってのモチベーションは言うまでもない、バウンドレス・レルムのβテストがそれにあたる。


 正直なところ、平日の勉強中もβテストのことで頭がいっぱいだった。友達がよく話題に出していたのも手伝ってか、早くバイトに行きたい気持ちが収まらなかった。


「駅の名前も会社の場所も、バッチリだ。」


 ゲームが楽しみなのもあるが、厳密に言えば、雨宮さんと関わることも、モチベーションの中に入っているし、食堂で食べられるご飯も楽しみだった。このアストラル社すべてが、俺の面倒な現実生活に彩りを与えてくれているのだ。


 意外なことに、母と父はあの件以来、大人しくなっている気がするのも、モチベーション向上につながった。お小言は相変わらず続いているのだが、成績の話について、突っ込みを入れてこなくなった。


 理由が分からないのが不気味だが、気にしていても仕方がない。


「いや…家のことを考えるのはやめよう。待ちに待った日だ!」


 会社に到着すると、社員証を首から下げて堂々と正面から会社へ突入。警備員さんとはもはや顔見知りなので、社員証を見せる間もなく、通してくれるようになった。色々と顔を覚えられるエピソードがあったからかもしれない。


 入口から数々のセキュリティゲートを通り、ようやくダイブエリアに到達したところで、スマホの通知をチェックする。


東条とうじょうさんは……今日は不参加かな。」


 連絡先は交換したものの、あれから一度もやり取りらしいやり取りは行っていない。向こうから連絡がこないので、こちらから送るにしてもやりづらい。メッセージを送るべきか、ならば内容はどうするべきだ。そうやって、ずるずる考えている内に土曜日が来てしまったのだ。


 今日辺り連絡があるかなとも思っていたが…。


「アプリに連絡はなし。か…。仕方がないよね。」


 未だにメッセージも何もないので、もしかしたら今週は忙しいのかもしれない。


 アプリの画面を閉じてスマホを鞄へしまう。ダイブエリアでは、すでに数多くのプレイヤーがインしていた。俺も早くログインしなくては。


 そして、ゲーム内での出来事を雨宮さんに、たくさんお話してやるのだ。


「やるぞ!今日でクラスチェンジ、そしてレベル上げだ!」



 ⚜⚜⚜⚜


 電子の海を泳ぎ、意識が徐々に覚醒していく。


 視野がハッキリすると、相変わらずのボロ宿が目に映る。だが、いつもとは様子が違っていた。


「…ふぅ。この体も久しぶりだ。って…なんだ?墓石?」


 ゲームにログインした俺の目に最初に映った光景は、意気込んでいた俺の出鼻を挫くには十分なものであった。


 無駄にディテールの凝った大きな墓石が、ボロ宿の一室の中央で、激しく自己主張しているのだ。


 ゲーム開始早々に無惨な現状を叩きつけてくる。


 墓石にはこう、刻まれている。


『ハゲ ここに眠る』


「ん…?」


 俺は知っているぞ。コンビニの雑誌で予習したからな。これは『復活可能な』NPCが死んだ場合、生み出す固有オブジェクトと言われるものだ。


 最期に斃れた場所で生成され、対象の名前が刻まれた石が生成される仕組みらしい。つまるところ、目の前の状況をそのまま解釈するのであれば、俺のログアウト中、ハゲは死んだ…ということになる。


「…どういうことだ?何があった?だれか、誰かいないか!」


「……モヒカン様!?」


 扉が勢いよく開かれる音と共に、入口から声が聞こえた。


 とっさに振り返ると、そこには女性の神官が驚いた様子を見せている。たしか…名前はイレーネといったか。俺のクラスチェンジをするため、さらった子だ。


「君…おまえは、イレーネ…で間違いなかったか。」


「はい…わたくしはイレーネと申します。モヒカン様。」


 記憶が正しければ、ハゲと一緒にここまで逃げたところで、俺はログアウトした。ならば一緒にいたイレーネなら、何か事情を知っているかもしれない。


「ハゲ…ハゲはどうなった。なぜ墓石なんかになっている。」


「ハゲさんは……モヒカン様が突然消えてしまわれた数日後、騎士団との戦闘で敗れました。この場所で多数の騎士たちに囲まれ、最終的にはイゾベルを名乗る女性騎士長に斬られてしまい……。」


「騎士たちに囲まれた…?まて、俺たちはこのボロ宿までうまく逃げたはずだ。この隠れ家がバレたということか?」


「はい……最初の数日は、この宿でもうまく隠れられていました。ですが、スラム街に住む誰かが、金に眩んだのか、私たちの隠れ家を騎士たちに漏らしたのか分かりませんが、騎士たちが突然、部屋に押し入るように攻めて来たんです。」


「なんだと…!」


「ハゲさんはすぐに応戦しました。私も手伝いましたが、相手の数が多く………それから、その……。」


 イレーネの顔に影が落ちた。


 ハゲは彼女をかくまいながら、俺が居ない間、戦い続けていたということだ。


「ハゲは、戦いの中で死んだのか。」


「…はい。」


「お前が生かされている理由は?」


「ハゲさんが、私をかくまったんです。『手伝わないと殺す。さらった意味がないだろう』などと大きな声で叫んで、騎士たちの気を引いていました。」


 ハゲは突然の戦いにも関わらず、イレーネに責任が向かないよう、悪役を引き受けた。ということか。ならば、彼女はもう、自由のはずだ。だが、彼女はまだここにいる。帰ろうと思えばいつでも教会に戻れたはずだ。


「……お前はなぜまだここにいる。ここにあるのは、墓石と古い寝具だけだ。」


 イレーネは暗い表情のまま答えた。


「…もはや教会に、私の居場所はありません。それに、今の教義のままでは、本当の救済は成せないと考えています。ハゲさんが悪い人ではないのは、私にはわかります。ですから、お世話になったぶん、せめて墓石を磨いて差し上げるべきだと。」


 そう言葉を切ると、眉をハの字にさせて無理やり笑ってみせた。


 教会とやらの事情はよく分からないが、何等かの考えの相違があり、戻るつもりがないようだ。これ以上、話題を深く突っ込んでも意味がなさそうだ。


「…そうか。……ところで、お前は神官だろう。復活の魔法とか、そういうのは無いのか。ハゲを復活させて欲しいのだが。」


「…モヒカン様。それは選ばれし神官が、とても貴重なアイテムを使用して、ようやく1回の奇跡を起こせるかどうか、というほどの御業です。それも確実に成功するものではない、と聞き及んでいます。当然、術を見たことはありませんし、わたくしのような、一介の神官にできるはずもございません。」


 できるものなら、もうしている。と言いたげなほど、悔しそうな表情を見せた。


「…そうか。そういうものなのか。」


 他のVRゲームではどうかは知らないが、この世界におけるNPCの死は絶対ではないものの、ほぼほぼ覆ることがないとみてよさそうだ。プレイヤーは気軽に復活できるらしいが、難儀なものである。


 つまり、現状、まともな手段でハゲを蘇らせることはできない。ゲームを始めたばかりの俺が、到底成せることでもないのは言うまでもないだろう。


「それと、モヒカン様。貴方様が何処かにお隠れになってから、暫くして、私のクラス名が『ダーク・プリースト』に変化しました。使えていた奇跡も、禍々しいものへと変貌してしまったのです。いずれにしても、私には、もはや神の奇跡は起こしようもありません。手がない…ということも、無くはないのですが、モヒカン様のお力が必要になります。」


「やっぱり……ログアウト中、ゲーム内の時間は止まらないのか。」


 ここまでの話を聞いている分には、この世界は俺のログアウト中であっても、世界が動き続けるようだ。他のプレイヤーが居るので、当然っちゃ当然だが、改めて実感させられた。『お隠れになって』とは、俺が現実世界に戻っていた間のことを言っているのだろう。


 そして、俺のログアウト中、ハゲが墓石に変化したように、彼女もまた、大きな変貌を遂げた。


 『ダーク・プリースト』…堕落した神官のような、闇を感じる名称だ。十中八九、俺の称号による影響と思われる。何等かのフラグで、彼女も俺の『仲間』としてゲーム内のシステムが判断したのかも。


「ダーク・プリースト…?もしかして、俺の所為だろうか。……そうであれば、すまない。君をさらってしまったばかりに、巻き込んでしまった。」


 俺のような存在に手を貸してしまったためとみるべきか。若干の責任を感じずにはいられない。だがイレーネは以前と変わらない、優しい表情を見せたまま。


「モヒカン様。どうかご自身を責めないでください。これは、私が、私自身で選び取った道です。後悔など、微塵もありません。遅かれ早かれ、私は主の加護から離れる覚悟をしていました。……それに、なんだか以前よりもずっと、力が溢れてくるんです。だから、私のことは、どうかお気になさらないでください。それよりも、ハゲさんの問題に立ち返るべきです。」


「そうか……。君が、そう言ってくれるのであれば、話を進めるべきだろうな。……ハゲの件だが、先ほど、手がないわけではない、と言ったな。詳しく聞かせてくれるか?」


「はい……。モヒカン様。その前に、ひとつお尋ねいたします。貴方様は、まだ何のクラスにも就いていない。故にクラスチェンジをお望みであったと記憶しています。」


「あぁ、相違ない。」


「差支えなければ、どのようなクラスをお望みか、お聞かせください。」


「なんだ……突拍子もないな。…だが、そうだな、第一候補は、やはり勇者のような万能なクラスがいいな。」


 万能で強くて何でもできて、かっこいい。言うことなしのクラスだ。次点で戦士のようなクラスだ。大きな武器を振り回すのは、ロマンがあって素晴らしいものだ。


 キャラクタークリエイトで勇者を望んだが、AIさんにこき下ろされてしまったからな。ここで挽回できるのであれば、それに越したことはない。


「ゆ、勇者様ですか!?そ、それはさすがに。」


「だめか。」


「だめと言いますか、私にはそのような高位のクラスチェンジはできません。それも神聖なクラスは、ダーク・プリーストには扱いかねますし。」


「ふうむ。じゃあ、何ならクラスチェンジできるんだ。」


「はい。例えば、ダークファイター、ダークナイト、ゴーストスカウト、アサシン、ブラックメイジ……。」


 列挙されていくクラスは、見事に黒々しいというか、勇者とは対極にありそうなものばかり。どちらかというと、敵側のようなものだ。


「どれも、モヒカン様のような方によく似合うクラスばかりですよ!」


「……。」


 だが、こうなってしまったのも、元はと言えば俺がキッカケを生んだ所為な部分もあるので、文句は言えない。腑に落ちないが。


「まぁいい……それより、何故クラスチェンジの話になったんだ。ハゲの復活とは何の関係も無いはずだろう。もしかして、クラスチェンジこそが、復活のカギなのか。」


「はい、お察しの通りです。ここからが本題なのですが……研鑽を積んでいけば、勇者は無理でも、近しいものであれば、時間をかければ獲得は可能でしょう。ですが、モヒカン様が、勇者の道を諦めるのであれば、ハゲさんを蘇らせる取っ掛かりを得ることができます。…クラスチェンジという方法を使えば、あるいは……。」


「つまり、どういうことだ?」


「……モヒカン様が、サモナーとなることで死霊を含む、あらゆる生物を召喚サモンできるようになるんです。……クラスチェンジ先次第では、ハゲさんを、アンデッドとして使役、契約する形で蘇らせることができるようになります。…蘇る、という表現が、適切かどうかは分かりませんが、少なからず、ハゲさんをホネとして現世へ留めることができます。」


「俺がサモナーになれば、ハゲを救えるのか。だがアンデッドとは、邪悪すぎるのでは…。」


「…そうでしょうか?」


「アンデッド……ゾンビとか、ホネとか。そういうのは……それに、蘇らせることができるなら急ぐ必要も無いだろう。貴重なアイテムも、高位の神官も、ゆっくり揃えていけばいいのではないか。」


「その手段では、ハゲさんの復活は、不可能です。」


「なぜだ?」


「ハゲさんの墓石は、モヒカン様のお隠れ先の世界の、30日相当で消失するからです。」


「なんだと!」


 イレーネが言っているのは、NPCが死亡してから現実世界の30日で仲間NPCをロストするということだ。そうなっては、じっくりアイテムを集めている暇なんてない。


「墓石が消えれば、ハゲさんは、永久に戻ってこないのです。」


 墓石はNPCのみが生成するユニークなアイテム。これは一見、世界観を作り出すための一種のフレーバーアイテムに見えなくもない。NPCは死んだら基本的には戻らない、という現実を、プレイヤーに教えるためのものに見える。


しかしながら、このアイテムにもれっきとした役割がある。この墓石が存在している間は、該当のNPCは厳密には消失していない。つまり、復活のチャンスと猶予がプレイヤーへ委ねられているのだ。その手段まで含めて。


「だが、ハゲをホネにするとは……。少し酷な気がするぞ。」


「このままでは、墓石はいずれ消えてしまいます。彼が無念を抱えたまま生涯を終え、復活するための可能性が1%もなくなってしまうことの方がより一層、可哀想です。見栄えや手段を選り好みし、死者の無念を一方的に排してしまうことこそ、邪悪だとは思いませんか。」


「サモナーになれば、勇者への切符は当然…」


「なくなります。ですが、ですが、モヒカン様。闇の力も捨てたものじゃないと思いませんか。人を救う方法にこだわっている場合じゃないのです。」


 イレーネは満面の笑みだが、どこかドロドロしたものを感じる。ダーク・プリーストになった影響だからだろうか。外法の術になんら抵抗感や忌諱感きいを見せたりしない。


「…。」


(勇者になれない。それなら、いっそハゲの蘇生を諦めるか…?いや、それこそありえない。)


 このままでは、ハゲの痕跡がこの世界から、本当の意味で抹消されてしまうことを意味する。それは、あらゆる復活の可能性がついえてしまうことと同じなのだ。


 牢獄にぶち込まれてから、俺はずっとハゲの世話になっていた。


 状況的に見れば、美人な神官NPCと二人、楽しくやっていける状況かもしれない。だがしかし。


 このままハゲを見捨てたら、どうなる?


 俺はこの先、現実世界でもずっとハゲの面影に悩ませられる。


 きっと、スキンヘッドのいかつい男を発見するたび、彼の雄姿を思い出すのだ。瞳を閉じればハゲが俺のまぶたの裏から現れては、白く輝かしい歯を見せ、サムズアップしてくるかもしれないし、空を見上げてみれば、青い空と白い雲はハゲに見えるようになるかもしれない。


 もしかしたら、俺はこの先、食事の最中、見事なきらめく白米を見れば、その輝かしさからハゲの頭と笑顔を連想するかもしれないし、野に咲く花を見れば、彼の儚さを感じ取るかもしれない。


 流れる季節の中、未来永劫、何をするにも彼がちらつくことになる。彼を助けることができたんじゃないかと悩み続ける。


 俺は、ハゲに頭を支配され、いずれストレスでハゲになってしまう。


 それは有り体に言って、地獄なのではないか。


「ハゲを救わないと、俺がハゲになる……。それは、ダメだ。」


「…え?」


 イレーネはハゲの墓石と俺を交互に見て、首を傾げた。


 重要なことは、ハゲを助けるために、あらゆる手段を講じるべきだということ。彼女の言うことは尤もだ。


 救うべき人が美少女ではなく、しょうもない盗賊のおっさんであったとしても、恩義は恩義で返すのが、道理なのだから。


「分かった……。勇者のクラスチェンジの可能性は捨てる。俺にとっては、ハゲの方が大切だ。これが、俺自身が選び取る道だ!」


「モヒカン様…!」


 イレーネはパァっと表情を輝かせた。


「俺はサモナーになる。サモナーになって、ハゲを復活させる!」


 やってやるぜ。クラスチェンジの時間だ。


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