第9話 キスの味
ショッピングモールの二階にあるフードコートで席に着く。
さくらんぼの乗ったフロートを飲み、綾乃部長はご機嫌なようだった。
映画代は各々払ったけど、これは僕の
僕は執筆以外は無趣味な方で、一年の頃からかなりの額のバイト代を貯め込んでいた。
それこそ学内一くらいの自信がある。こういう時に使わなきゃいつ使うんだという感じだ。
嬉しそうに肩を揺らしながら、
「いいところあるのね、
「お
机に頭がつく寸前まで頭を下げ、
「ということで、私の方からもいいところを見せてあげるわ」
「というと?」
僕が手を引っ込めて頭を上げると、部長は先がスプーンのようになったストローの先にバニラアイスをたっぷりのせて、僕の方へと差し出してきた。あまりにずいっと突き出してくるものだから思わず口が開いて、そこへすかさずストローの先が突っ込まれる。
「どう? なかなか美味しいでしょう?」
次の一口を自分の口に運びながら、綾乃部長が聞いてくる。
僕の視線は、その柔らかそうな唇がストローに触れるのに吸い寄せられる。
触れているということは。
「──これはあれか。あーんと間接キスのダブルコンボってことはダメージ計算が二乗されて味が全く分からなくなるやつでいやでもそこそこ甘いし、キスの味ってこういうことか」
「よく分からないことを呟かないで」
「すみません、つい癖で」
しまった。また声に出ていたらしい。僕は再度頭を下げる。
「でも、いいネタになるわ」
綾乃部長はまたポーチからメモ帳とペンを取り出し、机の上に置いた。
「喜ばしいことですね」
部誌の完成が近付くのはいいことだ。それは、僕の
「──そうだ。男女のお出かけらしいことと言えば、映画の他に何かあったかしら?」
フロートを飲み終えた綾乃部長が、メモを取りながら聞いてくる。
メモ帳片手なのはデート中の様子に見えないかもしれないが、僕に不満はない。
メモは物書きには必須だ。インスピレーションはいついかなる時でも書き留めておかないと、すぐにあれなんだっけと忘れてしまう。忘れるくらいならその程度のアイデアだったと割り切れる人もいるけど、僕は自分の記憶力自体にそこまで自信がないからメモは取る。
どうでもいいことだけど、部長のメモ帳はくまさんの絵がついている。
ただ一つ言えることとしては可愛い。それだけだ。
僕は真面目に考える素振りとして顎に手を当て、そんなことを考えていた。
それから、部長の問いにぱっと思いついた返しを口にする。
「お茶をするとか、でしょうか。……でも、今フロート食べたばかりですからね」
そもそもお茶だって、形式ばっただけのものじゃないかと思っている。
話をする場として設けるのであって、それなら僕たちは部室でいい。
双方がお茶好きならまだいいけど、僕には紅茶の味や香りの違いなんて分からない。彼女もペットボトルの午後に
「一応、映画を観に行くだけでも
「あとは……服でも買いに行ってみます?」
「それは一樹君が私を、好みの服装に着せ替えたいってこと?」
「それも
「でも、きっと一樹君のお
「まず前提がおかしいですよね⁉ メイド服を着せたいなんて思ってませんから!」
……まあ、メイド服を着た綾乃部長は可愛いだろうから、一度は見てみたいけれど。
「そう? 顏に書いてあるのに」
「なんて書いてあるって言うんですか」
「メイド服を着た部長は可愛いだろうから、一目見てみたいって」
「…………」
怖ろしいまでの的中率だった。さっき思ったほぼ原文まんまだ。
読心術でも習っているのだろうか。
グラスをフロート屋の返却口に返して、戻ってきた部長は首を傾げた。
「それで、服屋でいいの? 私は一樹君の行きたい場所で構わないけれど」
「いえ、他に案もないですし。行ってみましょうか」
映画までの時間繋ぎとしては丁度いいだろう。
僕が
「そうね。一樹君好みのハイスリット入りチャイナドレスならあるかもしれないわね」
「いやだから前提がおかしいんですって!」
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