【15】転んで泣く子、踊って笑う子

   


 美丈夫の大公と可愛らしい王子が踊る姿は、人々は微笑ましく見た。さらには、大公が踊りながらすれ違う人々に「おひさしぶりですな、男爵どの」や「久々だな、卿」と声をかけ、それにアルトルトも「はじめまして」と挨拶する。

 曲は三曲目となっており、子爵や男爵、騎士達が踊ってよいことになっていた。彼らは先代勇者たる大公と、今の勇者王子に声をかけられる光栄に、頬を高揚させて笑顔で応じた。

 王妃ザビアはそんな明るい広間中央の様子は当然面白くない。自分が彼ら子爵や男爵、騎士達の挨拶の列を無視した無礼など、当然頭にはない。


「カイラル、この母と踊りましょう」

「あ、ははうえ……」


 息子の手を取って、広間中央へと出ようとした。しかし、カイラルはマントに埋もれた姿だ。

 そのうえにいつもは子供の手などとったこともない、侍女任せの母親だ。気遣いなどまったくなく、自分の歩みでずんずんと前へと出た。

 カイラルは引きずられるように二、三歩、よたよたと進み、マントの裾を踏んでぴたんと床に転んでしまった。

 うわあああああああああ~ん! と盛大に泣き出すカイラルに、ザビアは狼狽え、彼付きの侍女の伯爵夫人の名を呼んで「なんとかしなさい」と声をあげた。

 それは我が子を気遣う気持ちなんてカケラもない、自分の思い通りにならないことにただ苛立っているのが、丸分かりの態度だ。

 伯爵夫人がなだめても、カイラルは泣き止まず。「かえりたい」とくり返すばかりだ。重いマントに重い宝石、アルトルトに遅れてこのあいだ三つの誕生日を迎えたばかりの幼児だ。よく耐えたほうだろう。

 しかし、王妃ザビアのほうは、これでは自分が恥をかくとばかり「カイラル、ご機嫌を直して、この母と踊れば楽しくなりますよ」と猫なで声をだすが、それにカイラルは「やだ!」と泣くばかり。

 誰もがこの事態に顔を見合わせるなか、そこにとことこと床にうずくまり泣きじゃくるカイラルに歩み寄るものがいた。

 アルトルトだ。誰にうながされのではなく、自分からカイラルのところに行った。デュロワもこのアルトルトの行動に軽く目を見開いて、後へとついていく。

 ゼバスティアもアルトルトがどうするつもりなのか。広間の隅でその動きをじっと見守った。


「カイラル、僕と踊ろう」


 アルトルトは片膝をつくと、泣きべそをかく弟と、視線をあわせて、彼に笑いかけた。弟はきょとんと兄の顔を見る。

「アルトルトにいさま……」

 おずおずとその名を口にする。昼間の式典にはアルトルトも出席していたようだから、その顔は知っているのだろう。


「痛いところはないか?」

「はい」


 アルトルトはカイラルの両手をとって、立ち上がらせる。それから後ろに立つ、デュロワを振り返る。


「大叔父上、僕とカイラルのマントを預かってください」

「おお、わかった」


 デュロワはまず、カイラルの重いマントをとり、次にアルトルトの軽いマントをとって、両方腕にかけた。

 ふう……とカイラルが息をつく。その頬は真っ赤だ。たしかに、この人いきれで重い毛皮のマントにつつまれては、暑くもなろう。


「さあ、この二人の紳士に相応しい、可愛らしい音楽をかけておくれ」


 デュロワが指示すれば、楽団員達は笑顔でうなずき目配せしあって、軽やかな楽の音を響かせる。それは仔犬がくるくると遊び戯れる様を、音楽とした名曲のワルツ。

 アルトルトはカイラルの手を取り、くるくるとゆっくり回り始める。それはステップもない、ただ手を取り合って回るだけのものだ。

 だけど、頬を高揚させた、幼い兄弟が笑顔で踊る様は人々の口許に微笑みを浮かべさせた。

 回るのが楽しくなったのか、カイラルはケラケラと声をあげて笑い声をあげて、はじめはゆっくりだった回転を自ら早くする。それにアルトルトも「たのしいね」と笑顔で合わせて。

 最後はあまりにも早く回りすぎて、勢いで二人とも尻餅をついてしまった。人々は「あ!」という顔をとなる。

 ゼバスティアと、マントを持っていたデュロワも思わず一歩前へと踏み出したが。

 子供達は一瞬きょとりとし、次に顔を見合わせて笑いだした。そして、お互いに手を取り合って立ち上がって、またくるくると。

 それに大人達も顔を見合わせて、微笑みあい、今度は彼らを囲むようにして踊り始めた。

 こうして王宮舞踏会は大団円を迎えたが。

 一人、面白くない顔の王妃ザビアだけが残されたのだった。




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