兵器
「恐るべき生き物でございました。五台あった荷車の、二台が半刻(30分)のうちに壊され、荷物の半分近くを失いました。奴隷、見習い、案内人といった人足も四人殺され、護衛の者たちの武器も効かぬといった有様。執念深く、ラバに負けぬ粘りを持ち、馬よりも足が速く、いくら荷車を飛ばしてもふり切れぬのです。闇の中、護衛たちが一人、また一人と、老人の歯がぬけるようにその数を減らしてゆきます」
テュルカを前の荷台、サントングという目のきく若い戦士を後ろの荷台の上にのせ、二人にテュルカの矢をもたせる。
テュルカに五本、サントングには三本。
サントングもまた弓の名手であるが、矢数の少なさは如何ともしがたい。
ティグルは前の護衛につく。
心許なきは後ろの荷車になるが、商隊で最も守らねばならぬの資産は、雇い主のエラゴステスの命だ。
「テュルカ、やつの目を狙えるか!」
「無理だ。最初の攻撃でも、目を狙ったが、あやつそれを読んで頭を傾げたのだ」
憎たらしいほどの、戦い上手である。
毒矢をどれほど撃ちこんでも、消耗した様子すらない。
我知らずうなり声が出た。
打開策が見当たらない。
これではただなぶり殺しにされるしかない。
――せめて槍があれば。
“獣”は四肢が長かった。
攻撃は牙と前肢の爪。
牙は必殺の武器だが、それよりも厄介なのは機動力と前肢の長さだ。
槍なら、それに対抗できるのだが。
槍がない訳ではない。ただ、あの獣には使えないだけだ。
「――投げ槍を、使う」
テュルカが渋い顔で言う。
「弓よりも動作が大きく、遅い。あの獣には、効かぬぞ」
「先端に剣を括りつける。簡易だが、槍になる」
「穂先と槍身が合わぬ。振ればすっぽ抜けよう」
「穂先側を削って成形する。あとは抜けぬよう聖霊に祈る」
ティグルが荷物から投げ槍を引っぱりだす。
商隊が用意した打突武器で、一番の長物である。
投げ槍は長さにして五トルーキ(1.5メートル)ほどだが、先端一トルーキが細い銛になっている。
穂先として使うには華奢すぎて、あの獣に相対するには心許ない。
役に立たぬ銛はねじって外し、先端を二つに割る。
それからカウワの柄の目釘を抜く。
刀身のみになったカウワの手元に当たる
ぐらつきのある先端を、エラゴステスの商品の皮紐で固く締め、さらに縄で縛る。
数度振るう。
風切り音がうるさいほど強く振ったが、ぐらつきはほぼなくなった。
「よし。これで戦う」
「前反りの剣では刺せぬ。
ティグルは切っ先をにらむ。
「それでも、一歩二歩の距離がかせげる。それが生死を分けるやも知れぬ」
テュルカは黙った。
こんな極限状況、できる事はすべてやっておきたいという気持ちは、痛いほど解ったからだ。
カウワはティグルの故郷である、北部の山岳民族の短剣だ。
彼ら戦士は、それを自らの魂のように大切に扱い、磨く。
護衛達の剣を、自分のカウワと同じ作業で一人ずつ槍に換装させる。
一度に全員換装させては、こちらの戦力の空白を生む。
獣が三度目の襲撃を行ったのは、二人目の作業の最中だった。
「右翼!」
サントングが大声で知らせる。
闇に耳をすませる。
シュウシュウと吹子のような荒い呼吸が聞き取れた。
そちらに、岩々を陰に獣が並走していた。
「山神よ、戦いに挑むこの身に戦士の加護を!」
作業中の戦士、ラオンガビが目釘をそっと懐にしまい、中子に直接布を巻いて持ち手とする。
目釘穴に糸を通し、持つ手ごとぐるぐる巻きにして固く縛り、武器の脱落を防ぐ。
この“獣”に相対して、武器を失うことは命を失うも同じ。
矢は効かぬ。
となれば白兵しかない。
「まず人足を守れ! 次に荷を守れ! 最後に己の命を守れ! あと数刻で夜が明けよう! それまで生き延びよ!」
自分たちの命が風前の灯火であることを知りながら、それでもあきらめぬ姿勢をティグルが見せる。
それが長の使命だ。
――夜が明けて、何があるのか。敵は強大すぎる。
疑念が浮かばないでもなかったが、ではそれをぶつけて何になるというのか。
護衛稼業に身を投じるもののほとんどが、出身地の戦士である。
生命が尽きる瞬間まで戦うからこそ、彼らは戦士なのだ。
「来るぞ!」
みな獣を注視していた。
どこかで仕掛けてくるとは思っていたから、前方の巨大な岩には注目していた。
――あれが長い時間視界をふさぐ。獣はあそこで仕掛けてくる。
「先頭! 速度落とせ!」
ティグルが指示を飛ばす。
エラゴステスが手綱を引く。
有事にあって、商隊の命令統帥権は生存のため自然ティグルへと移っている。
前方を獣が全速で横断した。
速度を緩めねば、衝突されていたであろう。
目標を失したと知って、獣が急角度でこちらに向きを変える。
エラゴステスが正面衝突を避けるため、進路を右へ取る。
ティグルが飛びおりる。
「白兵だ! 武器を持つものは車を降り、時間を稼ぐ!」
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