ふくろうやとも語らう

一の八

【ふくろうや友と語らう】



赤提灯が揺れる。


目の前にある店は、こぢんまりとしているが懐かしさを思わせる雰囲気があった。



けれども、店に踏み込むのを躊躇している自分がそこいた。




ただ、友と会うだけ、それだけ。


緊張している様子を見せまいと呼吸を整え、店へと足を踏み入れる。




店に入るとまだタケの姿が見えなかった。


ちらりと腕時計に目をやると、予定していた18時を回っていた。



すると、ポケット中でスマホが震える。


”悪い、仕事が長引いちゃって。もう終わるから。遠慮なく、先に始めてて”



「いらっしゃいませ!お好きなお席にお座りください」

定員さんの明るい声に導かれ、カウンターの席に腰を落ち着ける。



久しぶりの再開にどんな事を話すのが正解なのか考える時間が出来た。

けれども、どこか気まずい感覚が胸の中に漂っている。




高校の頃ことが頭の中で駆け巡る。


あの日、親友から打ち明けられたあの話が。



「おれさぁ、好きな子が出来たんだ」

「おお、だれよ?」

「まぁまあそう焦らずに。どこから話そうかな。うーん、そうだなー好きになった理由からでもいい?」


「いや、そういうのはいいから早く言え。」

そんな些細なやりとりもタケとの楽しい時間だった。


「たくっ、焦る男は嫌われちゃうぞ。じゃあ、言うぞ」


「……き」


その名前を聞いた瞬間に世界が霞むようにぼやけた。


「そうなんだ…」

タケが好きな子は、よく知っている子だった。


なぜなら、俺も好きな子だったから。



「そうなんだ」

その場では、なんとかタケに変な様子を見せまいと。

場を取り繕うも、内心は、複雑な気持ちでいっぱいだった。


「明日、告白しようって思う」

タケは、真っ直ぐな目をして僕の顔を見て言った。


「がんばれ」と言葉では応援していたけど、


タケがこのあとどうなるのかその答えを知っていたから、

親友の目をしっかりと見ることが、出来なかった。

なんて卑怯なんだと自分を責めるもそんな声もタケの耳には届いていなかった。



次の日になり、

タケは、僕の姿をみとめると、

真っ直ぐな目を向けて、まっすぐに近づいてきた。


「なんで、言わなかったんだ。」

その言葉を吐き捨てると、

僕の前から離れていった。


タケとは、それから何年も話すことは無くなった。


正確に言えば、なんだか気まずさを感じて自分から距離を取るようになっていったのだ。



卑怯なまま大人になりきれなっか僕は、

大事な親友を心の中で失ったという

喪失感を残したまま、歳を重ねた。



それから僕はなんとか社会人になることができた。


社会人になって、再びの彼女が出来た。


タケと揉めたあの時以来、誰かと付き合うこともなくこのまま一人で最後死ぬんだろうなとか考えて矢先だった。


この喜びを誰に伝えようかと、

スマホの画面から連絡先を広げてみると

タケの名前に目がいった。


今だったら、昔のことなんて忘れて普通に話せるはずだ。

そうに違いない。

自分の中であの時の事はもう終わったんだろう?

問いかけながら。


決定ボタンを押して、ダイヤルをかける。


だが、着信が鳴る前に電話を切った。


久しぶりの連絡に

こんな事で連絡するのも馬鹿らしくなってスマホの画面を閉じた。




それから何年もして、俺にも小さな命を授かることが出来た。

エコーに映る姿を何度も確認しながら、早く大きくなれよ。

願った。


いつも気が早すぎるんだからと、

妻に叱られてばかりだった。

               

予定日は、11月22日


いい夫婦の日か…


あいつの誕生日と一緒だな。



妻が言った。

「ねぇ、そろそろ引っ越しとか考えない?三人だと少しこの部屋狭いと思うんだけど…」


「引っ越しか。そうだね、今度の日曜日に部屋、探しに行くか!」

「やったー」

妻が喜ぶ姿を見て、俺もパパになるのか。





次の日曜日、近くにある不動産にお腹を抱えた妻と訪れると、

受付の女の子が、慣れた様子で席を案内してくれた。



「少々お待ち下さい。今、担当のものが参りますので」

「分かりました」


妻とは、どんな部屋がいいかな

ロフトとかほしいよね?

ベランダとかは南かな?


妻とそんな会話をしていると、


「大変、遅くなりました。」

聞いたことのある声が聞こえた。


視線を声の方に目を向けると。


驚きのあまり声を失った。



「ここで働いてたのか」

俺は聞いた。


「まぁね。それよりも、もしかして、赤ちゃん出来たのか?おめでとう!」

タケが問いかけた。


「ありがとう」

「いつ結婚したんだ?」

「去年の暮れかな」

「そうか、それでその子はいつ生まれるんだ?

「予定日は、11月22日」

「11月22日!まじか!」

タケの嬉しそうな顔を見て安心した。



「そうか、それで部屋、探してるんだな。よし、おれが今の二人とっての最高の部屋を探してやるよ!」


昔と変わらないタケの姿になんだか胸が張り裂けそうな気持ちになった。


「もっと、色々と話したいな。今度、時間ある時に飲みにいこうぜ。」

タケは、昔と変わらない距離感で誘ってきた。




「今は、こんな状態だからな。中々すぐって訳にはいかないけど」


それからまた会う約束をした。


それから一週間後


「内見にどうですか?」とメールが入った。


メールに添付されていた部屋はどれも条件を満たしものばかりで理想に近いものばかりだ。


妻には、子供をいるお腹で何件も連れ歩かせるわけには行かず、自分一人で見て回る事にした。


テレビ電話で部屋の様子を伝えながら、一つ一つ見て回った。



キッチンも広い。ベランダも南向き。それに近くに幼稚園もある。


よし、ここにしよう!

と決心をすると、電話の向こうの妻も「ここがいい」

と同じ意見だった。


「よかった~この部屋、他に狙っているお客さんがいて早くしなきゃ〜って考えてた所だったから」

「そうなんだ。よかった。ありがとう。」


すると妻が言った。

「そうだ、この前の約束、今日行ってきたら?」

と妻が言う。



この前の約束?

ああ、あの事か


「今日でもいいぞ」


なぜか乗り気の親友となりで妻のことを考えていた。

「私なら大丈夫よ」

妻の優しさに甘えることにした。




「あんまり、遅くならないように帰るから」




仕事が終わるのが18時頃になるというのだが、

今日は、早く帰れるようにしておくから

あと、お店もこっちで決めておくわ。




夕方過ぎ親友からメールが入った。

お店の位置情報が送られてきた。




そこは、いつも通っているはずなのに気づかないで通りにある。

なんでもないこぢんまりとしたお店だった。



赤提灯がやたらと目につくのが気になったが暖簾を潜り、扉にを手をかけると店へと入っていった。



「いらっしゃいませ、何名様ですか?」

バンダナをした女性の店員さんが声を掛ける。


「えっと、たしか予約してあるかなって思うんですけど…」

「予約ですか…」


少しだけ不安感を募らせる。


「えっと、予約は入ってないですね。」

「お店ってここで合ってますよね?」


親友から送られてきた位置情報を店員さんに向けて聞いてみた。


「はい。ここですね」

「そうですか…えっと、じゃあ2名で」



すると、スマホが鳴った。



”悪い、仕事が少し伸びてもう終わるから。あ!先に始めてて”


たくっ

まぁ、しょうがない。



「お好きな、お席にお座りください」


カウンターの席に着いた。


店は、昔ながらという雰囲気のある店で奥の厨房では、親方らしき男性が料理を作っている。


壁には、手書きと思われるメニューが並べられていた。

どのメニューも居酒屋を思わせるものばかりで、

ちょうどここ最近は、妻が妊娠してから飲みに出かける事も無かったので、ひとり心が躍っている。



店員さんが尋ねる。


「飲み物どうしますか?」


そうだなぁ


「えっと、じゃあビール下さい!あっ、あと枝豆も」


ここのままだと一人で宴会が始まってしまいそうだ。


飲み物が運ばれてくるまで、なんだか手持ち無沙汰なので壁にあるメニューを見ていた。


すると、一枚のポスターが目につく。


どこか見覚えのある女性が笑顔を向けて、ギターを抱えていた。


「ビールと枝豆になります」


「ありがとうございます」


あの子って…





ガラガラ


「悪いな、ちょっと内見に時間取られてて」


少し遅れてきた親友は、息を切らしながら店に入ってきた。


「そんな慌てなくても、大丈夫だって」


思わずその姿に昔の影を重ね、思わず笑みが溢れる。


「いや、せっかく時間作ってくれたのに悪いだろ。お!ビールかいいね。すみません!ビール下さい!」


襟元のシャツには、汗染みが浮き出ていた。

今日も何件か仕事をしていたんだな。


「じゃあ、改めてカンパーイ」

「カンパーイ」


二人でジョッキーをぶつけ、二人だけの宴会が始まった。



「綺麗な奥さんだな。どこで知り合ったんだ?」

「えっと、そうだな…どこから話すか…」


それから、妻との馴れ初めを話していった。


何か特別な感じを思わせるがそんな大したものではなく、なんとなく出会って、なんとなく結婚して、なんとなく子供ができて…



「良かったよ!おめでとう」

「そうだ!今、お腹の写真だけど見るか?」

「おおー!見たい!」


妻から送られてきた写真を見せる。


「なんか、横顔とかそっくりだな」

「そっくりか?本当に?」

「残念ながら、そっくりだ」

「なんだよ、残念って!」


笑いながら、次のお酒を頼んだ。



「そいえば、話が変わるけど…あの子こと覚えている?」

親友がポスターを指差しながらに聞いてきた。


「ポスターの子?」

「そうそう、見て分からない?」


いや、なんとなく面影があるけど若いよな。


「娘らしいぞ!」

「娘?いや、誰の娘?ってああ…ってえっ?」



「卒業してからすぐ結婚して子供が出来たんだって。で、その子が今度メジャーデビューするみたい。」


「すごいな、自分の知っている人が有名人になるのか。」


「実際そんなに甘くないだろうからこれからだけど、頑張って欲しいな」

「そうだな、頑張れ」



「あの頃のことで話しておきたいことがあるんだけど…」

「あの頃のこと?」




すると、親友のスマホが鳴った。

誰かからのメールだろうか。


「高校生のころ好きな子がいたろ?」

「ああ、その話か?」

「それをずっと謝りたくて」

「なんも、謝ることなんかないだろ」


しっかりとタケの目を見て言う。

「告白するって言った次の日めっちゃ怒ってたじゃん?」

「あれは、なんでそんな嬉しい事を俺に隠してるんだって思ってな。なんだか寂しかったんだな。あの時のおれは。」


何もなかったかのようにタケは笑っていた。


「で、さっきの誰からだったんだ?」


「ごめん、嫁さんからだわ」

照れくさそうな顔をしながらつぶやく。



「えっ?結婚してたの?」

「あ、言ってなかったっけ?」

とぼけた顔で言った。


「いや、聞いてないわ!」

「あと、これがウチの子です。」


タケは、

スマホの待ち合受けをこちらに向けた。


「子供までいるんかい!」

「子供までいました。」


そっか、結婚してたんだな。

俺が知らない間に色々な事があったんだな。




「まだ、今年産まれたばかりだから俺たちの子って同級生になるな」

「そうか、同級生か」


「どんな、大人になるか楽しみだな」

「仲良くしてくれよ」


再びジョッキーをぶつけて乾杯をした。


「ちょっとトイレ行ってくる」

親友は、用を足しにトイレへ行った。



ホーホーホーホー


時計が21時を知らせる。

変わった音だな。


時計を見ていると、店員さんが教えてくれた。


「これ、フクロウの鳴き声なんです」

「フクロウ?なんでフクロウなんですか?」

「フクロウは、幸福を運ぶ鳥と言われているので」


「そうなんですね」


トイレから戻ってくると、親友が聞いた。

「時間、大丈夫か?」


「時間、そうだな。たぶん、大丈夫」

「知らないぞ。ちゃんと一言、伝えておけよ」


「じゃあ、ちょっと電話してくる」


少しだけお店の外に出た。


来る前は、茜空の夕暮れも

今では、すっかりと日も落ちていた。


「今夜は、満月か…」

なんだか、今まで事を光の方へ導くように輝いている。



陽気になった親友と仲良くなった店員さんの話し声が聞こえた。


心の中で妻に謝ると、

宵の深い夜になりそうだ。


再び席に着くと、昔話に花を咲かせた。

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ふくろうやとも語らう 一の八 @hanbag

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