第13話


 グスターヴはその日、遅くまで仕事をしていた。本来ならこの時間帯に仕事はしないが、今日は特別だ。


 執務机を指で、苛立たしげに叩く。


 遅い。一体いつまでかかっているのだ。


 そんなグスターヴの気持ちを汲み取ったかの様に、扉をノックする音が聞こえる。


「入れ!」


 少し強めの語気で入室許可を出すと、オロオロとした執事が部屋に入ってきた。


「グスターヴ様、お客様です」


 ようやく来たか、と思った。ニーナに対して、実力行使の命令を出してから、一向に報告がなかったが、夜もふけるこの時間帯になって、やっと報告がきた。


 しかし、部屋に入ってきた人物を見て、グスターヴは思わず座っていた椅子から、腰を浮かしてしまった。


「ニーナ・ウォーカー!」


 無意識にその人物の名前を、口に出してしまう。


「はじめまして、私のことを知って頂いているなんて光栄ですわ」


 ニーナの軽やかな挨拶に息を呑む。そして、ニーナの後ろからやってくる一人の男に目がいく。


「アランと申します。ニーナの協力者です」


 笑みを浮かべた男の言葉に悪寒が走る。グスターヴは昔から感が鋭かった。そして、その感が告げている。目の前の男はやばいと。


 執事がどうして、この者達を案内したのか不明であった。それどころか、組織の手から逃れられていることが、驚きだった。


「彼を怒らないでやってくれ。我々に脅されて無理やり案内させられたんだ」


 グスターヴの疑問に答えるように、アランが口を開いた。


 少し震える執事の肩に、アランがそっと手を置く。


「もう、行っていいぞ」


「はぃ・・・」


 執事は震える声で返事をして、その場から去っていく。


 勝手に立ち去るな、とは思ったが。男の雰囲気に当てられて、言葉が出ない。


「失礼するよ」


 アランは部屋に置かれていたソファに、ニーナと共に腰を下ろした。


 まるで自分の部屋であるかのように、くつろぐアランに、グスターヴはなんとなくではあるが状況を理解した。そして、グスターヴもまたアラン達にならい、彼らの対面に腰を下ろす。


「それでいきなり押しかけてきて何のようだ」


 アランはその言葉を待っていたかのように、懐から紙束を取り出した。


「お前がブラッドを利用していた証拠だ」


 動揺していることが分からないように、気をつけて口を開く。


「何を言っているのだ?」


「分からないか?お前がブラッドに依頼していたことを、・・・彼は証拠として残していた。そして、ブラッドを倒した我々がそれを手にした」


「見せもらっても?」


「ああ、構わない。しかし、変なことをすればブラッドのように、永遠に頭と体が分離することになるぞ」


 目の前に座るアランの顔をじっと見つめる。


 グスターヴは、これまで海千山千の人間を見てきた。そんな自分だからこそ理解できる。こいつは本気だと。


「ああ」


 グスターヴは搾り出すように返事をして、紙束を受け取る。


 中身を確認すると、そこにはグスターヴがブラッドに、命じたことが書かれていた。


 あいつめ、万が一に備えて、証拠を残していたな。


 心の中に湧き上がる熱を収めながら、冷静に思考する。

 この紙束だけでは何の証拠にもならない。しかし、ここに書かれている事柄を、他の出来事と繋げていくことで・・


 チラリとアランを見つめるも、彼は黙ってこちらの反応を待っている。


「お前達の要望は何だ?」


「二つある。一つ目がニーナへの手出しをやめること。二つ目がこにらの要請に出来るだけ協力すること」


「断ったら?」


「俺たちは別に何もしないさ。だが、権力者であるあんたでも、捕まることになるかもしれない」


 アランの顔を見るが、その表情から感情を読み取ることはできない。


「ちなみに、その紙束の入手先の組織だが、既に壊滅した。この意味が分かるな?」


 グスターヴは、奥歯をぐっと噛み締める。


 何んだ。何なのだこいつは。ニーナの周辺人物で、こんなやつはいなかった。だが、だが・・・。


 グスターヴは力無く頷き、アランに手を差し出すのであった。




 その後、少し話して、その場は解散となった。


 グスターヴはアラン達と別れた後、外出の準備を整える。屋敷に仕えている護衛を呼び出し、連れて行こうとする。しかし、全員が気を失っており、使い物にならなかった。


 グスターヴは心の中で舌打ちして、一人で出かけることにした。これでもある程度、武術の心得はある。


 夜の街を歩く。一人で外に出たのは、いつ以来か。夜の独特の風も、そして、この全てを包み込んでくれるような闇も、普段であれば心地よい。


 だが、今日は違う。全てが不快だった。


 夜道を進んで、ブラッドが拠点としている酒場へと到着した。汗で湿った手で、店のドアのぶを握り、室内へと入る。中では複数の男達が倒れていた。全員が気を失っており、店内には静けさが漂っている。


 そんな男達を尻目に、グスターヴは隠し扉から、組織の事務所がある地下へ入っていった。


 冷たい風が頬を掠める。嫌な予感はするものの、進まないわけにはいかない。


 自分の足音しかしない通路を、ゆっくりと歩く。暫くすると拘束された男達が目に入る。


 その数は数十人にも及ぶ。これをアランという人物がやったのだろうか。信じらられない。これほどの強さを持つ人物ならば、何らかの形で、グスターヴの耳に情報が入っているばずだ。


 そんな思考をしているうちに、ブラッドの執務室にたどりついた。中から強い血の匂いがする。ゆっくりと扉に手をかけ、中に入ると・・・


 首を落とされたブラッドが床に伏していた。近くには首が転がっている。そして、その首はブラッドのもので、間違いないなかった。切り落とされた首は苦悶に歪む訳ではなく、どこか不思議そうな顔をしている。


 なんて技量だ。おそらくブラッドは、首を刎ねられたことに気がつかないまま死んだのだろう。


 そう思った瞬間、背筋にぞっと寒気がはしる。ブラッドは、固有能力を開花させるほどの凄腕の人物だ。そんな強者を、ここまで圧倒して殺すことができるとは・・・


 グスターヴは、己の犯した過ちを後悔しながら、その場を後にするのだった。

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奴隷の王様 本郷 @EMOTO

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