第3話

 アランの決意から一ヶ月後、二人は人間の国であるサンクレア王国に所属するサクセスという街に向かっていた。


 目の前では、多くの者が街へ入るため、城門前に列をなしている。


「俺の変装は完璧かな」


 アランが髭を撫でながら呟く。


 そんな様子を呆れたように見つめていたエマは、黙ってアランの付け髭をむしり取った。


「いっ、」


 痛かった。何の躊躇いもなく付け髭がちぎられたため、アランの皮膚は赤く腫れてしまった。


「何するんだ」


「逆に怪しい」


 キッパリとした口調で言われては、反論できない。


「しかしだな、万が一にでも魔王ということがバレたら」


「ない」


 最後まで言い切る前に、否定された。


「今のアランを魔王だと思う人は誰もいない」


 そこまで言われると流石に凹む。だが、エマの言おうとしていることも理解できた。


 魔人と人間の違いは体内に魔力を発生させる核があるかどうかだ。核があれば魔人、なければ人間だ。その核は体にも影響を及ぼす。


 魔人によってと異なるが、アランとエマはかつて頭から二本の角が生えていた。


 しかし、今のアランに角はない。それどころか魔人の特徴である核するなかった。


「今だに理由が分からない」


 勇者からの攻撃により、核を失ったことは確かである。それで何故生きていられるのか分からない。


 魔力を生み出す核がないいまのアランは、果たして魔人と呼べるのであろうか。


「今のアランはどこから見てもただの人間。万が一バレるとしたら私」


 エマは自身の頭をさすりながら、話題を変えるように言った。彼女がさすっている頭にも角はない。


 エマは自らの能力で角を隠しているのだ。


 



 入場のために並んだ列が、徐々に前へと進んで行く。ついにアランとエマの順番となった。


「次!」


 門兵の掛け声で二人は前へ進む。


「身分証を」


 身分証に関しては、ここまでの道中で、エマが偽装してくれた。


 二人で街へ向かっているある夜、エマが自信満々に二枚のカードを手渡してきた。


「私の特技の一つ」


 膨らみの薄い胸を張ってエマが告げる。普段はクールであるが、このように自慢げに語る仕草はなんとも愛くるしい。


 彼女を褒めつつ、その身分証を受け取る。器用なことは知っていたが、身分証という精巧な物まで作れるとは、思っていなかった。


 感心しながら身分証の中を見ると、そこには商人という記載があった。


「商人にしておくと色々な街に移動しやすくて便利」


 確かに商人としておけば様々な街へ行きやすいだろう。


 しかし、どうだろう。詳しくは知らないが、商人と名乗るためには一定の条件があったはずだ。それも達成することが難しい条件だ。


 鏡で顔を確認する。大きくてきりっとした黒目と黒髪の二十代前半にしか見えない青年が、果たして商人と名乗って怪しまれないだろうか。


「威厳。堂々としていれば問題ない」


 エマが飄々と言ってのける。なんともまあ、簡単に言ってくれる。


 アランは疑わしそうな目でエマを見て、身分証を使うその時まで、威厳を出す練習をひっそりとしていた。



 その練習のせいかか、はたまた、疑われると考えていたことが、心配のしすぎであったのかは分からないが、無事通過できた。


 よかった。よかった。


 こんなところで捕らえられていたら、シャレにならない。




 門を通過するとと大きな広場にでた。


 至る所に商人や、旅人を運ぶための馬車が置いてある。見渡す限りの馬車が並んでいる光景はまさしく圧巻だ。


 この馬車がここから人や荷物を乗せて旅立つのだろう。


 そして、馬車の山を抜けると、レンガで作られた赤茶色の住宅と、その間を石畳の道が通っていた。


 道の周囲には露店が立ち並び活気がある。


 アランは周りの景色をゆっくりと見渡しながら歩いた。色々な情報を仕入れていたアランは、人間の文明や技術に対してもある程度の理解がある。



 アランの想像する街の様子と目の前に存在する街に大きな違いはない。ただ、一点を除いては。


 目を伏せがちにしながら、その変化した部分を見る。


 奴隷だ。奴隷がいた。


 数年前まではいなかった、鎖に繋がれた奴隷魔人が街には数多くいた。


 痩せこけていて、身なりもおおよそ通常の生活がおくれているとは思えない。


 ボロ布に身を包み、頭から生えている角が折れてしまっている者もいる。


 事前にエマから聞いていたとはいえ、その光景にアランは心を大きく揺さぶられた。


 その中でも際立って目を引くものがあった。


「おら、さっさと歩け!」


 視線の先には野太い声で、奴隷に罵声を浴びせる大男がいる。口髭をはやし、悪人ずらの巨漢男はいかにも悪そうな風貌をしていた。


「は、はぃ」


 弱々しい声で、その怒声に返事をしたのは、奴隷の鎖に繋がれた魔人である。


 魔人は首と両手、両足に鎖をつけられ。非常に歩き辛そうにしている。体も至る所に傷があり、見ていて痛々しい。


 大男は無理やり鎖を引っ張る。案の定、魔人は転んで地面に倒れた。


「転んでんじゃねぇよ!」


 大男は魔人の顔に蹴りを入れた。


「うぁ、・・」


 魔人は声にならないうめきをあげ、必死に立ちあがろうとしている。


 しかし、そんな姿を見て、大男はニヤニヤと笑い、今度は拳を振り上げた。


 周囲には耳を塞ぎたくなるような鈍い音が響き渡る。


 蹴りが鳩尾に入り、拳が顔に振り抜かれる。まごうことなき暴力がそこにはあった。


 周りにいる魔人は、その光を失った目をそむけている。また、周囲の人間は無関心を決め込む者と、愉悦の笑みを浮かべ、その光景を楽しんで見ている者とでわかれた。


 アランは自らの震える手を押さえるのに必死であった。


 自分自身を抑えていなければ、この大男を今すぐにでも殺してしまいそうである。


 大男の醜悪な顔がさらに狂気に歪む。


「今日はむしゃくしゃするな!な!な!」


 魔人の髪を掴んで自らの顔に近づけて叫ぶ。


 魔人は震えて声をあげることもできなかった。


 顔が恐怖に染まっている。


 その様子が面白くなかったのか、大男はポケットからナイフを取り出した。


 銀色の刃先がきらりと光る。


 アランはその様子を見て、思わず飛び出しそうになった。


 その先に待ち受ける最悪の未来を避けるために、体が勝手に動きだそうとしたのだ。


 しかし、動き出す前に救いの女神は現れる。


 それは長い金色の髪に、紫色の瞳を持った女性だった。


「そこまでです!」


 凛とした声の先には、鋭い視線で大男を睨みつける一人の女性がいた。





 突如として現れた女性は素早く大男の元まで歩み寄り、膝をついて魔人と目を合わせる。


 紫色の瞳が少し揺らいだ気がした。


「大丈夫ですか?」


 先程の凛とした声とは違い、今度は優しい慈愛に満ちた声が辺りに響いく。


 その女性は暴行を受けていた魔人に、大きな怪我がないことを確認すると、立ち上がり大男を睨め付ける。


「奴隷への過度な暴力は法律で禁止されています!」


 大男はその女性の眼圧に、一歩も怯むことなく言い返す。


 「暴力ではなく躾だよ、お嬢さん」


 どちらも一歩も引かない。一触即発の空気が流れるなか、そんな雰囲気を甲高い笛の音がぶち破る。


「おい!お前ら何をやっているんだ!」


 警笛を鳴らしながら、駆け寄ってきたのは街の衛兵であった。


 衛兵は二人の間に割り込むようにやってきて、両者を引き離す。


 衛兵の一人が女性を見てため息をついた。


「またあなたですか。いい加減にしてください」


 どうやら女性とは顔見知りのようだ。


 へきへきしたように彼女に言葉を投げかける。


「騒動を起こされると迷惑なんですよ」


 その言葉を言われた女性はムッとした表情をして反論をする。


「迷惑とは何ですか。私は、・・・私はただ当たり前のことを主張しているだけです」


 衛兵はチラリと蹲っている魔人と大男を見て口をひらく。


「分かりました。・・・二人ともこれ以上の争いはやめてください」


 その言葉に周囲の空気が弛緩する。


 大男は「ちっ」と舌を鳴らし奴隷を引き連れて歩き去った。


 女性もまだ何か言いたそうな顔をしたが、大人しく引き下がった。



 アランは一連の流れを見て、その女性に大変興味を持つのであった。

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