成化身神ーナルカミガミー

華想 和真

神の世界

01.我思う。己とは何ぞ? ここは何処ぞ?

 目を開けると、薄暗い小さな部屋にいた。そこにポツンと立っている自分。


「ここはいったい……」


 周りをキョロキョロと見回してみる。机とベット、ドアに窓、クローゼットといたって特徴ない部屋である。

 全く見覚えのない空間。外が気になり、窓から身を乗り出して周りを見回してみる。そこには、何の変哲もない住宅街が広がっているばかりで、人は一人も見当たらなかった。

 顎に手を当てて、ここにいる理由を考えてみる。思い出せるのは知識としての記憶。

 簡単に言えば、学校で習った知識や、生活していて身に着けてきたであろう経験のみ覚えていた。

 しかし、自分に関する一切が思い出せない。まるで意図的に切り取られたかのような記憶の空白。


「なんか嫌な感覚だなぁ」


 誰がなんのために、自分をここに連れてきたのか。そして何故、自分に関しての記憶がないのか。

 適当に机の引き出しを出してみたり、クローゼットを開けたりしてみる。すると、クローゼットの中に大鎌一本と、その鎌を持ち運ぶためなのだろうか、肩掛けベルトが入っていた。

 不思議に思いつつその両方を手に取ってみた。その時。


 ――与エラレシ職ハ『死神』。職務ヲ全ウセヨ。


 どこからともなく、というよりも頭の中に声が聞こえてきた。


「いや……アニメかよ!? てかなんだよ死神って!? 不吉極まりないなぁおい!」


 思わずツッコミを入れて叫ぶ。しかし、先ほどの声が再び聞こえることはなかった。

 やりきれない気持ちで鎌を投げた。無造作に転がる鎌をよそに、ベッドに正面から飛び込む。フワッとしたシーツに顔を埋めてクソデカため息。

 少しの沈黙の後に顔を上げて、ドアの方を見つめる。


「行ってみるかぁ……」


 何が起こるかわからないが、ここでウジウジしていても何にもならない。気怠い体を起こしてドアの前に立った。我ながらすごい切り替えの速さと行動力である。


「あっ、一応この鎌ももってこ」


 肩掛けベルトを着用し、鎌を背負った。

 少し緊張する手で、ノブを回してドアを押す。キィーという音と共にドアが開いていく。


「……鍵かかってないんだ……いやほら、こういうのって、鍵かかってて、部屋の中で謎解きしてから出る的な? 脱出ドッキリみたいなやつだと思うじゃん。キィーって何よキィーって……」


 予想外のドアの動作にツッコミを入れながら、先の廊下に足を踏み入れる。左は突き当たりに大鏡、右は下に続く階段。

 こういうのは、先に行き止まりの方から探索して、ゲームマップを埋めるものだ。

 と言うことで一旦左奥の大鏡の前に立ってみた。が、映った自分の姿に、思わず尻もちをついた。


「ッ! なんでこんなに……白いんだよ……」


 大鏡に映った姿は、白パーカーに紺のジャケット、ジーパンを履いている。しかし、服から覗く肌は、全て白一色に染まっていた。

 白髪はくはつに真っ白い肌と目、唇。まるでマネキンのような様相の自分。


「本当にどうなってんだよこれ……」


 息を呑んで、震える指先で頬をなぞった。感触はサラッとした人間みのある肌だ。

 その二つのギャップに、冷や汗が噴き出るような気持ち悪い感覚。深呼吸をして気持ち悪さを紛らわし、もう一度考える。

 そもそも自分とは何者なのか。どうしてこんなところにいるのか。


 ――わからない。


 わからないからこそ、嫌悪感がどんどん増していく。少しでも気を抜くと、おかしくなってしまいそうだ。


「よし……今は現状把握だけに専念しろ俺ぇ……」


 深呼吸をして、気持ちを整えてから立ち上がる。下唇を嚙み、階段の下の方までゆっくりと進んだ。

 階段を降りたすぐ正面には、玄関らしきドア。少し右を向くと、降りてきた階段の脇に伸びた廊下。その奥に、威圧感のある大きい扉と、廊下の中程に二階と同じようなドアがあった。

 そして、奥の扉は、この位置からでも、異様なことがわかる。気になったので、近寄ってじっくり見てみる。


「日本の鬼に、西洋の天使? おいおい、どういう世界観なんだよこれ?」


 扉の左側には、日本古来の絵画でよく目にする鬼の彫刻。右には、西洋の石英を削って作ったような、背中に翼を生やした天使の彫像。その二つが、対比するように飾られていた。


「地獄か天国か……どっちにも繋がってそうな扉だな」


 苦笑いで評価しつつ扉を開けてみる。その途端、ものすごい風が、扉から入ってきた。


「ちょっ! 風すごいな!」


 風に押されながらその向こうを覗いてみる。目に入った光景に、開いた口が塞がらなかった。一面に広がる青空と、燦々さんさんと輝く太陽。今日も世界は快晴である。


「なんだ、普通に外出られるじゃん!」


 見慣れたような光景に安堵して、扉の先へと一歩踏み入れたその時。


「あれ? 地面が……おあああああ!!!」


 慌てて扉の取手にぶら下がり、チラッと下を見る。そこに立てる地面は無く、見えるものは無数に漂う雲と、その遥か下に広がる街のようなものだった。


「わぁ〜、なにこれぇ~」


 段々と血の気が引いていくのを、感じながら涙目になる。気が遠くなる前にと、足を曲げ、体を振り子のようにして、元の廊下まで戻った。パタッと扉を閉める。


「ハァハァ……うん。マジで死ぬかと思った。何あの高さ……こっっっわ!」


 扉の前で膝をついて、ゆっくり息を整えていく。内装からしておそらく二階建ての一軒家。その中にあんなものがあるってことは、この家が位置するのは天空ということになる。


「いや、この高さに建造物作れるはずないだろ! 世紀の大発見すぎるって! てか、さっき二階の窓から住宅街見えてたよね!?」


 訳のわからないこと続きで、自然とため息が漏れる。それからチラッと玄関の方を見た。

 今の天空扉とは違う、シンプルな曇りガラスのついたドア。


「あの玄関もなかなか怪しいな……いやでも見てみないことには……まぁ玄関なんだし、その先に家の敷地的な地面があるだろ……多分きっとおそらくメイビー……」


 恐る恐る玄関を開けてその先を確認してみる。さっき窓から見た住宅街がずらっと立ち並んでいた。


「…………本当にどういうこっちゃ?」


 窓から見たときは気付かなかったが、ビルのような高い建物は見えなく、家だけが立ち並ぶ光景。家の中には天空に出る扉。

 もうどうリアクションしたらいいのかもわからず、ただただ唖然とするしかなかった。確かにわかることは、玄関から外は歩けるということ。


「少し探索してみるか、でも全部同じような家だしなぁ〜……ん?」


 玄関の扉を閉めたとき、外側の面に黒く文字が刻まれていた。


「S-23……これは、番地? みたいなものか?」


 一応隣の家も確認してみると、S-22と記されていた。予想通り番地で間違いはなさそうである。人っこ一人いないが、しばらく探してみれば、誰かいるかもしれない。


「俺の番地はS-23っと。よし! 覚えた!」

「あら? あなた、うちの前で何してるの? もしかしてお隣さんかしら?」


 今から散策というところで、品のある口調で声をかけられた。頭に直に響いてくる声ではない生の音。半ば喜びながら振り返る。

 小さいシルクハットが付いたカチューシャに、肩に届くツインテール。白くてわかりにくいが、細い眉毛に丸っこい目。子供っぽい顔立ちからくる、小悪魔的笑顔。

 それに似つかわしくない、トイレの芳香剤の香り、デッキブラシと水色のリュック、メイド服のような清潔感溢れる全身ロリータの三コンボ。

 謎情報のオンパレード。もう訳が分からない。


 ――わぁ〜……マジで不審者みたいな人キタァ……でも色白ってことは、ここの住人……てか今、って言ってたしな。


「今あなた失礼なこと考えてない?」


 ニコッとした笑顔で、ロリータブラシの人が言ってきた。貴重な第一村人ではあったが、もうこの場から立ち去りたい。


「そんなことないですよ……うん」

「あらそう? ならいいけれど。私、丁度今仕事終わったところなのよね……良かったら私の家でお茶して行かないかしら?」


 事なきを得たのも束の間、唐突な茶会の誘いを受けてしまった。


 ――えー。なんか変な人に、いきなり誘われたんですけどぉ? ますます、怪しい。この人がいるってことは、他にも人はいそうだし、ここはなんとか理由をつけて……。


「あなた……『死神』ね?」

「え?」


 思考を凝らしていたとき、それを叩き切る、強烈な一撃を喰らった。


「その鎌……一目見ればわかるわ。にしても、いい職引いたじゃない」


 こっちの思考が追いついていないのに、さらに意味深なことをぶっ込んでくる。なんかもう怖いのでおうち帰りたい。

 少しずつあとずさりで、自分の家に帰ろうとする。


「はぁ〜、そんなに私のこと嫌いなの? まぁいいけど。でも……」


 そこまで言うと、ロリータブラシの人は、少し嫌な笑顔で言った。


「このの世界について知りたくはないのかしら?」

「神の世界?」


 聞き捨てならない言葉に足を止める。


「ええそうよ。私たちは、名前のない八百万やおよろずの神として仕事をする。それでこの世界に存在している。あなたも聞いたんじゃない?」


 ――与エラレシ職ハ『死神』。


 さっき聞こえた言葉が、頭をよぎる。


「ここでは仮に、あなたを死神君と呼びましょう。名前とか思い出せないと思うし」

「返す言葉がないな……」


 鋭すぎるまでの言葉に、苦笑いで返事をするのが精一杯だった。場の緊張感がどんどん高まっていくのを感じる。


「この世界でどう生きていくのか……知りたければ私とお茶しましょう?♡」


 ローリタブラシの人は、顔をグイッと詰めて圧をかけてきた。

 これはもう逃げられそうにない。諦めてその茶会とやらに行くことにした。


「わかりました」

「素直でよろしい!」


 さっきとは打って変わった、ニカッとした可愛らしい笑顔に少し緊張が解ける。案外いい人なのかもしれない。


「それで、ロリータブラシさんは何の神なんですか? ブラシだし『掃除の神』とか?」

「ロリータブラシィィイ!?」

「すんません……」

「……まぁいいわ」


 かろうじて許されたようだ。首の皮が一枚繋がって、ほっとする。が。


「私はね……『トイレの神』よ!!」


 そう自称するトイレの神は、ドヤ顔をして、右手親指と人差し指を顎に当て、左手でブラシを地面に突き立て、決めポーズをする。

 そのまま何事もなかったかのように、自宅に入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る