インセクト・レベリオン

熊谷 雅弘

 

 ハアハアハアハア…――


 一人の青年が、夜も明けやらぬ午前4時の市街地を、時折振り返りながら必死に駆けて行く。

 街灯だけが微かに照らす暗がりの街中は、不気味なほどに静まり返っている。


 パタパタパタパタ…――


 青年が履くフラットシューズが奏でる音が、テンポよく周囲に響いている。

 汗びっしょりな青年の表情は、鬼気迫るかのように歪みまくっている。


 「――なんなんだ、一体…」


 両手両足に全身全霊の力を込めて、青年は走り続ける。

 青年は愛媛県八幡浜市で、ご当地名物のちゃんぽん店で修業中の身だ。

 都会での煩わしい日々に疲れて、田舎暮らしを選んだ。

 そんな青年を、ちゃんぽん店の店主は、快く迎え入れてくれていた。


 ちゃんぽん店の朝は早い。

 青年が店に着くと、厨房では既に灯りが燈っていた。

 

 ――親父さん、相変わらず早ぇな…


 ゴソゴソゴソと音を立てる厨房へ、前掛けを腰に巻いた青年が、仕込みを手伝うために中に入ると――


 「――うわあぁぁッッ??!!!」


 ★


 「う――、海まで走れば…」


 八幡浜市は瀬戸内海に面していて、リアス式海岸を切り拓いた立地なので、市街地は海に向かってキツメの下り坂になっている。

 坂を駆け下りる青年の速さは相当なものだが、それを上回る速度で背後から迫るものが…――


 ブゥワアアァァ――ンン…


 重低音の耳障りな音が聞こえる後方に青年が少し振り返ると、無数の小さな黒いものが宙を舞っているのが見えた。

 それは街灯の明かりを遮り、まるで漆黒の暗闇が迫って来るかのような――


 「あっ?!――」

 

 つまずいた青年が、もんどり打って路面に転がってしまう。

 そこへ暗闇が覆い被さっていく――


 「いっ――痛てぇッ?!痛ってぇぇッッ??!!!」


 途端に全身を襲った激痛に、青年が路上でゴロゴロのた打ち回る。

 もがきまくる青年の脳裏に、店の厨房で見た光景が浮かび上がる…


 厨房の床で無惨に転がる頭蓋骨と、小さくしぼんだ白いズボン。

 そこに群がって動き回る、無数の小さな黒い物体たち…――


 ――あれは、親父さんに違いない…

 ――俺も、親父さんみたいにぃぃ…


 耐え難い激痛の連続の中で、青年の意識は徐々に遠のいてしまっていった…

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