おしゃべりな紅い蝶

小太夫

第1話 紅い蝶

 おや、あなた様も雨宿りですか。


このような森の奥で、土砂降りに遭遇しての連れができるとは。珍しい。


雨が止めば、更に森の奥に進まれる?


私めの見たところ、この地方出身の方ではありませんよねえ……どうぞ、お気をつけ下さいませ。


ーーーーまだまだ、雨は止みそうにありませんな。


あなた様はご存知でしょうか。この森に住む、危険で不思議な蝶のことを。


こうして2人が、木の影で行き会ったのも何かの縁。戯言と聞き流して構いませんけれども。


紅い蝶の話。知りたいですか?


この辺りは1年を通して涼しい気候が特徴ですが、夏はさすがに、幾らか暑うございます。


ふうふう汗をかきつつ、森を歩きますとね。


白い蝶が周りに集まってくるのです。


手の平よりも大きな蝶。1頭、2頭と、見る見るうちに数は増えていきます。


木漏れ日を反射して白銀に羽ばたく蝶々は、それはそれは美しいモノなのですが。


まとわりつく蝶を、そのままにしておくと。歩けないほどに身体が、だるくなって参ります。


そして次第に、白い蝶は紅い蝶の群れに変化してゆきます。


痛みなどは一切、感じませんが……蝶に体液を吸われているのです。特に血液が、蝶の好物でございます。


人の汗や涙、血の匂いを嗅ぎつけて。集まってくる死出の蝶。純白から鮮やかな真紅へ変化する蝶。


ここいらの夏の風物詩といえましょう。


あなた様の足元に転がる、その小ぶりな倒木。


細い細い管でちゅうちゅうと。体液を蝶に抜き取られて、干からび朽ち果てた人間かもしれませんよ。うふふ……。


雨が小降りになりましたね。


私めは、一足先に走って帰りましょうかな。いつまでもお屋敷の仕事をサボっていると、旦那様に怒られてしまう。


……蝶の話は作り話だろうって?


ああ、これ見よがしに蝶のアクセサリーなどを、私めは胸に着けていますからねえ。40も過ぎていそうな良い大人が、そんな作り話で人を怖がらせるのは悪趣味だと。


信じなくて構いませんよ?


蝶の舞う季節はまだ、これから。あなた様に危険は無いでしょう。


良い旅を。ご無事を祈りますよ。



【了】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る