第八章―護るべきもの―#2


 私は、【現況確認ステータス】を投影して、ページを繰る。


 支給品は多岐に渡っており、武具や防具、魔術を施された装身具などの装備品、傷薬や回復薬、マジックバッグのような便利道具まである。


 私が持っているものとまったく同じ【異次元収納袋】もあったので、すでにレド様に一つお渡ししてある。


 レド様がこれを使っているところを見られても、レド様が私の連れだと知っている人たちならば、おそらく私が貸したものと思ってくれるだろうし、ガレスさんみたいなレド様の立場を知っている人ならば、皇子だから持っているのだと思ってくれるだろう。


 実際、ジェスレム皇子なんて、その立場を利用して3つも手に入れたらしい。自分の側近たちにそれぞれ持たせて、宝飾品など、いつ必要になるのか判らない贅沢品を持ち歩いているとの噂だ。それが本当なら、はっきり言って宝の持ち腐れだよね。


「あった」


 目的の支給品の装備一覧に辿り着く。


 あれ、すごい。執事服、メイド服などのお仕着せなどもある。“陰の護衛用スーツ”なんていう装備なんかもあった。機能面を見ても、これ、ジグとレナスにちょうど良さそうだ。


 私が思い描いていたツールホルダーみたいなものが付いたベルトも見つけた。


「ジグ、レナス、こういった装備があるんですけど、どうですか?」

「…これも古代魔術帝国のものですか?」

「これ…、もらえるということですか?」


 ジグとレナスは驚きの表情を浮かべ、【現況確認ステータス】画面を食い入るように見る。


「とりあえず、取り寄せてみますね」



◇◇◇



「どうですか?」


 早速着替えたジグとレナスに、訊いてみる。二人の表情を見ると気に入ったようだ。


「いいですね。見た目に反して、軽くて柔らかいので動きやすいです」

「それに、ところどころ物を入れておけるのもいいですね」


 細身のジャケットとスラックス。それに、大き目のスヌード。それから、グローブとショートブーツ。


 すべて同じ素材みたいで漆黒かと思ったら、よく見ると黒に近い深いグレイな色合いをしている。


 何か、“フィクション”に出てくる忍者っぽい…。まあ、立場的には似たようなものだけど。


「それと、武具も支給できますけど、どうしますか?」

「いただけるのでしたら、お願いしたいです」

「オレも、お願いします」


 ジグとレナスに希望を聞きながら、次々に支給品を取り寄せる。ジグとレナスはそれをジャケットやスラックス、ベルトに作り付けられたホルダーへと、何処にどれを入れておけばいいか試しつつ収めていった。


 仕上げに、二人に【最適化オプティマイズ】を施す。


「…すごいな、リゼは」

「え?」


 突然、レド様に感心したように言われ、レド様が何に感心しているのか解らず、私は首を傾げた。


「この支援システムを、本当によく使いこなしている。俺だけではこうはいかなっただろうな」

「そうですか?」

「ああ。契約が成功した2度の例で、『居場所が判るようになった』としか伝えられていないのは、もしかしたら、他にも出来るようになったことがあったのに、解らなかっただけだったのかもしれないな」


 確かにそれはありうるかも…。


 前世の記憶があるから、私は何となく使っているけど、現在の文明しか知らない人たちからすれば、こんなことが出来るとは思いつかないかもしれない。



◇◇◇



 ジグが、レド様に向かって、素早い動作でナイフを投げる。

 レド様がそれを難なく片手剣で弾くと、その隙に距離を詰めていたレナスが、レド様に短剣で斬りかかる。

 レド様は半身ずらしただけでそれを躱し、レナスに剣を振り下ろした。

 レナスは次の瞬間には後ろに跳び退り、それを避ける。それを追おうとしたレド様に、ジグのナイフが襲う。


 なるほど、ジグは投げたナイフを【遠隔リモート・管理コントロール】で手元に戻し、再び投げているのか。これは思いつかなかったな。弓矢で応用できるかもしれない。


 そんなことを考えながら、三人の手合わせを横目に、私は刀の習練をすべく、元々は予備の双剣だった対の小太刀を取り寄せる。



 前世の私が修めた刀術は、一刀流、小太刀二刀流、小刀二刀流、そして薙刀術だ。


 中でも得意だったのは、小太刀二刀流だった。年に2度行われる、神に剣舞を奉納する神事で、舞を任されるくらいには、定評もあった。


 まあ、命を落とす直前に行われた秋の奉納祭では、就職活動や受験を控えた従姉たちの代わりに、一刀流とか他のも全部、私が舞ったんだけど。


 神社の一角に設えられた舞台で行う一般人に公開する舞では、刀ではなく扇を手に舞うのだが、神社の裏にあった山の中腹にある神域で行う非公開の舞は、真剣を手にして舞う。


 対の小太刀をそれぞれ左右の手にとると、その時の光景が鮮やかに甦ってきた。


 神事は秋と春先に行われる。


 前世の私は、特に春先に行われる神事で舞うのが好きだった。


 春先の神域は────四方を囲う桜が満開で、いつも桜の花びらが、ひらひらと降り注いでいた。

 一般公開の舞は昼に、神域での舞は夜に行うことになっていて、夜闇の中、ライトアップされた神域で、桜が降り注ぐ中を舞うのだ。


 気を付けていないと花びらで滑るから、秋よりも一層気を引き締めて舞わなければいけなかったけれど、それでもあの中で舞うのは格別だった。


 不思議と桜の開花がずれたり、悪天候になったりすることは一度もなかった。


 舞を彩るのは、大叔父の横笛だ。細く────でも甲高く響くあの音色が、思い出される。


 私は、無意識に小太刀の鞘を払い、耳の奥に鳴り響く笛の音に合わせて、足を踏み出す。


 舞と言っても、刀術の型をまるで連なるように辿っていくだけだ。前世で何度も何度も重複して身体に覚え込ませた型は、何も考えなくても、辿れた。


 ああ、そうだ────私はこんな風に舞っていた。


 目の前にあの暗闇と桜吹雪、そして、キラキラと煌く光の粒子が見える気がした。懐かしい光景だ。


 そうだった。前世の私は、他の人には見えないものが時折見え、舞っているといつも神域に光の粒子が桜の花びらに混じって見えたものだ。誰に聞いても、そんなものは見えないと言われたけれど。


 私は秘かに、それを“神気”と呼んでいた────



◇◇◇



 舞い終わっても、私はまだ記憶の中の────あの神域にいるような感覚が抜けなかった。


 もしかしたら、ここは夢の中で、あの記憶の中の世界の方が今も現実なのではないか────そんな考えすら過る。


 ふと顔を上げると、レド様、ジグ、レナスの三人が、何故か呆然とした態でこちらを見ている。


 どうしたんだろう────そんな疑問が湧き上がったのもつかの間、私は視界に漂う“神気”に気づいた。


 え、何で?────何でこれがまだ見えるの?


「リゼ?どうした?」


 パニックに陥る私に気づいたレド様が、駆け寄ってくる。


 レド様を取り巻いている“神気”に似た強く煌く光の粒子に、さらにパニックになる。ジグにもレナスにも、レド様ほどではないが煌く光の粒子が取り巻いている。


 これ…、もしかして────レド様が仰っていた、性根が具象化されて見える現象…?


 それに────辺りを漂うこの“神気”は…、もしかして魔素?


「え、ええっ、どうして見えるの!?」

「リゼ!?」

「レ、レド様っ、どうしてか急に、レド様と同じように魔素とか人の心根が見えるようになってしまったみたいで…っ」

「リゼ、落ち着け」


 レド様に強く肩を掴まれ、正気に返る。


「何か、心当たりはないのか?」

「前世を思い出しながら────舞っていたせいでしょうか…。

多分、これは前世の私に備わっていた“霊視能力”ではないかと思うんです」


 そうだ────“霊視能力”。


 前世の私は、神域での光の粒子や、街中で見かける靄みたいなものが、気のせいに思えなくて、調べてみたんだっけ…。と言っても、ネットや文献を当たる程度だったけど。


 霊視能力で思い出した。【現況確認ステータス】に記載されていたアレだ…!【固有能力】という欄に記されていた【アストラル・ヴィジョン】。


 【現況確認ステータス】を確認すると、以前は『顕在化セットアップ・未』と追記されていたのが、無くなっている。まさか、【顕在化セットアップ】されたってこと?


「嘘でしょう…?」


 これから、ずっと────人の性根を見続けなければならないの?


「リゼ、こちらを見ろ」


 呼ばれて、条件反射的にレド様を見る。


「やはりだ。瞳に魔力が集まっている。これは“能力”だ。俺の神眼とは違う。おそらく、任意で解除が出来るはずだ」

「本当ですか…?」

「ああ。やってみろ」

「はい。───【アストラル・ヴィジョン】解除」


 お願い、どうか解除できますように────そんなことを思いながら、目を瞑って言葉にする。


 恐る恐る瞼を開けると────漂う魔素も、レド様たちを取り巻いていた光の粒子も消えていた。


「よ、良かった…」

「見えなくなったか?」

「はい…。ありがとうございます、レド様。───ああ、本当に良かった…。レド様たちの綺麗な光はともかく、皇妃みたいな人たちの汚れた性根を一生見続けることにならなくて……」


 心の底から安堵して、息を吐いた。


「そうだな。あんな汚いもの、リゼは見なくていい」


 レド様は、皇妃たちの濁った性根を思い出したのか、眉根を寄せた。



「…ところで、先程のは、舞────なのか?」

「あ…、見られていたのですね。そうです。前世の私が神官の家系で、そのために剣術を修めたことはお話ししましたよね。その関係で、年に2度、神に剣舞を奉納する役目を任されていたんです。刀を持ったら、そのときのことを思い出してしまって───」


 この身体で舞うのは初めてのはずなのに────自然と身体が動いていた。


「そうなのか…。すごく───綺麗だった。思わず手を止めて…、見惚れてしまうくらい────」


 レド様が、噛みしめるように言う。驚いてレド様を見ると、レド様は熱のこもった眼で私を見つめていた。


「あ、ありがとうございます…」


 私はそう返すのが精一杯だった。レド様のその眼差しに頬が火照っているのが判る。絶対、赤くなってるはずだ。


「それで…、カタナとやらは使えそうか?」

「あ、はい。元々、足捌きや間合いの取り方、剣の振り方などは、前世で修めたものを参考にしていましたから、後は、刀の重さや長さ───それに、斬り込む際の刃の一番いい角度などを身体に覚え込ませるだけですので。刀の重さが馴染んだら、実戦で習練したいと思っています」


 小太刀二刀流に関しては、記憶を辿ったせいか、刀の重さに違和感は感じない。もう実戦で験してもいいかもしれない。



 さて────次は、一刀流の習練だ。


「ええっと…、レド様たちは手合わせの続きはされないのですか?」


 何故か、レド様とジグとレナスが、少し距離を開けただけの位置で、揃って私の様子を見ている。


「いや、その───また、舞うのか、と…。それなら、見ていたいなと思って─────」


 ばつが悪いのか、レド様が歯切れ悪く答える。


「見ていては駄目か…?」

「いえ、駄目ではないです…」


 レド様にそんな風に言われて、私が断れるわけがない。別に型を辿れれば良いので、舞う必要はないのだけれど、何だか舞わないとがっかりされそうだ。


 正直、レド様に見られているのは恥ずかしい気がするが、前世では衆人環視の中、舞を披露していたのだ。見られながら舞うことには慣れている。


 私は諦めて、【誓約の剣】を取り寄せた。


 そういえば、【誓約の剣】については、確かめたいことがあったんだった。


 柄や鞘の装飾に使われているのは、星銀ステラ・シルバーなのは間違いない。でも、刀身については、見ただけでは何で造られているのかが見当つかなかった。


 レド様にピアスをいただいたとき、これに似ているなと思ったのだ。あのピアスは聖銀ミスリルだった。まさかと思うけど────これも聖銀ミスリルだったりしないよね?


 私は何となく嫌な予感がしながらも、まずは【解析アナライズ】をかけてみる。



【誓約の剣:リゼラ専用】

 後に人工で造られたすべての【聖剣】の雛形となった、神が造りたもうた【真なる聖剣】。長い間、使い手が現れず、力を失っていた。【誓約の儀】に使われ、リゼラが使い手となったことにより、甦った。聖銀ミスリル製のため、斬れないものはなく、【神霊】や【魂魄】でさえ斬り裂くことが出来る。使い手がいる限り刃毀れもしないし、たとえ折れたとしても修復可能。



「………………」


 あれ?何か、予想を上回るとんでもない代物みたいなんだけど…。え、【真なる聖剣】?何それ?


 確かに【聖騎士グローリアス・ナイト】になって手に入れた【聖剣】────あれ、この【誓約の剣】にそっくりだなとは思ったけど────え?こんなとんでもない理由なの?


「リゼ?」

「あの、レド様?この剣、何処からお持ちになられました?」

「皇宮の宝物庫からだが…、何故だ?」

「…これに【解析アナライズ】をかけてみてください」

「………また、そんなにとんでもないものなのか?」


 遠い目をするレド様に、私も遠い目をして頷く。


 ジグとレナスも、これまでの経緯を知っているからだろう。私たちの様子に驚きもせず、ただ黙っている。


「これはまた…、驚くしかないな……」


 そうですよね…。

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