第八章―護るべきもの―#1


 窓から眩しい光が差し込み────というか窓型ライトが点灯し、その光で、私は目を覚ました。


 実は、これ───目覚まし機能なのだ。事前に口頭で『○時に起こして』と言っておくだけで、その時間に朝日が差し込むみたいに点灯するようになっている。


 時間的には夜も明けていない早朝なので、外はまだ夜の闇に浸っていると思うと、少し変な感じだけど。


 私はベッドから起き出すと、寝間着を兼ねた部屋着のまま、バスルームへと向かう。洗い場に立つとすぐに魔術式が発動し、その光に包まれた。


 これは、玄関ポーチの“洗浄ウォッシュ”よりも強い効果を持つ“除去クリアランス”の魔導機構らしく、着衣を含め身体丸ごと洗浄してくれるだけでなく、踵の角質とかセルライト(って何?)とか、ムダ毛なども消し去ってくれる────深く考えるとちょっと怖い装置だ。


 それから、【換装エクスチェンジ】で登録してある格好に替える。


 いつもはここまで横着なことはしないけれど、今日はいつもより起きた時間が遅いので、魔術で時間短縮を図ることにする。


 昨日、衝撃的なことが色々とあったにも拘らず、頭はすっきりしていた。


 古代魔術帝国の技術の粋を凝らしたこのベッドのおかげだ。


 このベッドは、少ない睡眠時間でも、身体だけでなく精神的な疲れまでも癒してくれる。


 ただ、【解析アナライズ】によると、やはり最低3時間は睡眠をとることを推奨するとのことなので、きっちり3時間眠るために、今日はいつもより起きる時間を遅らせたのだ。


 いざという時、コンディションが整っていなくて後れを取るわけにはいかない。


 部屋を出ると、レド様も部屋から出てくるところだった。


「リゼ、おはよう。珍しいな、一緒になるなんて」

「おはようございます、レド様。────すみません。少し寝坊をしてしまいました」


 大抵、私の方が先に起きて厨房で朝食の支度を始める頃、レド様が起き出してくる。


「昨日は色々あったからな。それに、謝ることじゃない。この時間でも十分早いし、起きる時間を明確に決めているわけではないんだ。そんなに気張らなくていい」


 レド様が目元を緩めて、そう言ってくれる。相変わらず、レド様は私に甘い。


「…ありがとうございます、レド様」


 お礼を言うと、レド様は口元も緩める。その笑顔を見ると、私と出会うまでレド様が感情を表すことがなかったなんて、信じられない気がした。


 思わず、私は両手を伸ばしていた。レド様に抱き着いて、両腕をその広い背に回す。


「…っリゼ?」


 ああ…、私────この人が本当に好きだ。すごく大事で────何に替えても、絶対に護り抜きたい。


 まだ出会ったばかりなのに────と心の何処かで思う。


 だけど、好きだという気持ちも、大事だという思いも、護り抜くという決意も、自分の中に確かにある。それどころか────大きく占めている。


 レド様は、前世のことを───“一度目の人生”を、まったく覚えていないらしいと聞いて、私は安堵した。


 ジグとレナスと話し合って、この件はレド様には告げないと決めている。


 もう“一度目の人生”からは外れてしまっているのだから、レド様は知る必要はないし、それが引き金となって、万が一、思い出してしまったら────聞いただけでも辛いあんな悲惨な出来事を、絶対に思い出して欲しくなどない。


「……リゼ?」


 レド様の心配そうな声で、私は我に返った。


「ごめんなさい…。昨日、少し悲しい夢を見てしまって」

「悲しい夢?────どんな夢だ?」

「いえ…、過去のことを少し…」


 レド様に明らかな嘘は言いたくなかったので、言葉を濁す。


 いつの間にか────レド様の腕が私の背に回され、抱き締められていた。


「俺も、リゼも…、これまで色々あったし─────それは変えられない。だが…、これからは、俺にはリゼがいるし、リゼには俺がいる。だから────大丈夫だ」


 レド様は、きっと私が生家の仕打ちを夢に見たと考えて、そう言ってくれたのだろう。でも───その言葉は、今の私の心境に明るく響いた。


「ありがとうございます、レド様…。そうですよね…。今の私にはレド様がいるし────今のレド様には私がいる」


 “一度目の人生”では、レド様の親衛騎士は私ではなかったはずだ。今世では、私が絶対にレド様を不幸な状況になどさせない。


 しばらくそうして────レド様と抱き合っていた。


 レド様と抱き合っていると、いつもはドキドキし過ぎて沸騰しそうになるのに、今日はその温もりと鼓動が安心感をもたらしてくれる。


 レド様の前世のことで昂っていた感情が、少しずつ静まっていった。思考も冷静さを取り戻す。


 ─────あれ、私、今レド様に抱き着いてない…?


 レド様に自分から抱き着いている現状を認識して、安心感は吹き飛び、一気に熱が上がって自分の鼓動が荒くなった。


 慌てて腕を放して離れようとしたのだけど─────


「レ、レド様?」


 レド様に強く抱き込まれ、離れることが出来ない。


「せっかくリゼから抱き着いてくれたのに、まだ離したくない」

「ちょっ、何を言っているんですか…っ。は、放してください。ほら、朝食の準備をして、鍛練に行かないと…っ」

「嫌だ」

「レ、レド様っ」


 結局、朝食は鍛練の後で作る破目となったのだった─────



◇◇◇



 今日は、ロルスさんが到着する予定だ。ロウェルダ公爵邸には明日、挨拶に伺う旨を伝えてある。


 朝食を終えて、お茶を飲みながら、レド様とこの後の予定を話し合う。


 ジグとレナスはいない。情報収集がてら、上級使用人用食堂で済ませるそうだ。


 今まで、レド様に遠慮して下級使用人食堂でしか食べたことがないとのことで────ちょっと上機嫌でレナスは出て行った。


 ジグは多分、護衛のため厨房の天井に潜んでいるはずだ。食事はレナスと交代で行くらしい。


「やはり、先にやっておかなければならないのは、ジグとレナスの魔術の検証か?」

「そうですね。ジグとレナスが魔術を使うと、レド様と私にどういった影響があるのか、検証しておいた方がいいと思います。それと、ジグとレナスの戦闘スタイルにはどの魔術が有用なのかも、出来たら検証しましょう」


 レド様と私は、ここのところ魔術の検証を重点的にやってきたため、それぞれ使いやすい───自分の戦い方に組み込みやすい魔術がほぼ明確になってきている。


 ただ、私の場合は、まだ刀を使った鍛練が出来ていないので、刀に慣れた後、場合によっては見直すつもりだけど。


 そういえば、レド様が思いついた身体強化の重ね掛け。私の場合、常に魔力を循環させているために、レド様にいただいたピアスを着けた直後から発動していたようで────検証するまでもなく、常時発動していても問題ないことが判明した。


 どうやら、魔力を身体に結合させるだけなので、発動時には魔力量がそこそこ必要ではあるが、結合させ続ける能力の方が重要なようだ。


 そして、重ね掛けの効果はどうなのかというと、まだレド様との手合わせでしか確かめられていないけど、意識して検証をしてみたら、かなり身体能力が上がっている手応えがあった。


 魔術に関する検証が一段落済んだら、そろそろ刀の方も習練したいと考えている。


 【最適化オプティマイズ】で剣が刀になるということは、やはり私には刀が合っているのだろうし、何より────レド様にいただいた【誓約の剣】が刀なので、いざという時に使えないのは困る。



◇◇◇



 全員が朝食を済ませた後、私たちは地下調練場で検証を重ねていた。


「レド様と私の契約と、ジグたちとの契約の違いは───端的に言ってしまえば、ジグたちとの契約は魔導機構のみで繋がっているということですね」

「ああ。それに───ジグたちは、このピアスで限定能力は使えるが、特殊能力は付与されていない。【最適化オプティマイズ】も、自分では施せないようだな」


 この【主従の証】というピアスは、【解析アナライズ】してみたところ、機能的には【永遠の約束エターナル・リンク】と変わらないようだ。


「【遠隔リモート・管理コントロール】のような魔術も発動しないですね。戦闘用の魔術は問題なく使用出来るようですが」

「リゼラ様がよく使用されている【換装エクスチェンジ】という魔術、あれが使えたら非常に嬉しかったんですが…」


 何で発動すらしないんだろう?【現況確認ステータス】が使えなくて───登録出来ないからなのかな?


「…………………」


 ふと周囲が静かになったので───顔を上げると、何だか妙な雰囲気が漂っていた。


 え、何この雰囲気。何か────レド様が不機嫌になってる?


「レド様?」

「……リゼ、そんなに使用しているのか?【換装エクスチェンジ】を」

「え、ええ。便利なので…。それに緊急時に有用なので、慣らすためにもよく使うようにしています」

「……そうか。────それで?レナスは、それを────何故知っている?」


 レド様の声が地を這うように低い…。


「…レド様?ほら、言っていたじゃないですか。私の為人を確かめるために観察してたって。それに、二人は私たちの護衛ですよ?知っていてもおかしくないでしょう?」

「っそ、そうですっ」

「別に覗いてたわけでは────」


 いや、まあ、覗いてたんじゃないのかな────と、ちょっと思ったけど、レド様が考えるようなことではないはずだ。


「それに、ジグとレナスからしてみれば、私なんて子供に過ぎないと思いますよ?」


 だって、レド様が生まれたときから護衛しているのだから、若く見積もっても───40歳に届かないくらい?

 それなら、16歳の私なんて、子供にしか見えないだろうし。


「…あれ、ジグ?レナス?」


 ジグとレナスが、何だか打ちのめされたような表情をしている。あ、もしかして、おじさん扱いされたと思ってショックを受けてる?


「リゼ…」


 レド様が、私を呆れたように見ていた。何故?


「そ、それより、どうして【換装エクスチェンジ】も使えないのでしょうね?登録出来なくても、武具の入れ替えは出来ても良さそうなものですけど…」


「……ジグ、レナス、先程入れ替えを試みた武具は、何処に置いてある?」


 私の問いかけに、少しだけ考え込んだレド様は、何か思いついたみたいだ。


「この邸の中の隠し場所ですが……」


「それでは、今度は、俺が手に持っているこの剣とレナスの手の中にある短剣を替えてみてくれ」

「…わかりました。やってみます」


 レナスが、レド様に言われたとおりに、【換装エクスチェンジ】を発動する。


「!出来ました」


 レナスの足元に現れた魔術式が消えた後には、レド様の剣と、レナスの短剣が入れ替わっていた。


「…もしかして、取り寄せるものや入れ替えるものが認識できないのが原因ですか?」

「おそらく。───視認できるものにしか使えないのであれば、意味がないか」


 レド様がそう言って、息をいた。


「いえ。そんなことはないです。それだけでも十分、役に立ちます」

「そうです」


 レナスが応え、ジグが頷く。


 ジグは手に持っていた自分の短剣をベルトに挿すと、レド様が持っているレナスの短剣を受け取り、【換装エクスチェンジ】を発動した。


 ベルトに挿した短剣と、手に持っている短剣が入れ替わる。


「視認できなくても、ここにあると感じられれば、やはり魔術は発動するようですね」

「それなら────持ち歩けばいいだけのことです」


 ジグの実験が成功したのを受け、レナスがそう言って笑う。


「なるほど。ベルトやジャケットの内側に仕込んでおけば、使えますね」


 前世であった、ベルトと一体型の“ツールホルダー”みたいのがあれば、たくさん持ち歩けるかな?


「あ、そういえば────」


 支援システムの支給品の中に、装備品もあったのを思い出す。古代魔術帝国になら、私が思い描いた“ツールホルダー”みたいなものもありそうだよね。

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