神擬きの猫擬き~猫の中に入った教授は夢の中だと勘違いしたまま魔力の研究に勤しむようです~
外狹内広
第1話
「や、やった……!遂に成功したぞ……!」
甲高い男かも女かも区別のつかない声が耳に入る。頭にキーンってするからあんまり聞きたくない声だ。それに少々若い。
ふむ、もしかするとこの声の持ち主は目の前が明らかに普通の視界ではないことと関係しているかもしれない。それに体に無視できない違和感がある。
私はその違和感を探ろうとして─────考えるのを辞めた。
これは……一旦冷静になった方がいいかもしれない。こんな風に現状を脳内で纏めていても内心はかなり驚いているのだ。
私はこう見えても科学者の端くれで、今日も自分の研究室でいつものように研究をし、それを纏めていた。
今行っている研究は今後の人類の発展には不可欠な物で、ここでやめたら各所に迷惑が掛かってしまう。そうしたら少ない研究費が更に削減されて、研究が滞ってしまうかもしれないのだ。
だから私は何時間もかけてその成果を引き出そうとしていた。助手や研究員らと一緒に交代で仮眠を取りながら研究の過程を観察していた。
記憶にある最後の光景はやっと欲しかった数値が出たところで視界がブラックアウトしたところ。それ以降は何も無かった。もしかしたら忘れているだけなのかもしれないが、忘れていたとしても、然程支障は無いと見ている。
……うん、きっと私は焦っているのだ。各所からの研究結果の催促と早期解決しろと言う圧力に押しつぶされかけている私が見ている夢なんだ。
だからきっと、私の体が猫そのものになっているなんてあり得ないのだ。
「これで、これで僕は世界最強の種族の一つである猫獣人どもを従わせられる……!ははっ、これで世界を僕のものにする計画が一歩、大きく進んだ……!」
何とも大層な夢だ。世界を手に入れる?ハッ、そんな事、普通に考えたら不可能だという事に、研究者でありながら気づいていないのか?この若造は。
この世には思想、欲望、意思、それら全てが同じ人間など一人としていない。そんな事自明の理であるだろうに。
まぁいい。今は現状の把握を再度行う事が先決だろう。これが夢である以上どのようにすれば醒めるのか、確かめないといけない。
ふむ、猫の体の使い方は……こうか。今私はカプセルの中に入っていて、私の体の周りが液体で満たされている。そのせいで動きが鈍くなっているのか。
ならば何故こうして息が出来ているのだろうか。一つ考えられるのは胎児が母体の中で過ごす際に胎児の周囲にある羊水と、私の周りにあるこの溶液が同じような働きを持っている、という事。
だが果たしてそれだけなのだろうか……?もっとこう、別の何かがあるような気がしてならない。
一先ずこの体の使い方は完璧に把握した。後はここから脱出するかどうか、なのだが……。
「さて、そうしたら彼らを呼ぶことにしよう。あ、でもこの姿で見せたらきっと激昂するだろうね。まだ不安定かもしれないけど、このカプセルを開けてしまうか」
お、悩む必要なく出れた。行幸行幸。
ぬるりと謎の液体と共に外に出された私はゆっくりと体をその細い四本の足で持ち上げると、先程まで感じなかった重力が私の体にのし掛かってきた。む、重力とはこれほど重かったのか……。
しかしここは研究道具以外何もないな。それにこの男の顔色、何だか悪くないか?もうすぐ死にそうだと思えてしまうほどに、顔が真っ青になっている。
目も安定せずに震えている。これは……何日も寝ていない時に起こるやつだ。私もよくそれを経験したし、こうなった研究員を私は何人も見てきているからすぐにピンときた。
きっとこの後死んだように寝るんだろうな、この男。
「ハハ、それじゃあ行こうか。ついて来て」
命令されるのは正直好きじゃない。こうして上から目線で何か言われると無性に腹が立つが今の状況について何も分かっていない間は従うほかない。何も情報が無い以上、この男しか頼れない。
……あぁ、なんか勝手に思い出して来たぞ。
私はいつだって自分がしたい研究だけをしたいのに、それとは無関係かつ無理難題のものを取り出せと言ってくるあのデブ共……。特に酷いものだと若返りの細胞とか反重力の重力子を見つけろとか。
反重力の重力子など、そもそも普通の重力子さえ見つかっていないというのに存在があやふやな反重力のものを探せなどと……ふざけるのも大概にしてほしいものだ。
あぁ、この夢が醒めれば重力子に関する手がかりが掴めるというのに。そうしたら反重力の存在も確立出来るかもしれない。考えただけで早く起きたくなってきた。
《殺せ》
ん?なんだこの声は。殺せ……?一体どこから聞こえてきたんだろう。辺りは薄暗い洞窟のような感じで、かつ一本道だから誰かが潜めれるようなスペースなんてないのに。
あまり深く考えない方がいいかもしれないな。
……にしても中々目的地までつかないな。結構歩いているはずだぞ。
などと心の中で愚痴を吐いていると、ゴツンと何かに頭がぶつかる。……普通に痛い。何で夢なのに痛覚が存在しているんだ。
何にぶつかったのかと見ればそれは猫の状態では上を見ても先が見えないほどの大きなドアで、更に言うと男がそれを開けている最中だった。
そして男が開かれたドアの先に歩いて行くので私も仕方なくついて行った。
すると目の前には人の体に猫の耳と尻尾を生やした謎の生き物が私たちを物凄い形相で見ていた。
そんな彼に男はニコニコと気持ち悪い笑みを浮かべながら近づいていく。
「やあやあ猫獣人の皆さんどうもどうも」
「っ!博士!もしかしてその隣にいらっしゃるのが」
「そうだ!この御方こそ、君たちの祖先であらせられる─────」
そう言って男は突然私を抱き上げ、
「君たちの神、猫神様だ」
そう言った。
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第2話は今日の17:30に投稿予定です!
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