43.未来予想図

 周りで〝内定をもらった〟と喜ぶ学生が増えてきた頃、楓花はようやく一社、最終面接に進むことができた。エントリーした企業の中で、奇跡的に落とされなかった一社だ。

 単純に、好きだから、という理由で旅行会社を受けたけれど、面接もそれほど圧迫されることもなく穏やかに行われたけれど、内定を貰えたとして入社するかと聞かれても〝はい〟とは即答できないと思った。面接をしているときから、そんな気がしていた。

 帰りの電車に乗ってから、大学に行っているはずの晴大にLINEをした。彼はスカイクリアで役立ちそうな授業を今も受け続けているので、楓花よりも授業数は多い。前期の試験日程が貼り出されたらしいので、写真を送ってもらった。

「あれっ、楓花ちゃん? ……就活?」

 発車を待っていると、近くの扉から舞衣が乗ってきた。舞衣も就職活動中のようで、楓花と同じようなスーツを着ていた。

「最終面接やったんやけど……微妙かなぁ」

「どこ受けたん?」

「旅行会社。仕事キツいのは仕方ないと思うんやけど、勤務地がなぁ……」

「遠いん? 全国転勤?」

「まだ分からんけど、可能性はあるかな。でも、そうなったら辞めようとは思ってるから、最初から辞めとくほうが良い気もするし」

「……問題あるん?」

「あ──舞衣ちゃんにまだ話してなかったっけ?」

 楓花が晴大と付き合っていることは最初に話したけれど、彼からプロポーズされていることはまだ教えていなかった。舞衣も晴大のことが好きだったので戸惑ったけれど、正直に話すことにした。

「多分やけど、二十代のうちに結婚するから……」

「えっ、渡利君と?」

「うん。仕事は続けてるかもしれんけど、晴大を支えたいから近くにいたい」

「渡利君は? 就職決まったん?」

「……お父さんの会社に入るんやって。将来は継ぎたいって言ってる」

 スカイクリアとensoleilléの話をすると、舞衣も驚いてしばらくため息を漏らしていた。舞衣は成人式の翌日に両親と三人でensoleilléに行ったらしい。晴大は休みを取って楓花とドライブしていたので、舞衣が会うことはなかった。

「あっ、そういえば〝ensoleilléにイケメンのバイトがいる〟って噂で聞いたんやけど、渡利君のことかな?」

「たぶん……」

「へぇ。楓花ちゃん──負担になれへん?」

 同じ質問を翔琉にもされた。

 晴大がスカイクリアを継ごうとしているのは彼の意思なので良いけれど、楓花にとってそれは後からついてきた条件だ。もともと楓花が夢見ていた未来予想図には確かに、夫が会社を経営している、という要素は入っていなかった。そこだけを考えれば翔琉は雇われる側になるので深く考えなくて良かったけれど、それを知っても晴大と付き合い続けることを選んだのは楓花だ。

「負担……かもしれんけど、一緒にいたいっていうのが強いかな」

「楓花ちゃん、渡利君と中学のとき何かあったん? ただの一目惚れとかとちゃうやろ?」

「それは、秘密ー」

「同じクラスなってないし、クラブも違うし、遊んだこともなかったやろ? あっ、委員会で一緒やったとか?」

「ううん、何も一緒になってない」

 電車が最寄駅に到着し、舞衣が迎えの車に向かいながら〝いつか教えて〟と笑うので、楓花は〝考えとく〟と同じく笑いながら答えた。

 舞衣には本当のことを話そうかと思ったことがあるけれど、晴大の顔を見るといつも相談することを忘れて甘えてしまう。いい加減、忘れる前にメモしておこう、と鞄からスマホを取り出すと、晴大から電話がかかっていた。

「──はぁい」

『言うんか? あいつに──リコーダーのこと』

「えっ?」

「まぁ──そこだけ隠して〝音楽〟ってしてくれたら別に良いけど」

「わっ、晴大、どっから出てきたん?」

 晴大の声は電話ではなく、実際に彼が隣に立っていた。

「さっき特急と接続待ちしてたやろ? 俺、特急から乗り換えたとき楓花見つけたけど、楽しそうに話してるから離れて見てた」

 晴大は楓花とはいつでも会えるので、滅多に会わない舞衣との時間を優先させてくれたらしい。舞衣と一度だけデートしたことも、おそらく声をかけなかった理由の一つだ。

「今日の面接のとこ……微妙なん? 旅行会社やったら、英語も活かせるんちゃうん?」

「そうやけど──」

「さっき、俺と一緒にいたい、って聞こえたけど」

 晴大は嬉しそうな、けれど同じくらい不思議そうな顔をしていた。せめて一度は社会に出て働きたいことは、既に話してある。

「一緒にいたいもん……仕事もしたいけど、遠いとこ行って晴大となかなか会われへんのは嫌やなぁ……」

「だから、うちに誘ってんのに」

「……ううん。自分の力で働いてみたい。晴大が応援してくれてるから」

 楓花はポケットからブルートパーズのペンダントを出した。スーツを着ているときはいつも、私服で青のペンダントが合わせにくいときも、ポケットに入れて持ち歩いていた。

「そんな毎日使ってもらえると思わんかったわ。もっと良いやつ渡したら良かったな」

「ははっ。私はこれ気に入ってる。石の意味もやけど、青が晴大のイメージに合ってるし」

「──前、ブラックとか言ってなかったか?」

「キャラはブラックやけど、名前のイメージは青やん?」

「キャラ……、そうやな……」

 楓花には以前から優しかったし今も二人きりのときは甘えてくることもあるけれど、楓花以外の人にはだいたい、晴大は冷たいキャラクターを通していた。それが格好良く見えることもあるので、晴大は今でもたまに楓花の存在を知らない女性から声をかけられるらしい。

「楓花、もう帰る? うち来る?」

 本音を言うと、時間の限り晴大に甘えていたいけれど──。

「今日は帰る。またエントリーするとこ探してみる」

「……頑張るんやな。楓花らしいな」

 長く一緒にいすぎると別れが辛くなってしまうので、また明日、と手を振って楓花は家に帰った。

 それから数日後、楓花のところに届いたのは旅行会社からの採用通知──ではなく、見慣れた〝お祈りメール〟だった。待っている間に〝採用されても辞退しよう〟と決めていたので問題はなかったけれど、他にエントリーする企業も見つかっていないので持ち駒がなくなってしまった。

「はぁ……どうしよう……」

「ホテルの社員にしてもらうんか?」

「んー……もうちょっと、受付してるとこギリギリまで探す!」

「力入れすぎんなよ? マッサージならいつでも言え」

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