16.ホストファミリー
そんなことを思い出したのは、六月から七月の二ヶ月間、長瀬家がアメリカからの留学生を迎えてホストファミリーになったからだ。楓花はもともと希望していたけれど同じ大学に留学している学生には通学距離が長すぎるので、家の近くの大学から同い年の
楓花の家族はあまり英語は話せないけれど、Emilyは日本語を少しは話せたし、何より楓花が英語が得意だったので何も問題はなかった。楓花はホテルのアルバイトを続けているけれど、Emilyがいる二ヶ月は日数を減らした。
「フウカ、Ah──アルバイトは、
「ああ、ううん、
「ダイジョウブ? OK?」
「Yes! I just want to
「Oh……フウカ、アリガトウ」
本当に、楓花はお金に困っていたわけではない。アルバイトを始めたので親からのお小遣いは貰っていないけれど、これまでにもそれほど使ってこなかったので十分に余裕があるし、外国人と話をして英語をちゃんと話せるようになりたかっただけだ。結果的に接客レベルが良くなって時給も上がっているけれど、それはあとからついてきたものだ。
「フウカは、ピアノ、弾く? リビングにあったよ」
「うん。最近はあんまり弾いてないけど……でもたまに、sometimes……I
「どんなとき?」
「うーん……考え事してるときとか。Thinking while playing, but……no answers」
ただ弾いただけで満足して終わる、と楓花が笑うと、Emilyはそれを理解してくれた。
今ではほとんど弾かなくなっているけれど、たまに休みの日にピアノを弾いていた。大学生になってからは、人間関係で悩むようになった。もちろん彩里とは何の問題もなく楽しく過ごせているけれど、翔琉のことは本当に悩んでいた。一緒にいても嫌な気はしなかったので前向きに考えていたけれど、彼は良くない、と周りから聞いた。
「ところでフウカ……do you have a boyfriend?」
「ええっ? いないいない」
「Hmm……but
楓花はこの日、Emilyと一緒に彩里を誘ってensoleilléへ行った。たまたま晴大が出勤していたので、彼にもEmilyを紹介していた。ちなみに彼の店へ行ったのは、他には庶民的な店しかないからだ。
「あの人は、同じ中学校やったから。高校は違ったけど大学で再会して……」
「トモダチ? ……It
Emilyはensoleilléに行ったとき、晴大が三人の中で楓花といちばん親しげだったことが気になったらしい。本当に彼とは何もないので何度もそう言ったけれど、Emilyは信じてくれなかった。だから仕方なく楓花は、晴大にリコーダーを教えていた、と正直に話した。その中で、バレンタインのことも思い出してしまった。あの日、晴大は本当にクラスメイトからしかチョコレートを貰わなかったようで、渡したかったのに見つからなかった、と悔しがる女子生徒の声を翌朝に聞いた。
「たぶん、彩里ちゃんにその話はするなよ、って訴えてたんやと思う」
「なるほど……He is good looking」
「確かにねぇ……でも嫌われてるし。He has a bad
「Oh, Really? I don't see……」
楓花が晴大の悪い話をすると、Emilyはしばらく〝信じたくない〟という顔をしていた。晴大は本当に外見と成績は良いので楓花もできれば彼には良い人であってほしかったけれど、実際に現場を見てしまってからは彼とはまた距離を置いていた。話をすることはあるけれど、友人を含めてでも彼と遊んだことはないし、誘われたこともない。
「楓花ちゃん、Emilyいつまでおるん? どっか遊びに行こうよ、まだ行ってないとこ」
休み明けに大学へ行くと、彩里がまたEmilyに会いたいと言った。Emilyは前のホストファミリーにもどこかを案内されているはずなので、まずはそれを聞くのが先だ。
「おーっす。何か聞こえたんやけど、エミリーって誰?」
「あ──翔琉君、おはよう」
「Emilyはいま、うちでホームステイしてる留学生。違う大学やけど」
「へぇー。どこの子? アメリカ?」
久々に顔を合わせた翔琉は特に変わった様子はなく、Emilyの話を興味深く聞いていた。会ってみたいと言われたけれど、それは難しそうだ。
「遊びに行くんやったらさぁ、俺も行きたいな。あかん? あ、男一人か……渡利誘うんも嫌やしな……いや、あいつとは一回、腹括って話せなあかんな……」
翔琉は教室を見渡したけれど、晴大はまだ来ていないらしい。
「あの、翔琉君ごめん、私できたら今回は、楓花ちゃんとEmilyと女同士で遊びたくて」
「ああ……そうか……ごめんごめん」
「ごめんな翔琉君、Emilyには話してみるけど。……渡利君と何を話すん?」
「いや……男の話」
楓花と彩里は翔琉と以前のように話しているけれど、他の一部の学生は離れた席に移動してしまった。その理由をおそらく翔琉も知っているけれど、彼はそれには全く触れなかった。
「長瀬さん」
「ん? あ、渡利君……」
「これ、長瀬さんのやろ?」
「あっ、これ、もしかして店に?」
晴大が楓花に渡したのは、失くしたと思っていたハンドタオルだ。ensoleilléで鞄を開けたときに落ちたか、テーブルの上に置いて忘れたか、楓花には記憶がない。
「一応、洗ってるから。椅子の下に落ちてたし」
「ありがとう……」
「おい渡利、おまえ……次の時間空いてるやろ。話あるから来い」
「いま言って。言われへんのやったら聞かん」
「おまえ……ほんまにムカつくな……まぁ良いわ……。おまえほんまは、楓花ちゃんに好かれようとしてるやろ?」
翔琉の言葉に楓花は驚いてしまった。そして思わず晴大を見たけれど、彼の表情は全く変わらなかった。
「──おまえと一緒にすんな。俺は俺や」
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