穏やかな昼下がり、優しい陽の光が差し込むカフェテラス。何気ない日常を彩るような、その平和な情景の中で物語は始まります。主人公の語りはどこか軽やかで親しみやすいものですが、その奥には静かな孤独が潜んでいるようにも感じられます。
　そんなひとときに現れるのが、かつて深く関わりながらも、いまでは記憶の中に閉じ込めたい「恩人」。彼の登場が、物語全体にさざ波を立てます。忘れようとしても忘れられない存在が目の前に現れたとき、人はどう感じるのでしょうか。その「恩」という言葉には、助けられた感謝だけでなく、どこか逃げ場のない重さが感じられますね。
　この恩人、ただの懐かしい顔というにはどこか違和感がある人物です。その言葉の端々から漂う得体の知れなさが、不穏さを強めています。「助けてほしい」というお願いすら、まるで軽い冗談のように響くのに、その奥に隠された真意は測り知れない。まるで、物語の中に突然現れた触媒のように、主人公の平穏を掻き乱します。
　対話は絶妙なテンポで進みます。軽妙なやり取りの中で、主人公の内心の揺れや葛藤が垣間見えますね。過去に「救った」という一人の女性の存在。いま目の前で「救い」を求めている恩人。そして、その要請に応えるべきか迷う主人公。これらが絡み合い、物語は動き始めています。
　この物語の語り手には、学生としての無邪気さと、それを超えた深い視点の両方があります。この二面性が、物語の軽さと重さを絶妙に織り交ぜて、読む人をその世界観に引き込んでいくんです。そして読後に残るのは、言葉では説明しにくい感覚――どこかほっとするのに、どこか落ち着かない。それは、日常の中に潜む不安や希望が、私たち自身にも共通しているからかもしれません。
　このカフェでの一場面は、何か大きな物語の始まりであるように感じます。静かで何気ないやり取りの中に、嵐の前触れのような緊張感があるのです。それがこの物語の魅力と言えるでしょう。
　どこか日常の延長にあるようで、同時に非日常を匂わせるこの物語。読者に次を期待させるその仕掛けが、見事だと思います。